高慢なる支配の王

並行双月

第1話 災厄

  矮小な男だ。客観的に、というわけではない。きっと生まれながらにして惨めなのだろう。無意識のうちに私にそう印象づけられてしまうぐらいには取るに足りない。私は目の前にいる男の顔を見ることすら憚り、思わず目をそらした。


 『これ!神の御前ぞ。失礼な奴め。』


 はて、なにやら目の前の、存在すらかわいそうな何かが言語を発しているようだが、実に驚きである。思わず鼻で笑ってしまった。それになんだ、神か。冗談も休み休み言いたまえ。存在すらも冗談の一種であるようだが、笑えない。それにどうやら脳みそまでも恵まれていないようだ。

 

 私とは真逆な立ち位置である。選ばれし超一流大学の出に、今の肩書や大国のフィクサー、一国どころか世界をも動かせる影響力を持つ私。世界中のだれもが認める絶世の美女の妻と日頃十趾では数えきれない数の広大な面積を持つ豪邸を転々と滞在しながらの豪遊。無限にも思える財や人脈、人望。あえて言おう。私ほど成功している人間などどこの世界を探しても見つからないだろう。それほどの男なのだ、私は。それにしても、目の前の矮小な男は神を名乗っていたな。随分と傲慢であるようだが、私を取り囲むこのうす暗い空間の中において唯一視認できる存在でもある。


 奇妙にも私は今の状況に至る記憶が思い当たらない。最後の記憶は浮気がばれた時の修羅場か。この私が愛してあげているというのに随分と欲深いものだ。私を独占しようなどと。おっと、今に考えることではないな。まずはこの男だ。奇妙な男だが、確かに私に劣らず美形である、が、私の足の小指にも及ばないだろう。しかし、どうもこの男とこの奇妙な臨床体験のようなものとの関係性は薄くないように思えた。まるで選択肢が一つしか与えられていないかのような気分だ。気は進まないが、会話は試みるべきだろう。


 「説明するといい。すべてを許そう。」


 そう、私は寛大である。寛大とは強者の特権なのだ。そして唯一弱者が享受できる強者からの施しである。さぁ、私にこの状況を弁明したまえ。能力が低いのはすべて当人のせいであるが、私はそれすらも見過ごせるぐらいには寛大なのだ。見ろ、男はどうやら私の寛容を受けて呆然としているようだ。口を開けてなんて間抜けな男だろう。どうやら私ほどの寛容な男は初めてらしい。それに頭に浮かぶ血管の太さは凄いものだな。足りない頭で一生懸命私宛の返事を考えているのだろう。健気なことだ。


 『貴様...』


 『私が引き受けるわ、変わるわよ。』

 

 強い光とともに絶世の美女といえる女が現れる。端正な顔につややかな黒髪。さらにナイスバディときた。まるで全人類の女性の頂点に立つような女だ。すこし妻を思い出す。マジックかと疑ってみるが、ないな。なるほど、神か。神などはじめてみたが、なんだこんなものか。私の妻にも劣らない容姿のようだが、にしては神か。想像よりも随分と地味なものだな。となると、いったいこの私に何の用だか俄然興味がわいてきた。最近社会現象にもなっている流行りのライトノベルとかいう小説もどきでは、死亡後に神に会い転生、もしくは転移とかいうジャンルがある。馬鹿げた話だが、妻が好んで読んでいたため、よく耳にする。まさかとはおもうが、嫌な予感がする。


 『そのまさかよ。』


 心を読まれている。気持ち悪いが、そういうことだろう。ということは今まで思ったことも筒抜けというわけだ。まったく神というものはプライバシーという概念すらないのか。わずかに憤りを感じるが、まぁいい。死んだのか、私は。死ぬ心当たりがありすぎて困る、が、まぁよい、となると今から私は異世界に飛ばされるわけだ。


 『そのとおりよ。凡物にしては賢いじゃない。今から適正のある固有スキルをランダムに一個授けることになっているが』


 「必要性を感じないね。」


 素直に思ったことをそのまま口にする。そもそも私にふさわしいスキルなんてあるのだろうか。ないだろうな、何せこの私なのだ。何よりも私は与する側でなければならないのだ。他人から恵んでもらうような弱者ではない。それに凡物といったな、どうやらこの神は目が腐っているようだ。


 『あんたとことんむかつくわね。心を読まれるのをわかってて思ってるでしょ。いいわ、固有スキルは自動生成だから、勝手に付くよ。本来なら行先の世界について説明しないといけないのだけれど...必要なさそうね。ただし、これだけは言っておくわ。あなた、生前の行いが相当悪かったみたいね。それに準じて何らかの罰が、それも複数付与されるよ。覚悟して頂戴。しかしここまで不愉快な人物はあなたが初めてよ。せいぜい向こうでは頑張って頂戴。次こそは魂が消滅することを願うわ。』


 目の前がぼやける。思考力が奪われる。自分自身の存在が希薄になる錯覚。なるほど、始まったのだな、異世界旅。前世といってもまだ死んだ実感はないが、随分と楽しめた。異世界になってもまずは世界を手に入れよう。さて、異世界は何をして楽しもうか。


 『そうそう、あなたの役割は』


 にしてはこの女神、何か罰とか言っていたな。私に罰を与えられる存在か。面白い。次の生はそいつを蹴落とすことを考えるのも一興だな。そう考えると楽しみになってきた。罰、罰か。あまり人体に影響するものだと困るな。もし私が五体満足でなければたとえ相手が神でも引き裂きそうだ。それにさっきからなぜか妙にイライラするな。特に目の前の神。今すぐにでも引き裂いてしまいたいね。いったいどうしたのだろう。怒りか、久々に感じたな。


 『魔王よ』


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 『なんて忌々しい人間であるか』


 男神は八つ当たりをするように空気を蹴った。


 『今はもうイザリオンの魔王よ。傲慢の魔王といったところかしら。むかつくとも我らの駒よ。それにあの罰、見えた?悔しがる顔を見れないのは残念だが、あれはどうにもできない類の呪いさ。ほら、さっさと次の候補のところに行くよ。』


 『チッ』


 2体の神は踵を返す。向かうは数えきれない勇者候補のいる空間へと。


 


 

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