第2話 災厄(神視点)
生意気な小僧だ。目の前の長身の男を目にしてまずそう感じた。まず顔が気に食わない。いかにも人を小ばかにしたかのような細切れの眼。そこから見いだせるものは侮辱しかない。そこから下は清潔に保たれた青白い肌にすっきりとした鼻筋。なるほど美男だ。しかし、それらをすべて台無しにするように、男の性格の悪さが表情として顔ににじみ出ている。次に、スタイルも申し分ないが、ここからも決して好感触は期待できない。感じるのはもっとドロッとしたグロく不快な何かだ。少しきつめの香水がさらに男の印象を悪くする。きっと前の世界では高価なものだろう。それをこれでもかと振りかけているはずだ。虚栄である。そして何よりもこの役者気取りの立ち方がまた腹立たしい。なぜそんな斜めった疲れる立ち方をしている?呼びだしたのが自分自身でなければ邪神の類だと判断し殴りかかっていただろう。
思い出したかのように男は靴を鳴らした。しかしこちらに歩み寄る姿勢は見えない。この男はさっきからいったい何を考えている?この[神の間]では転移してきた人間の考えがすべて筒抜けになている。それは我らが神であることを認めさせ、畏怖させるための仕掛けだ。それをこの男は、まるで息をするようにこの我をけなしているようではないか。そしてまるでそれが当たり前とでも言わんがばかりにあっさりと我をとるに足りないと決めつけた。まったく不遜もここまでくれば大したものだ。神を目の前にして何たる無礼などとは、もはや思うまい。怒り通り越して呆れるがまずは現状を説明せねば話が始まらん。にしてはこの小僧、随分と傲慢である。神を前に、それも戦神であるこの大黒天を前にしてもなお恐れをなさぬ強靭な自我、少し歪んでいるようだが称賛に値する。またとんでもなく失礼なことを考えているようであるが、ここは我の威勢を思いしらしめるとしよう。
なんと、こやつ今我から目をそらしたぞ。何?生まれながらにして惨め?目をあわせるのも憚る?
『これ!神の御前ぞ。失礼な奴め。』
己の神気を全開にする、が男のほうは気づいた兆しもなしに相変わらず失礼極まりないことを考えている。まさか神気が効かぬとは、こやついよいよまことに邪神の類ではなかろうか。だがどう見ても人間のそれである。気になるのは存在感がとんでもなく大きく、人間離れしているぐらいか。おい、こやつ今鼻で笑ったぞ!?信じられん。神を前にして何たる無礼。さっきも思ったけどまだ状況を理解していないのか?これは神罰を下してもいいんだよな?いいんだな?やっちゃうぞ?
「説明するといい。すべてを許そう。」
神でも呆れすぎると思考が停止するんだな。今こやつは何と言った?こめかみの血管が総立ちしているのがわかる。くつくつと胸の奥底から真の怒りが込みあがる。それをこの男は気づかない。思わず手を滑らせてこの男を消してしまいたい。勇者にするつもりだったがこの男は魔王にしてしまおう。それも登場してすぐ勇者たちに難なくぶちのめされるような三下にしてやろう。せいぜい短い魔生を楽しむといい。そして破滅時には魂ごと消え去るようにしてやろう。そうでもしないとこの腹の虫は収まらない。なんだと?寛大だと?この男は自身のことを寛大と称して我を許すと?笑止。やはりここで消してしまおう。なに、先ほど召喚したばかりなのだ。誰も気づけやしない。それに勇者候補が一人二人いなくなったところで痛くもかゆくもないわ。こんなイレギュラ...
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膨大なエネルギーを感じて勇者候補たちへの説明を中断してきてみたが、大黒天がまさに神の間で召喚したばかりの候補を消そうとしていた。咄嗟に割り込めたが、なるほどこの男が原因か。主神が言ってたイレギュラとはこいつのことか。確かいっぱい召喚したらついてくるおまけみたいなやつだったっけ。にしては凄い存在感だ。そしてこの邪悪な気配、これは傲慢だな、それに虚栄。これがわかるのは私が謙虚の女神だからなのだろうか。否、こやつは邪神ではなくただの人間だ。ただの人間にここまでの気配が出せるとは驚きに値する、が、所詮はただの人間だ。しかしさっきからこの悪寒はなんだ。邪神を前にしてなお感じたことのない悪寒。今すぐにこの場から逃げ出してしまいたいが、ここは主神の掟通りにこの男もあの世界へと送ろう。あまり気は進まないが、少し能力値をいじってやろう。せめての嫌がらせだ。せいぜい早めに破滅してくれると助かる。私たちは強力な敵を欲しているわけではない。
なんだ、これからのことについてある程度予備知識があるようではないか。一部違うところはあるが、いちいち訂正するほどこの男に親切にしたくはないね。そういえばこの男の死因はいったい何なのだろう。閲覧不能だと?どういうことだ、初めてのケースだ。召喚時に情報が失われたか。それともイレギュラだからか?どうせろくな死に方でもないだろう。気にしないことにする。
「必要性を感じないね。」
この男、固定スキルを断ったぞ!?一片も知らない異世界に裸で投げ出されるようなものにこの男は何の感慨もなく選びやがった。やはりあり得ないほど傲慢のようだ。本来なら神の御慈悲として与えて安心させて信仰させるはずのものだが。まぁ固定スキルとは自然にできるもので、私たちが付与できるものではないのだが、いつもは我らが与えたことにして恩を売ってきた。それがこの男に通じない。やはりこの男はどこか一筋縄ではいかない。
おい、この男、考えていることを読まれているのをわかってて私の悪口を言ったわよ?なんて豪胆の持ち主。それに主神に審査眼を評価された私に向かって目が腐っている、節穴だと??あーもうむかつーいた。ぜっちゆるさなーい。しけーい。さっさと送ってしまおう。あ、ついでに罪をましましにして被弾の対象の称号魔王も忘れずにつけてっと。はいさいなら。
消えゆく男。何かたいそうなことを考えていたようだが、このステータスじゃどうあがいても無理だね。どんまい。あーでもどんと疲れたな。存在感と圧迫力だけは大きい人間だったな。さて、さっさとバカ勇者達に説明して適当に送り出して、寝よう。
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異世界に災厄が上陸した。
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