第260話 エルフは魔法の先生
「ぬがあああっ! こいつら次々来よる!! うーっとーしーい!! 厄介過ぎなんじゃあ!」
「しかも、なかなか厳しい敵であるな」
イクシマとジルジオが戦う相手は、黒いモンスターであった。立体的に敏捷に動き、鋭い爪や尾で攻撃をしかけてくる。しかも身体は鎧のように頑丈である上に、それを突破し傷を与えれば刺激臭のある体液が吹き出るのだ。
それが群れをなし、多少とは言え連携をとりながら襲ってくる。
同じ地域に生息するピルヅソーたちの協力がなければ、撤退していたかもしれないぐらいに厄介だ。
「じゃっどん! これぞ戦い!」
「であるな! これでいい、これがいい! こうでなくてはなぁ!!」
「ひゃぁ! 最高じゃぁ!」
「ふはははっ!」
イクシマとジルジオは言い放ち、大声で笑いだした。
言葉が通じているのか単に雰囲気で理解しているだけなのか、そこは不明なのだが、ピルヅソーたちが引き気味なぐらいだ。
フィールドを進む途中で襲って来た黒いモンスターと激闘中である。
枯れ木をブチ折り草を蹴散らし、足下の泥などものともせず、大戦闘が繰り広げられている。
「いやいやいや、ありえないよ。こんな戦闘で大喜びなんて。はぁ……でもそうだよね。二人とも、そういう感じだったよね……」
ノエルは嘆きながらフレイムアローを放っている。その威力は、加護が盛り盛りのためか、ごん太で相当なものである。
もはやフレイムアローと言うより、フレイムスピアといった具合だ。それを受けた黒いモンスターの胴体が、ごっそり削られ大穴が空くぐらいである。
「魔法……いいな……」
アヴェラは呟き魔法を使うノエルを見やった。
それでよそ見をしているようではあるが、素早い動きで這い寄ってきた相手を斬り捨て、同時に飛び退く。吹き出た強酸のような体液を回避するためだ。実際、体液がまき散らされた辺りの木から白い煙が薄くあがった。
「ところでだが、このモンスターにも名前があるのか?」
「ええっと、少々お待ちを……」
ヤトノは両のこめかみを指で押さえて考え込む。その間にもジルジオとイクシマ、そしてピルヅソーは、黒いモンスターと激闘を繰り広げている。
「うーん……ああ、そうです。ウアランヲ、ウアランヲです」
「なるほど」
やっぱり創って放置して忘れていたまま間違いない。そう思うと少し気の毒で哀れな気がしてくる。
「命令して止められないわけ?」
「いえ? 別に命令しても止まりませんよ。だって、本体の命令にも従わないでしょうから」
「どうして、そういうのをつくるかなぁ」
「もちろん人間を真似したものを、つくりたかったからなんです」
「……納得のような、納得できんような」
「方向性は良かったのですよ! 方向性だけは! でも、あんまり可愛くないから飽きただけなんです」
確かに可愛いとは言えない。悪夢にうなされたホラー作家が絵を描いたらこうなりそう、といった存在である。人間を真似たのは精神性だけと思いたい。
辺りを見回したアヴェラは思わず呻いた。
「うわっ、まだ大量に来てる」
枯れ木が立ち並ぶ向こうに、押し寄せるウアランヲたちが見えた。それはさながら黒い波のようである。
「御兄様、御兄様。でしたら、ここはもう魔法の出番なんです」
「あまり使わないと太陽神様に誓って、いや約束程度? うーん、いや言ってる程度か? 何にせよ、良くないだろ……」
アヴェラの心が揺らいでいるのは明らかだ。
そこにヤトノは笑顔で囁くが、それを止めるノエルは近くにはおらず、またウアランヲとの戦いに集中して気付いていない。
「大丈夫なんです。ほら、空に雲があるではありませんか。雲があったので見えませんでした、とか言うための雲です。これはもう、魔法を使って構わないということでいいではありませんか」
「そうか? うーん、そうかぁ……そうだよな」
アヴェラの口調が嬉しそうになり、急に空の雲が薄くなりだすのだが、しかし厚く立ち込めているため直ぐには消えそうにない。
「そうです、そうなんです。ささっ、早くしませんとね。ウアランヲが迫って来ております!」
「よし魔法だ、魔法。さてどうするか」
アヴェラは思い悩んだ。
どんな魔法でも良いのだが、いろいろ試したい思いが先に立っている。
「太陽神様……そうだ、太陽神様に捧げるような魔法がいいな」
「えーっ、そっちにですか。いえ、まあ……本体が喜んでおりますので構いませんけど。ちょっと哀しいんです」
喜んでいるのは間違いなく、捧げられる方が悲鳴をあげたがために違いない。だが、それでもヤトノは少しばかり焼き餅を焼いている。
「太陽、太陽……核融合? 磁気エネルギーの熱エネルギー変換?」
「ちょっと待てぇええ!」
エルフの耳は地獄耳。どうやらアヴェラとヤトノの話が聞こえたらしく、目の前のウアランヲを戦鎚で吹っ飛ばして振り向いた。
もしかすると、止めるようにという天啓でもあったのかもしれない。
「やめいっ! 意味不明なんはやめよ! やんなよ、絶対にやるんでないぞ!」
「つまり、やれってことだな!」
「たわけええっ! なんでそうなるん? だいたいじゃな、太陽神様の魔法言うたら、こんな風じゃろが!」
イクシマの掌から強い光が迸り、それを向けられたウアランヲが怯んで動きを鈍らせた。そして戦槌で叩きのめした。
「まあ、効果があるようで大した効果がありませんこと。見てるだけで何もしない太陽神らしい魔法ですこと」
ヤトノがクスクス笑った。
そろそろ神界で騒乱が起きそうかもしれない。
「やっかましい! お天道様を馬鹿にすんな! とーにーかーく! こういう魔法なんじゃ! 変なことすんな!」
「なるほど、そうだな。太陽神様と言えば光だよな、素直に光にすべきだな」
「あ、なんぞ嫌な予感……」
「太陽神の加護、光あれ!」
アヴェラの手からイクシマと同じように凄まじい光が迸り、次の瞬間に収束し光線となった。その光を浴びたウアランヲが瞬時に焼け、溶け、弾ける。しかも光は突き抜け、背後までことごとく消滅させていく。
まさに太陽神の怒りを具現化したような魔法であった。
ウアランヲが一斉に向きを変え逃げ出すが、光の速さに敵うはずもない。しかもアヴェラは――余計なことに――工夫して指の一本ずつから光を放ちだす。逃げ惑うウアランヲは次々と蒸発し消滅していった。
ピルヅソーたちは遠巻きにして恐々とアヴェラを見ている。
しかしジルジオは上機嫌だ。それも最っ高に上機嫌という具合だ。
「ふはははっ! 流石は儂の加護神様である。圧倒的な魔法ではないか! そしてアヴェラの魔法の才能! 凄いぞぉ、あんな魔法は見たことないであるぞ」
「いま、ちょっと創ってみたから」
「なんとぉ! そうであったか! 儂の孫、天才すぎやせんかぁ? 孫の魔法の才能は世界一ぃぃぃ!」
ジルジオは大喜びだ。この分であれば、アルストルに戻った後は、あちこちで孫自慢をしそうな具合である。
「爺どん、何を言うておられるん? 天才じゃのうて、天災なんじゃって」
呆れかえったイクシマだが、素早く振り向きアヴェラに詰め寄った。しかし背が小っこいので下から見上げるような感じだ。
「て言うかなー、なんなん? さっきのはなんなん!?」
「光の波長を揃えて一方向に向けた。これはイクシマの使った魔法がヒントになったからな。イクシマあってこそ誕生した魔法だな」
「やめよ、本気でやめよ。太陽神様にたてつくなど、我はそんな気はさらっさらないんじゃからな」
イクシマはぴょんぴょん跳ねて訴えている。
「そうか。だったらヤトノから、太陽神様に伝えて貰おう。うちのイクシマに余計なことしないようにとな」
「やめぇいっ! なんで我の名前を出すん? ここは、こそっと目立たず。有耶無耶にするとこじゃろが」
「こいつ、意外に姑息だな」
「やかましぃ! 正直者と言えっ!」
足を踏みならし抗議するイクシマだったが、その肩にノエルが優しく手を置いた。宥めるために軽く拍子をとって叩いている。
「アヴェラ君さ、今の魔法って凄いよね」
「そうだろう、そうだろう。凄く簡単だぞ、しかも回避はほぼ不可能。射程距離は実質無限。ノエルもやってみるか」
「正直ね、やっぱマズいって思うよ。いやね、絶対にマズいって思うよ。ほらさ、前にあった水の魔法みたいな」
「……あぁ」
それだけでアヴェラは理解した。
実質誰でも使えて簡単に暗殺に使えてしまう水の魔法と同じだ。この光の魔法が普及すれば、そこら中で光線が飛び交う大暗殺時代が来てしまう。いつか誰かが思いつくかもしれないが、自分が考案者として名を残したくはない。
「これも封印か……」
「それがいいって思うよ、うん。ごめんね、余計なこと言って」
「いや、いいんだ。教えてくれてありがとうな」
イクシマが強く言うよりノエルが優しく言う方が遙かに効果がある。アヴェラは素直に魔法は諦めた。ジルジオも説明されると身分が身分なだけに、確かにその通りと直ぐに納得していた。
喧々囂々とするうちに、気付けば辺りからピルヅソーの姿が消えていた。
間違いなくアヴェラの魔法を見て逃げて行ったのだ。ヤトノは激怒したが、その辺りはモンスターなので仕方がないことだろう。
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