第258話 厄介な生き物たち

「ようしっ! そのモンスターを退治に行くであるぞ!」

 大張り切りのジルジオだが、普段着に剣を一本帯びただけである。恐らくは自分の屋敷が襲われて、それを蹴散らし鋭い直感で孫や子の危険を察知し、取るものも取り敢えず大公家に駆けつけたというわけだ。

 その気持ち自体は立派だが、残念ながら日頃の行いのせいで皆は困り顔だ。

「せめて装備ぐらい調えてからにしたら?」

 アヴェラは心配そうに言った。ただし、ジルジオが装備を準備する間に急いで転送魔法陣まで移動して置いて行こうというつもりだ。

「可愛い孫が心配してくれる気持ち! 実に素晴らしい!」

「ちゃんと装備しないと危ないからね」

「おう、アヴェラの言う通りであるな」

 ジルジオは大きく頷き辺りを見回し、辺りを警戒する騎士の一人に目を向け、にんまりとした。

「よーし、ちょっと待っておれ」

 スタスタと近寄っていき、その騎士の肩に手を回し何やら囁いた。おそらく脅したに違いない。騎士は泣きそうな顔になって、自分の防具を次々と外しジルジオに譲り渡した。

「流石は爺どん! 急ぎん時は、ああやって装備を用意するんじゃな」

 イクシマは余計なことを学習しており、蛮族エルフが盗賊エルフになりそうなことを言っている。

 一筋縄でいかぬ祖父にアヴェラは呆れるばかりだ。

「爺様……そういうのはさぁ……」

「問題ないであるぞ、背格好が近ければ留め具で調整が利くからな」

「じゃなくてさ、他人のものを奪うのはどうかと思うんだけど」

「かーっ! そんな事を気にしとる場合か。それにな、儂は奪ったのではなく借りたのであるぞ。向こうは快く貸してくれておるし、後で賃料も払う。どうであるか、何の問題も無かろうが」

 ちらりと見ると、身ぐるみ剥がれた騎士は項垂れトボトボと歩き去っている。快く貸したとは到底思えなかった。一方でジルジオはイクシマから尊敬の眼差しを向けられ威張っている。

「アヴェラ君、こういうのって諦めが肝心だって思うよ。うん」

「そうだな……はぁ」

 ノエルに言われ、アヴェラは諸々を込めて息を吐いた。

 孫の心爺知らずでジルジオはウキウキして張り切っている。

「ほれほれ、急ぐのであろうが。早いところ行くであるぞ!」

 一部始終を見ていた大公家の使用人たちの、申し訳なさそうな視線を感じ、アヴェラはもう一度深々と息を吐いて歩きだした。


 早鐘が三回鳴らされ、少し間を空け、また三回鳴らされた。

 それは都市内に危険が存在することを告げる鐘である。途端に街の雰囲気が変わった。街全体から響く全ての音が変化し、道行く人の動きも慌ただしくなる。

「街中には、もういないよな」

 アヴェラが呟くとノエルが、どうだろと言って首を傾げた。

「また出てくるかもだよ」

「何が目的なのだろうな。もしかすると――」

 不意に前方に喧噪のような音が聞き、アヴェラは言葉を止めた。

 まずは辺りの様子を窺い警戒するのだが、同時に手を伸ばしたのは駆けだそうとしたイクシマの襟首を引っ掴むためだ。

「何すんじゃって。はよう見に行くんじゃって」

「少しは学習しろ」

 引き寄せたイクシマを前に置き、両手で頬を掴んで左右に引っ張る。もっちりして良い手触りだ。ふがふが騒いでいたが、しだいに大人しくなった。

「アヴェラよ、なーにをやっておる。いいか、そういうのはな。二人っきりで、ゆっくりたっぷりねっとりやるもんであろうが」

「爺様とはしばらく口をきかないどく。具体的にはフィールドに行くまで」

「何でであるか!?」

「…………」

 宣言した通りにアヴェラは返事をせず歩くのだが、なぜかノエルが申し訳なさそうに笑って頭を掻いているぐらいだ。

 転送魔法陣のある広場で戦いが起きていた。

 剣を振り上げている者もいて、その横には呪文を発動させる者もいる。両者は辺りに攻撃をしかけてる、と見てアヴェラはイクシマを解放した。

「よし、行け!」

「ひゃぁ! 戦闘じゃぁ!」

 解き放たれたイクシマが地を蹴りたて突進していき、ジルジオも負けじと走り出していく。二人が先を争う後をアヴェラが追いかけると、横にノエルが並ぶ。

「あそこで暴れてるのってさ、やっぱり……やっぱりだよね」

「間違いなくそうだろな」

「また、あれが出てくるんだろうか。ううっ、考えると嫌かも」

「出てこない方が困るのだがな」

 逃げて来た女性をノエルに任せ、アヴェラは追ってきた冒険者の前に立ちはだかった。その相手の目は虚ろであり、あらぬ方を見やっている。しかし動き自体は鋭く的確な剣を使ってきた。

 ヤスツナソードの一閃で相手の剣を根元から斬り飛ばす。翻した剣の一撃では斬ることなく叩きのめす。以心伝心、斬れ具合が思う通りに変化している。

「うわわっ! 出てきたぁ!」

 相手の口から肉塊が出てきて蠢きノエルが悲鳴をあげた。

 ただしそれも、アヴェラがヤスツナソードを突き立てれば、黒い霧となって消え失せた。清らかな力で浄化したと言うよりは、もっと邪悪な力で消滅した感じだ。


「残りは――出るまでもないか」

 ジルジオもイクシマも張り切って暴れている。むしろ敵の方が可哀想になるぐらいの勢いだ。

「こんな具合なら余裕か」

「いえ、そうではありませんよ」

 アヴェラの言葉に応えたのは白蛇状態のヤトノだ。襟元から頭をだし一緒になって戦闘の具合を見ている。

「この相手どもは、元があまり強くないです。ですから寄生されても、さほど変化はないんです」

「寄生されると強化されるってことか?」

「いえ、そうではないんです」

 ヤトノは完全に外へと這い出てきた。

「あの者どもは、実力も加護もあんまりありません。ですが、例えばノエルさん。もしもノエルさんが寄生されると大変です」

 尻尾の先で指し示されたノエルが目を瞬かせた。

「私!?」

「ノエルさんが寄生されても、加護はそのままということです。おわかり頂けますでしょうか」

「あ、そうなんだ。じゃあ不運なまんまなんだね、嬉しいような哀しいような。なんだか微妙な気分かも」

「違います」

「がーん、そういう意味じゃないんだね」

 一蹴されたノエルは項垂れ、白蛇状態のヤトノは尻尾を振って続ける。

「つまり危機の時に発動するコクニの加護、あれも普通に発動するという話なんですね」

 それを聞いたアヴェラはぞっとした。

 ノエルはピンチになれば豪運とも天運とも言うべき状態になる。そうなれば、たとえ相手が誰であろうと――それこそ神でも――勝てない。しかも生来の優しい性格のため誤解されがちだが、素早さからくる戦闘能力は相当なものだ。

 もし寄生され一切の躊躇が無くなれば、ノエルを止めることは実質的に不可能と言っても良いだろう。

「だったら、ノエルはフィールドに近づけない方がいいな」

「あ、そこは大丈夫なんです。喩えとして出しただけで、ノエルさんがそうなれば取り返しがつかないため、その状態で阻止されたみたいですから」

 コンラッド商会においてノエルの運が発動し、寄生生物が倒されたのは、それだけ危険だったということだ。聞いたアヴェラは安堵するやら身震いするやらで忙しい。

 ただし、そうしながら周囲への警戒は怠っていなかった。

「なるほど。そうするとノエルは大丈夫としても、他は気をつけないとな」

「御兄様でしたら絶対大丈夫ですよ。わたくしが憑いておりますから。ええ、どんな相手であろうと渡しません。未来永劫、御兄様はわたくしのものなんです」

「ええ……束縛されるのはなぁ」

「どうしてです!?」

 ヤトノは悲鳴のような声をあげ、じたばた暴れている。

「束縛されるかよりは束縛したいな」

「御兄様に束縛されるわたくし……ああ、素敵っ……」

 そんな会話を聞きつつ、ヤトノは束縛されているのではないかと、束縛されきっているノエルは思った。

 前方ではイクシマとジルジオが猛威を振るい、並み居る敵をことごとく撃破した。もちろん抜け出た寄生生物もしっかり倒すという活躍ぶりだ。あげく両者ともアヴェラの元へと、自分の活躍を報告しに嬉々として駆け戻ってきた。

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