第2話

 今日も今日とで朝はやってきた。私にとっては朝も昼も夜も何も変わらないのだが、とりあえず朝は来るようだ。


 私は起きたとしても、ベッドからはすぐに出ない。何度も寝たり起きたりを繰り返してやっと起きる。これは、普通に休日を過ごす人でも似たような感じの人がいるのではないかと思う。


 やっとのことで、私はベッドから立ち上がる。まぁ、トイレに行きたくなったから起きたに過ぎないんだけど。


 部屋の扉を恐る恐る開ける。扉を開けた先にはラップのかかってある食事が置いてあった。いつもの見慣れた光景である。最初のころは何も考えず、ただ手に取って食べていたが、最近は『ごめんなさい』と謝ってから食べるようになった。今となってはいただきますよりも、ごめんなさいが先に出てしまう。私の中で日本の食事の作法を変えてしまった感じだ。


 とりあえず、部屋の中に食事を引き込こんで、トイレに向かう。


 私が用を足した後、目の前からお母さんがやってきた。不意だったので、私はお母さんと目が合ってしまった。私が正常だったのなら一言『おはよう』と言っていたのだろう、だがその言葉がうまく出てくれない。その一言だけでも、お母さんにとっては救われる一言になることは分っているのに。


 結局、私は何もできずにその場から背を向けるように逃げた。


 速足で階段を上り、部屋に入って、鍵を閉める。引きこもり生活の弊害なのだろうか、やけに息が切れるのが早い。扉に背中を預けて落ち着くまで待つ。


 何故だろうか、不意に涙がこぼれる。悲しさを感じているわけでも悔しさを感じているわけでもない、なぜ涙がこぼれるのだろうか。私はどこかおかしくなっているのかもしれない。


 しばらくして落ち着いた後、無心で食事をとる。多分、この食事にはお母さんの色々な感情が染みこんでいる。こんな風になってしまった私ととれる唯一のコミュニケーションなのだから。


 いつもは泣きながら食べるのだが、今日はもう泣いてしまったので、生憎と涙と感情は漏れてこなかった。


 そのまま、私はやることもなくベッドの中に舞い戻る。


 ひと眠りでもしようか。眠ってしまえば何も考えなくてすむ。


 私は惰眠を貪った。



 再び起きたころには、もう昼か夜か分からなくなっていた。時計を確認するのもめんどくさい。食べかけのお菓子が床に転がっていたので、それを口に運ぶ。


 ああ、全然おいしくない。


 引きこもりは汚いイメージがあるが、私にはピッタリそれが当てはまるような気がする。実際のところ、引きこもりの部屋は何もない殺風景かごちゃごちゃと乱雑な感じかのどちらかに分かれてしまうらしい。ネットで調べたらそんなことが書かれてあった。


 ほんとかよと思わなくもないが、まぁ、実際に私の部屋は汚いのでそうなんだろうと思うしかない。元々、部屋を片付け足り、整理したりするのが苦手だったからそれも影響しているかもしれない。


 男の引きこもりはなんか汚い感じを想像してしまうが、私みたいな女の引きこもりはどう世間に思われるのだろうか。重度のメンヘラだったり、リストカットをしまくっているようなイメージがあるのだろうか。


 私は多分メンヘラではないと思う。リストカットなどの自傷行為もしたことはないし、自分がすべてであるような強烈な自己肯定をしているわけでもないからだ。


 私はむしろ自分が無価値な存在だと思ってしまっている。どんな行動をするにしても無気力で、何をしても自分を出せなくなってしまっているのだ。


 この症状はメンヘラと言うよりも、もっと違うなにか。いや、考えるのはやめておこう。


 自分でもこの状態がだめなことは分かっているつもりなんだ。それでも、まだ完全にその症状を自覚するのは早いような気がする。自覚したら、もっと自分が壊れてしまうように感じる。


 

 こんなことを考えていると、自己嫌悪したくなる。それがマイナスな行為であると分かっていながらもしてしまう。


 結局、自分から目を逸らそうとしているだけではないかと、心の中にいる私が私自身に問いかける。


 その通りである。その通りなのだ。私はこのままでいけないと分かっているのにもかかわらず、その自覚するという、初めの第一歩を踏み出せないでいるのだ。


 でも、だからと言って、どうしろと言うのだ。こんなにも弱い私が自覚してしまったらどうなってしまう?


 私は受け入れるということが怖い。壊れてしまう自分が怖いのだ。もう手遅れだと言われているようで・・・・・怖い。


 そして、私はまた自分から目を逸らす。

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