第257話 嬉しくも招かれざる者
アルストル大公も含め、その屋敷の者たちが昏倒した。不幸中の幸いは敷地が広いため、周辺居住区にまで影響が出なかった事だろう。
「ちょっとやり過ぎだったな」
「酷いです、わたくしは御兄様の為に頑張ったというのに……」
白い小袖を目元にやり、よよと泣くヤトノは健気でいじらしい姿だ。
しかし大公の居室に揃っている誰も、それを可哀想とは思っていない。大公であるハクフも娘であるナニアも、なによりアヴェラもそうだった。
「まあ、あのまま逃がしたらマズかったのは事実だが」
「ですよね、そうですよね。ですから、わたくしは何も悪くないんです」
ヤトノは嬉しそうに笑ってアヴェラに抱きついた。
その頭をぐりぐりと強めに撫でながら、アヴェラはハクフに頭をさげた。
「ただ怪我人が出たのは事実。申し訳ありません」
「事情は理解している。むしろ、こちらが礼を言うべき立場ということもね。中級から上級冒険者の襲撃に押されていたのは事実だ」
「その件ですけど……操られていたわけですし、お咎め無しにはなりません?」
「難しいねぇ」
ハクフは思案顔で困り顔といった様子だ。
事情は理解しても、実際に屋敷の中で剣が抜かれ斬り合いが起きたのは事実。無かったことには出来ないのだった。
一方でアヴェラは友人であるウィルオスたちを心配している。努力を重ね頑張ってきて、それがモンスターの――しかも厄神様謹製の――影響で全てが台無しになるのは、あまりにも気の毒が過ぎる。
「でも、そうなると」
アヴェラは小さく溜め息を吐いた。
あんまり言いたくはないが、友人を助けるため言わざるを得ない。
「爺様の耳に入りますよね」
「分かってるよ。言わないでくれ、今は少しでも忘れておきたいんだ……」
ハクフは渋い顔だ。
こんな事件をジルジオが知れば、大喜びは間違いない。解決に向け張り切って動き、そしてハクフが各方面に頭を下げ後始末に奔走することは確定事項だからだ。
「ですから、できるだけ爺様の耳に入らないようにしましょう」
「とても魅力的な誘惑だよ。具体的には?」
「まず、ここで起きたことは演習としましょう。演習。屋敷の警備強化のため、実戦形式で演習をしたと」
「演習ね……次から自分がやるとか言いだしそうだが」
「そこは仕方ないですね、警備担当には泣いて貰いましょう」
ハクフはしばし考え込み、それはもういろいろと考えた上で頷いた。
「当家で行った演習で怪我人が出たのは仕方が無い。関わった冒険者諸君は、君の友人も含め健康状態を確認の上で再度協力を願おう。もちろんアヴェラにも協力して貰いたい」
ニヤリとするハクフの様子を見れば、話がこうなることは予測済みだったようだ。ウィルオスとアヴェラの関係も承知の上であるし、話の流れもハクフの掌の上だったに違いない。しかも、それを敢えて表情で教えてくれている。
「警備関係でしたら多少は」
アヴェラは渋々と頷き、こわい伯父さんだと思うしか無かった。
部屋の外が少し騒がしくなった。
ほんの僅かな変化であったがアヴェラは即座に気付き、それでナニアも気付いた。事件の直後であるため二人とも軽く身構えるが、ノックと共に入って来た姿を見て構えを解いた。
「カカリアお姉様」
ナニアが嬉しそうに飛びついていく。幼い頃に刷り込まれた絶対上位の存在への憧れのようなものだろう。
一方でアヴェラはカカリアの後ろに続くノエルとイクシマに声をかけた。
「そっちは?」
「我はシュタルの奴を助けてやったんじゃぞ、どうじゃ」
「どういうことだ」
唐突に言われてアヴェラは困惑するが、イクシマは得意そうな顔をするだけで説明してくれない。代わりにノエルが説明してくれる。
「えっとね、ニーソちゃんは守った後でニーソちゃんが気付いたんだよ。アヴェラの関係するところが狙われてるんじゃないかって」
「確かに、ここも襲われてたが。そういうことか?」
「うん、それでイクシマちゃんがシュタルさんのとこ行ったら襲われてたってわけ。で、私がカカリアさんのところに行ったら、やっぱり襲われてたんだよね。でも、行く必要ないぐらいだったけどさ。うん」
どうやらカカリアを襲った連中は、至極当然のことではあるが、可哀想な具合になったらしい。
「そうするとだ……」
アヴェラは恐ろしいことに気付いた。
「関係するところが襲われているなら、考えたくはないけど、もしかすると爺様も襲われてる!?」
室内に沈黙が訪れた。
誰もが最悪の事態を想定したのだ。もちろんそれは、一般的に言われる最悪の事態ではないのだが。
「流石は厄神様謹製のモンスター、なんて厄介……」
「待って下さい、御兄様? それは違いますよ、ぜーったい違うんです」
「でも災厄じゃないか」
「ちーがーいますー! そういうのは違います」
ヤトノは両手を上下に振って否定して一生懸命だ。
ようやく我に返ったハクフは呼び鈴を振り、外で控えている者を呼んで、ジルジオの屋敷の警護を命じた。
しかし全ては遅かったのである。
部屋の外が凄く騒がしくなった。
ほんの僅かな変化であったがアヴェラは即座に気付き、それで皆も気付いた。皆が一斉に諦めまじりで、ノックもなしに乱入して来た姿を見ながら溜め息を吐いた。
「ふはははっ! 儂、参上! って、なんであるか、その態度は!」
ジルジオはふて腐れた。
「父上、もう少し静かにお入り下さい」
「おうおうおう、この儂に説教かぁ? 偉くなったもんであるな」
「事実、偉いのです」
「かーっ! 言うようになったな。折角心配して来てやったと言うのに。んー? 何やら聞いたとこでは、ここでも事件があったようであるがなぁ」
探るような顔のジルジオだが、既ににやにやしている。相手が隠して触れて欲しくない部分に気付く能力は卓越でも卓抜でもなく、卓絶しているのだ。
「お父様」
しかしカカリアの一瞥でジルジオは大人しくなった。ナニアはそんなカカリアに尊敬の眼差しを向けているぐらいだ。
「いや待て待て。儂は怪しい連中を撃退してな、アルストル全体のことを考え、ここに来たのであるぞ」
「ちょうど、その話をしていたところです」
「よーしよし。儂に任せよ」
話の主たる部分はジルジオに対する懸念であったが、流石にそれは言えやしない。微妙に気まずそうな母を助けるためアヴェラは腹をくくった、もはやこうなれば下手に隠し事をしないほうマシであると。
厄神が丹精込めてつくって、そして飽きて放り出したモンスターの存在と、そのモンスターたちが出現するフィールド。さらにフィールド認定での不可解な状況と、モンスターに寄生されている冒険者たち。各所が襲撃され、その全てがアヴェラの関わる場所。
話を聞くうちジルジオは活き活きとしてきた。
「ほうほう、ほう! それは最高であるな!」
「一大事だと思うけど」
「だからであろうが。そして、これはアヴェラに対する挑戦! ならば儂に対する挑戦でもある!」
「一緒にされたくないなぁ……」
「かーっ、孫が哀しいことを言うておる。儂は哀しいであるぞ」
しかしジルジオは欠片も哀しそうではなく嬉しそうだ。たぶんアヴェラと話しているだけで嬉しいのだろう。
アヴェラはどうすべきか悩み周りを見やった。
ノエルは困り顔でイクシマを見ており、イクシマはジルジオに同調し気勢を上げている。ハクフは心配そうにナニアを見ており、ナニアはカカリアに憧れの目を向けており、カカリアはアヴェラを笑顔で見ている。
どうやら決めるべきは自分らしい、とアヴェラは気付いた。
「ヤトノ、そのモンスターはどうすればいい?」
「どうでしょうね、あんまりにも古い話なので本体も忘れていたぐらいですし」
なんだかモンスターが不憫になってくる。
そんなアヴェラの気持ちを察したのかヤトノは少し慌てた。
「大丈夫です、すぐ思い出します。思い出してみせます……ええっと、そうですね……個別で意思を持つのでもありませんね」
ヤトノは何かを調べるような顔をして何度か頷いている。
「ふむ? そうしますと強い個体が生まれて、全体を操ってそうですね」
「だったらそれを倒せばいいのか」
「はい、そうすれば街に出た連中だって、御兄様に迷惑をかけたりなんてしません」
「なるほど。だったら街に来てる連中はどうなる?」
「さあ? そこは放任主義ですので……痛い、痛い、痛いです」
アヴェラに頭を掴まれたヤトノは悲鳴をあげた。ジタバタ暴れている。
「それを放置したら大変だろうが」
「ええーっ、でも処理するのが面倒……分かりました、何とかします」
「街ごと破壊して、片付けましたー。とか言わないだろうな」
「……嫌ですねぇ、わたくしはそんなことしませんよ」
微妙な間があったのでアヴェラは無言の圧をかける。
「ううっ、分かりました。ちゃんとやります。本体から各神に要請をかけて、街に出た分は内密に処理します。信仰ポイントを消費しますけど、仕方ないですけど。御兄様が言われるのでやります」
「当然だろ。やったことに責任をとるのは当然だ」
「ううっ、神を神とも思わぬ御兄様。でも、そんなところが素敵」
アルストル大公の居室に揃った者たちは立派だった。控えるべきところは控え、聞くべきでないことは聞かなかったフリが出来るのだから。
そしてアヴェラがフィールドに向かう。
一緒に行くと主張したナニアはハクフに抑えられ、カカリアはトレストが引き取って――だがジルジオだけはどうにもならなかった。
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