第259話 一部は分かりあえよう

「街に来てた連中は抑えたんじゃなかったのか?」

 アヴェラは文句を言った。

 そこは転送魔法陣を使用し移動した先の沼地だ。辺りには枯れかけた木が並び足下はジメジメして、視界の大半が枯野色や黄枯茶色をして、枯れ草色が幾ばくかといった具合だ。

 白い小袖姿が際立って見えるヤトノは澄まし顔で答える。

「その辺りは伝達の具合ですね。つまり街に来ている者は抑えておりましたが、街に来る連中は抑えてなかったんです」

「杓子定規のお役人みたいな話だな」

「寧ろ悪ふざけに近いんです。言われてないことを敢えてしないで、騒動が起きるのを楽しむと言いますか。ほんと、そういうとこ厄介なんですから。お陰で本体もご機嫌斜めなんです」

「それは……いや、なんでもない」

 単に厄神様への嫌がらせでは無いかと思ったアヴェラだが、波風立てそうな言葉は慎んでおいた。

 だがしかし、波風を気にしないエルフはいる。

「うむ、それはあれじゃろな。つまり、嫌がらせというやつじゃな」

「この小娘、なんて失礼な。根拠もないことを言わないでください、特大級に呪いますよ」

「小娘言うな小姑め。根拠というかな、我はそういうのに詳しいんじゃ。ふふーん、いろいろやられたもんでな」

「……お可哀想に」

「お可哀想じゃなぁい!」

 イクシマの叫び声が辺りに響くが、何の反応も無く静まり返っている。まるで他の生き物が存在しないかのような雰囲気だ。

「これ、ヤトノ姫もエルフ嫁もおとなしくせんか」

 呆れた様子のジルジオが注意した。肩には出発前に叩きのめした冒険者から借りた――と主張する――斧槍が担がれている。

「いつも、こんなか?」

「概ねそう。賑やかしいことこの上ないよ」

 ジルジオと口を利かないことにしていたアヴェラも、宣言通りフィールドに来てから普通に返事をする。

「御兄様? 騒がしいのは、この駄エルフだけですよね。わたくしは含まれておりませんよね? 一緒にしたりしませんよね」

「分かった、分かった。分かったから静かにしろ」

「その雑で適当にあしらう感じ……素敵っ!」

 嬉しそうなヤトノはアヴェラの腕に抱きつき頬ずりまでした。

「えっと、ここ危険地帯なんだし。できれば周りに集中したいかなーって。いろいろ危険が危ないとこなんだしさ」

「ノエルよ、全くもって良いことを言う。その通りじゃ!」

「イクシマちゃんに対しても言ってるからね」

「うそん!?」

 先頭をアヴェラとジルジオが進み、ノエルとイクシマが後ろに続く。それぞれ泥に足をとられ汚れているが、ヤトノだけは素足でぺたぺた歩き少しも汚れない。


 辺りは陰鬱で空も靄かかって、すっきりとしない雰囲気だ。

「あっちですね」

 ヤトノが指し示す方向へと一行は歩いて行く。あの人に寄生する存在が居る方向を教えてくれているのだ。普段はそうした力も使ってはいけない――ただしヤトノの気分による――らしいが今は問題ないらしい。

「今回は状況が状況ですので、はい。太陽神も見て見ぬ振りというわけです」

「それで空に雲か?」

「ですね、ほんと小狡いですよね。雲があったので見えませんでしたー、とか言う気ですよ絶対。わたくしの本体のように、やるなら堂々とやればいいものを」

「それはそれでどうかと思うが」

 喋りながら歩くアヴェラの横でジルジオが何かに気付いた。

 視線を木の根元に向けているが、そこには仔犬とも仔猫とも見える愛らしい生き物がいる。つぶらな瞳をジルジオに向けて、よちよちと歩いて近寄って来た。

「爺様、それは――」

 アヴェラが言い終えるより先にジルジオは斧槍を振り下ろす。愛らしい生き物は一撃で血肉に変わった。

「ん? 何であったか」

「危ないから、と言うつもりだっただけ」

「おう、心配してくれておったか。アヴェラは良い子だのう。しかし、あの目を見れば分かる。あの目は性根の腐った目であった」

「流石だね。可愛い見た目で相手を騙して捕らえて、いたぶるらしいよ」

「そうであるか。しかし、そういうのはよくあるな。しかも大したことない」

 ジルジオの言葉にヤトノがショックを受けている。

「恐ろしいのはモンスターなどではない、人間であるぞ。騙して、騙したことにすら気づかせず、死ぬまで騙して搾取する者もおるからな」

 ヤトノがふむふむと頷いており、余計な知識を得てしまったような感じだ。何にせよ、人の悪意が一番恐ろしいということだろう。


「ところで気付いておるか?」

「前と後ろに何か居るね」

「うむ、更に言えば左右にも少しおるな」

 ジルジオは楽しそうだ。

 言われてから集中してみると、確かに何かの気配が感じられる。アヴェラはジルジオの鋭さに驚かされた。

「さっすが爺どん。さあ戦いぞ! 全部ぶちのめしてくれようぞ」

「待て待て、まだ敵とは決まっておらぬからな。敵と分かってから、ぶちのめせばいいのである」

「なるほど! 戦うんに変わらんものな!」

 イクシマが変な学習をしている様子にアヴェラは溜め息を吐くしかない。しかしそれで理性的な蛮族になるなら、今よりマシかもしれないが。

 相手はこちらが気付いたことに気付いたらしい。

 周りを囲んでいた存在が枯れ草を押しのけ姿を現した

「む、お主らか」

 イクシマは少し残念そうに呟いた。

 ドレッドヘアを揺らす相手は、前回来たときに一騎打ちを行い一体を討ち取った蛮族系モンスターだ。いずれも歪な形の防具――恐らくは犠牲者のもの――を身につけている。他のモンスターより一回り大きい個体が前に出てきた。

「また、戦うんか。良いぞ、負けぬぞー!」

 声を張り上げるイクシマだが、相手は指を立て左右に振ったかと思うとジルジオを指し示した。

「おうっ! 儂を御指名か! ふはははっ! なかなか目が高いであるなぁ! よかろう! 相手にとって不足なし!」

 ジルジオは斧槍を構え大喜びで前に出る、相手モンスターも同じ得物を手にして出てきた。睨み合うこと数秒、両者は互いに叫びをあげ戦いを始めた。

「えっとさ、アヴェラ君。どうすんの、これ」

「……どうしようもない。放っておくのが一番だ」

「でもさ、ジルジオさんが負けちゃったりしたらさ……」

「負けると思うか?」

「……それ、確かにそうだよね」

 ジルジオは高笑いをあげ、激しい斧槍を打ち合わせている。見ればイクシマは周りのモンスターと一緒に足を踏みならし、武器を掲げ叫びをあげていた。そのまま同化しそうな雰囲気だ。


 激しい戦いが続き、両者が同時に距離を取って睨み合った後で構えを解いた。

「ふーむふむふむ! これほど戦い甲斐のある相手は久しぶりであるぞ」

 ジルジオが賞賛するとモンスターもジルジオを褒め称えるような仕草をした。またもや両者の間に通じ合うものがあったらしい。

「儂らは、こういうのを探しに来たのであるが知らんか?」

 身振り手振りを交え、さらには口から何かが出てくるような素振りをすると、モンスターたちは頷いた。

「凄い、爺様。意思疎通までしてる」

「モンスターさんの方も凄いよね……あ、でも名前がないと不便だよね。それも分かったりしないかな」

「流石にそれは無理だろ」

 アヴェラが呟くと、その袖がツンツンと引かれた。見ればヤトノが緋色の瞳を輝かせ小威張りしている。どうやら名前を知っているらしい。

「あれはですね、まだ本体が飽きる前ですから名前もあるんですよ。ピルヅソーと言うんです」

 その途端だった、ピルヅソーと呼ばれたモンスターたちが激しい勢いで反応したのは。ヤトノを見つめ固まったかと思うと、手にしていた武器を投げ出し地面に膝を突き、頭を地面に押し当てたのだ。つまり土下座スタイルだ。

「おや、やっとわたくしが何者か気付いたようですね」

 ヤトノはどこからともなく扇子を取り出し、それで自分の掌を軽く叩いた。たったそれだけでピルヅソーたちが身を縮こまらせている。

「まあいいでしょう、御兄様もいらっしゃいますし。特には咎めません。そ、れ、よ、り! この地を抜け出し不埒な振る舞いをする者がいますね。今から、それを討ち果たします。手伝いなさい」

 ピルヅソーが勢いよく立ち上がったかと思うと整列、同じ方向を指し示した。その姿は絶対服従を誓った従者のようであり、母親に叱られたばかりの子供のようでもある。

「ヤトノって意外と偉かったんだな」

「御兄様!? わたくしをどのように見ていたのです?」

「ヤトノはヤトノで、可愛いヤトノだろ」

「御兄様……大好きっ!」

 抱きついてくるヤトノをいなしながら、アヴェラは歩きだした。

 ノエルはまたピルヅソーを警戒気味だが、イクシマとジルジオは既に溶け込み肩を並べ意気軒昂といった様子であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る