第263話 決戦
沼地のフィールドが世界に誕生して以降、今が最も注目されている時に違いない。辺りには太陽神の残り香のような気配が漂い、天から注がれる神々の視線も集まっていた。
「こんなこと、こんなこと。やりとうないんじゃが、許せっ!」
「ううっ、ごめんなさい」
イクシマとノエルは申し訳なさそうに言うが、しかしそこからの行動は全く申し訳なさの欠片もないものだった。
「火神の加護、ファイアアロー!」
「こっちも! 水神の加護よ、アイスブラスト!
交互に撃ち続ける魔法が狙うのは、離れた場所で待機するケイレブや上級冒険者たちだ。回避行動は一応行っているが、その場所を離れようとしないため、殆ど一方的に攻撃を受け続けている。
二人とも魔法攻撃はやりたくないのだが、自分たちがやらねばアヴェラがトンデモ魔法を使いかねず、そうなれば各方面――主に太陽神関係――に迷惑をかけてしまい、さらにはケイレブたちの命も危うくなる。
そのため自己犠牲の精神によって、泣く泣く魔法攻撃を行っているのだ。
「魔法いいな」
不満そうに呟くアヴェラの肩に手を置いたのはジルジオだ。
「アヴェラよ、悪いことは言わぬ。やめておくがよかろう」
「爺様……」
「儂の元に加護神様のな、つまり太陽神様の啓示があったである。それもな、あー、つまり……」
ジルジオは言いにくそうに口ごもり目を泳がせもした。
「アヴェラに魔法を使わせないでくれと名指しで、しかも……うむ、泣き落としのような感じであった」
加護神とは尊敬し敬愛すべき心の拠り所となる大事な存在だ。それが懇願してくるなど、自分が尊敬している相手の情けない姿を見せられたようなものである。
流石のジルジオであってもショックは隠せない。
それでアヴェラに魔法を使わぬよう諭すのだが、何があろうと全肯定する両親とは違って、ちゃんと道理を弁えているというわけだ。
しかしケイレブたちは一方的な魔法攻撃で散々な目に遭っている。
フィールドも魔法攻撃によって荒らされた。
元の沼地のフィールドであればそれほど目立たなかっただろうが、なまじ太陽神降臨によって美しい緑を取り戻していたがため、その酷さが目立っている。
ノエルは申し訳なさそうだが、イクシマは不満そうだ。
「こんな一方的な攻撃とか、良くないんじゃって。やっぱ、武器をぶつけあっての戦闘こそが誉れ! それが戦いってもんじゃろが」
「戦いは勝ってこそ意味がある」
「ふんっ! もそっと人の心を理解せんか。全くもう、我が教えてやらねばいかんな。よいか、魔法じゃと手加減できんじゃろ? じゃっとん武器を交えとる戦いであれば、ちょちょいと上手くやれるわけじゃ。分かったか」
「その戦鎚で手加減できるのか?」
「ふふん、もちろんじゃ! 上手いこと足だけ粉砕とかもできる!」
蛮族の意見は聞かなかったことにして、アヴェラはケイレブたちを見やった。普通の者なら軽く十回は死んでそうな攻撃を受け、まだ戦える状態で立っているのは流石だった。
特にケイレブは外套が多少焦げ、かすり傷を受けている程度だ。
しかも懐から小瓶を取り出し飲んでもいる。
「敵が回復薬を使うとか、どうなってんだ」
「お主は何を言うとるん?」
「まあ回復の回数を減らしたと思えば我慢できるか……」
「無視すんなよー。戦闘の前に泣いてしまうぞ」
横で煩いイクシマを黙らせるため頭に手を置いた。構って貰えば十分だったらしく、それで大人しくなる。しかしイクシマも突撃系エルフのわりに、ちょっとはマテが出来るようになっているのは評価すべきだろう。
「さて、それでは戦うとしますか」
「アヴェラよ。ケイレブの奴は儂が相手しよう、あれは少々洒落にならん」
しかしアヴェラは首を横に振った。
「爺様には他の人をお願いしたい」
「ふむ……よかろう、ならば存分にやれ!」
「うん、ありがと」
頷くとノエルとイクシマも間を置いて位置取りをする。それに合わせケイレブたち上級冒険者も分散した。
「誰が先に倒すかで勝負なんじゃって!」
「その勝負、受けてたつであるぞ!」
イクシマとジルジオが歓声をあげ飛び出していく。
「アヴェラ君、気をつけてね」
「ノエルもな」
そして、それぞれ戦いを始めた。
アヴェラはヤスツナソードを手にケイレブと対峙する。
こうして剣を手に向き合うのは、思い返せば冒険者ガイダンスのとき以来だった。改めてケイレブを見れば、その実力の凄まじさが感じられる。
以前には分からなかったことだ。
あの時は手加減された上で手も足も出なかった。しかし今は本気での戦闘となる。それでも不思議とアヴェラの心は落ち着いていた。
「…………」
瞬きすら惜しい緊張感のなか、ケイレブの腰が僅かに沈む。以前は視認すらできなかった攻撃が――今は見えた。
一気に迫る突進と共に剣が放たれ、それは目で追うのも厳しいほどの速さだ。背筋が冷たくなる。だがアヴェラは後ろに飛んだ。瞬時に反応したつもりだが、それでも剣先が掠めたほどのギリギリだ。
だが、一方的にやられるつもりはない。足が地面に触れる寸前、アヴェラは渾身の力で足を下に突き出し地を蹴り、前へと跳んで下から斬り上げる。
しかしケイレブは姿がブレる程の動きを見せ回避した。
剣を振り、剣で防ぐ。アヴェラとケイレブは殆ど同じ場所で回転するように位置を変え、急接近しては離れ、目まぐるしく動き続ける。その間にも互いに激しく攻撃を交わす。日の光の中に金属が煌めき、剣と剣のぶつかる音が間断なく連続して響く。
その中でアヴェラの意識は加速していく。
加速していく感覚の中で、ようやくケイレブの動きに僅かな、ほんの僅かな遅滞があることに気付いた。操られながら抵抗しているのだと感じられる。
普通では感じ取れないほどの遅滞にアヴェラは応じた。
「そこっ!!」
鋭い気合いと共にケイレブの剣を切り飛ばす。さらに翻したヤスツナソードを叩きつける。もし誰かが見ていたとしたら、アヴェラは剣を一度しか振っていないように見えたに違いない。それほどの速さだった。
「…………」
倒れたケイレブを前にアヴェラは膝を突き声すら出せない。
全力の中の全力を出し切った直後で、動きを止めた身体に心が追いつかず、全身が細かく震えている。自分が勝てたという実感は欠片もなく、最後の一撃もヤスツナソードが気を利かせなければケイレブを一刀両断にしていただろう。
それぐらい余裕がなかった。
ケイレブの口が動き、そこから薄桃色をした肉塊が這い出した。しかしアヴェラは虚脱状態のため、動きを目で追うだけしかできない。
肉塊がアヴェラを狙い跳ね――ヤトノが肉塊を掴んだ。
「いけませんね。御兄様に憑けるのは、わたくしだけなんです」
ヤトノの呟きと共に肉塊は消滅した。
「御兄様、大丈夫ですか」
「……ああ……うん……悪い、手を、貸して」
「もちろんです。さあ、どうぞ。しっかり掴まってください」
小柄なヤトノに軽々と持ち上げられ、アヴェラは立ち上がった。まだ身体が強ばっており、支えて貰わねば倒れてしまいそうなぐらいだ。
それでも他の戦いが気になっている。
「爺様と、イクシマは……」
ジルジオはとっくに相手を倒しており、その倒した相手の上に腰をおろして余裕の様子だ。イクシマは戦鎚を叩きつけたところで、一応は手加減したのだろうが、一撃を受けた相手の手から剣が弾け飛び吹っ飛んでいくところだった。
「まあ、なんて野蛮な小娘でしょう」
「イクシマだからな。それよりノエルは……ああ、うん。予想通りだ。なんで相手の剣が折れるんだろ?」
「ほんっと、ノエルさんはノエルさんですからね……」
相手が気の毒になる戦闘にヤトノは小さく息を吐いた。
一生懸命戦うノエルの姿があるのだが、その相手の剣が何もせず――恐らくは蓄積された金属疲労に内部応力が合わさり――折れた。あげく素手で身構えた相手の頭に木の枝が落下して直撃、跳ねた泥が目に入れば足を滑らせる。蹌踉めいたところに、イクシマが弾き飛ばした相手が激突。
両者から這い出た肉塊は、回転しながら飛んで来た剣が次々と斬り裂いた。
「「…………」」
アヴェラとヤトノは呆れきって息を吐いた。
「そういう感じだよな。まあいい、操ってる奴は片付いたのか?」
「いえ、あちらです」
ヤトノはほっそりとした指で前方を示した。
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