第255話 二人は仲良しコンビ

 街中は賑やかで物売りの掛け声や、それに応じる客の笑い声が響き何の異常も認められない。通りを歩く人たちは呑気さがあり、偶に気難しい顔もあるが、それとて個人のトラブル程度だ。

「うぬっ!?」

 しかし目的の建物に近づいたイクシマは異常を感じ唸った。

 エルフの鋭い聴覚が物の破壊される音を捉えたのだ。しかもそれは、これから向かおうとしている建物である。

「いかん!」

 イクシマは言うと、素早く駆けだした。背負っていた戦鎚を使おうか一瞬だけ迷ったが、しかし使わず目の前の扉に肩から突っ込み、ぶちかます。

 小柄な身体は衝撃に負けず、扉を破壊してなお勢いは止まらない。

「やっぱしか!」

 予想したとおり、中では激しい争いが起きていた。

 冒険者らしい男が剣を振り回し切りつけており、それに対抗しているのは背の低い女だ。髪をバンダナでまとめ、太く頑丈な体つきをしているその人物は、ドワーフ鍛冶の名工シュタルであった。

「そこまでじゃぁ!」

 イクシマの大喝に僅かでも反応したのはシュタルであって、剣を持つ男は無反応。おかげで一瞬の隙を見せたシュタルは剣の一撃を受けてしまう。

 剣はシュタルの腕に当たり、しかし弾き返した。

 鍛冶用の革製グローブは見た目以上に頑丈らしい。だが、衝撃までは抑えきれずシュタルは苦悶の顔だ。

「このボケエルフが! あたしを殺す気かい!?」

「なんじゃとーっ! 心配して来てやった我に対する言葉がそれか!」

「はっ! だったら、早いとこ片付けとくれ!」

「言われんでも!」

 狭い部屋の中で怒鳴り合うが、敵を前にしつつお互い邪魔にならぬよう動く様はなかなか気が合ってはいる。もちろん当人たちは全否定するだろうが。

「どっせぇーいっ!」

 イクシマは手近にあった木材を勝手に手に取り、それで敵の頭をぶっ叩いた。シュタルが片眉をあげたのは、その木材が五日もかけ丁寧に丁寧に削り磨き上げたものだったからだ。

「どんなもんじゃ!」

「ちょっと、あんた何てことを――」

「待て待て待ていっ! まだ終わっとらんのじゃぞ!」

 イクシマは真剣な顔をして倒れた男へと慎重に近づく。そして予想していたとおり、男の口から肉色をした物体が這い出てきた。それを目にしたシュタルが目を剥いた不気味さだ。

「と、ど、め、じゃああっ!」

 叫びと共に五日もかけ削り磨き上げた木材が肉色物体に叩き込まれ、汚い粘性物へと変えた。


「ふぅ」

 如何にも良い仕事をしたといった顔のイクシマは、出ても居ない汗を拭う素振りをして、すっかり汚れた木材に嫌な顔をして放り出した。もちろん床には肉色の水溜まりが出来ている。

「っしゃぁ! 我の勝ちぃ! はっはぁ、この命の恩人たる我に感謝し、平身低頭するがよい」

「こんの、クソボケアホマヌケダラスケタワケエルフがぁ!」

「うそんっ。アヴェラより口が悪いんの、初めて見た」

 凄い剣幕にイクシマは金色の瞳をした目を大きく開いた。だが驚いたのは一瞬で、直ぐに気を取り直す。

「って言うかなー! 我、命の恩人ぞ! 命の恩人! その態度はなんじゃ!」

「あんたにお似合いな棍棒みたく握ってる木材! ひと削り単位で調整して削り出して、五日もかけて磨きあげて、ようやく形になったもんだよ」

「ふーん」

「なんだい、その反応!」

「命には代えられんじゃろが」

「ああそうだよ! 分かってるよ! だからこそ、余計に腹が立つ! くそっ、忌々しい。エルフに助けられたのも忌々しいね」

「はっはぁ! 我は気分が良いぞ! ドワーフの命の恩人ってのもなぁ」

 楽しそうなイクシマは汚れた木材で、倒れたままの男を突いて反応を見ている。コンラッド商会の時と同じく、生きては居るようだ。

「で、これはどういった事だい?」

「んー? 知りたくば我にひれ伏し、教えて下さいと懇願――」

「あたしはね、カカリアの姐さんとも知り合いだよ」

「ちょっと冗談を言っただけじゃろがー。変なこと言うでないぞ」

 腕を組み大威張りだったイクシマは、たちまち大人しくなった。カカリアが恐いとかではなくて、ただ純粋に悪く思われたくない気持ちである。

「普通に言って、よう分かっとらん」

「あんたね……」

「いや本当じゃって。ただ上級冒険者の何人かがな、モンスターに取り憑かれとるかもしれんだけじゃ」

「大変な事じゃないかい。でもま、そういうことか」

 シュタルを襲った相手も上級冒険者であり、これまで何度も装備を用意してきたお得意様だった。

「そういうわけじゃ、分かったか」

「腑に落ちないことあるけどね。どうして、あんたは此処に来たんだい。しかも、こうなると分かっていたような素振りじゃないかい」

「……うはぁ、このドワーフ。面倒くさい」

「はっ、ドワーフってのはね。エルフの嫌がることをするのが、だーい好きなんだよ。とっとと言いな。一応は命の恩人だ、悪いようにはしないよ」

 気付けばイクシマの立場の方が悪くなっていた。

「他で言うんでないぞ――」


 イクシマの説明を聞いたシュタルは小さく何度も頷いた。

 どちらも同じぐらいの身長で胸囲も大差ないが、シュタルは厚革の前掛けをしているため、イクシマの方が女性らしい姿だ。

「そういう事かい。厄神様のモンスターねぇ」

「まだ確証はないんじゃぞ。余計なこと言うなよ、フリでないぞ」

「分かってるよ。アヴェラ坊が関わってんだ、余計なことは言いやしないよ。あんただけならともかくね」

「余計なこと言うとるじゃろが」

 忌々しげなイクシマのぼやきにシュタルは笑った。

「すまないね、エルフを弄るのはドワーフの本能ってもんさ。それよか、他のところは良いのかい?」

「うむ、とりあえずはな」

 エイフス家にはノエルが、大公家にはアヴェラが向かっている。

 コンラッド商会で起きた事件の後、ノエルとイクシマはエイフス家に向かったが、途中で他に関係しそうな存在としてシュタルを思い出したのだ。戦力的に考えシュタルの元にイクシマが来たのだが、結果として大正解だったのである。

「念の為じゃ、お主もどこか知り合いの元に身を寄せるがいい」

「そうした方が良さそうだね。だけどその前に」

 シュタルは床を指し示す。

 そこには潰された肉塊が名状し難い状態で残っている。

「掃除していきな」

「ええーっ? 我は嫌じゃぞー」

「あたしだって嫌なんだよ。それで木材のこと許してやるから手伝いな」

「我は命の恩人じゃろがー。これだからドワーフってやつは、ほんと頑固で融通が利かんのじゃ」

 ぶつくさ言うイクシマだがシュタルにモップを投げ渡されると、真面目に掃除を開始した。根は真面目なのだ。


「どうじゃぁ! 終わったぞよ。元より綺麗にしてくれたわ、感謝せい!」

「はいはい、ありがとうさん」

「もそっと気持ちを込めんか、ったく……」

 ぼやくイクシマに、何かが飛んだ。シュタルが、ひょいと投げたのだ。

「そらよっ、これを礼代わりにやるよ」

「むっ、そうか。受け取ろう。で、これは腕輪か」

 金属製の腕輪だ。細かい波打つような模様が薄らとあるが、それは彫刻によるものではなく、金属のそれ自体の模様だ。そして目立たないが光にかざせば、表面には粉雪のような微細な煌めきがあった。とても美しい。

「アヴェラに言われた鍛錬方法で鍛えた金属だよ。試しに処理してみたけどね、出来た鉄片があんまりにも綺麗だったんで腕輪にしてみたのさ」

「いいんか? 我が貰っていいんか?」

「命の恩人様だろ。持ってきな」

「むっ、そうか……感謝する」

 イクシマはこれまで贈り物を貰う機会が少ない人生だったため、素直に礼を言う。いそいそと身につけ、満足そうな顔をした。

「むふんっ、綺麗じゃな」

「そりゃ良かった。じゃ、その人を警備隊まで運んでやんな。どうなるか分からんし、逆に治療とかが必要かもしれんし」

「我が? 我が運ぶんか。えーっ、面倒くさいぞ」

「その駄賃も込みさ。とっとと行きな」

 シュタルは手を振って、追い払うような仕草をした。そして、あちこち戸締まりを始めている。

「くっそー! 礼を言って損した。これだからドワーフって奴はなぁ!」

「そうそう、それでいいのさ。ドワーフとエルフの仲ってのはさぁ」

「この件が片付いたら覚えておれ、とびっきり面倒な装備を注文してやる」

「面白い。あんたが魂消るような凄いのをつくってやるよ」

 お互い言い合い、同時にそっぽを向いた。ただし、二人とも相手の顔が見えないところでニンマリ笑っているのは事実だ。

 イクシマは倒れた冒険者の男を引きずり警備隊を目指し歩きだした。

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