第254話 三者三様仲良しトリオ

「ふっふふーん。我、大活躍。もそっと褒め称えてくれても良いんじゃぞー」

 イクシマは得意満面、ぶちのめした冒険者の足を引きずり部屋の中央に放り出した。そして、そこらにあった紐――粉砕された調度品の飾り紐――で縛りあげる。鼻歌交じりでご機嫌だ。

 コンラッドが礼を述べにやってくる。

「とても助かりました、流石ですな」

「はっはぁ! なーにこの程度の相手。我にとっては赤子の手を捻るようなもんですぞ」

 相手が相手なので敬語を使うイクシマだが、エルフ訛りのせいで奇妙な言い方になっている。あげく、赤ん坊の手を捻ると至極不穏当な発言までするので、諸国を旅しエルフを知るコンラッドはともかく、他の従業員は怯えるぐらいだ。

「赤子の手をというのは、エルフ族独特の言い回しですよ」

 さりげなくフォローしてコンラッドは続けた。

「さて、赤子はともかく。こちらの方は上級冒険者様でしたのに、軽々と倒されましたな」

「これが上級ですと? いや、そんな筈はなかろうですぞ」

「いえ間違いなく。以前から、よくご利用になられていた方です」

「ふむぅ?」

 イクシマが訝しんだとき、拘束された男を見ていたノエルは悲鳴をあげた。

「はわわわぁっ!?」

「どうしたんじゃ!? って! ふんぎゃあああっ!」

 即座に振り向いたイクシマだが、その光景に激しい悲鳴をあげた。

 倒れている男の口から、鮮やかな肉色をした物体が這い出ようとしている。粘膜のしたたる身体に比して目玉と細かな歯の生えた口が異様に大きい。対して短い手で這うように蠢いている。

「なんなんこれ!? これなんなん!?」

 声をあげるイクシマに、これと呼ばれたそれが意外な敏捷性で突き進んだ。

「ぎにゃあああああっ!!!」

 悲鳴をあげたイクシマは咄嗟に蹴りを放ち、それを弾き飛ばす。床の上で何度か跳ねたそれが起き上がり、次に狙った先でノエルはニーソを庇うが体勢が悪く剣を抜けないでいる。

 突如として壁際の彫像が倒れた。

 彫像は捻るように倒れ少し離れた位置にある彫像が捧げ持つ宝珠を弾き飛ばす。勢いよく飛んだ宝珠が盾に当たり、その先の鎧でも跳ね返り、最後は木彫りの像に激突。壊れた像の頭が落下すると、床に転がっていた剣の柄に激突。これが跳ねて回転しながら弧を描いて落下し床に突き立つ。

 その突き立つ時に、途中で肉色をした存在を刺し貫いていた。


 室内に居た皆は目の前で起きた急展開について行けず、ただただ呆然とするばかり。ある種神懸かった物凄い奇跡を見てしまった気分だ。

「ノエルちゃん、ありがとうなの」

 真っ先にニーソが我に返ったのは、ヤトノとの付き合いが長いせいかもしれない。ヤトノこそ神懸かった存在であるし、時折とんでもないことをやらかす。お陰で、そうしたことに慣れている。

「えーっとえーと、私は何もしてないんだけど。でもこうなったのはどう考えても加護の影響だよね、うん。ということは、今とっても危なかったってことかな。あははは……うわぁ」

「そうなのね。でも助かったから良かったの」

「うん、だよね。まずはコクニ様に感謝しなくっちゃ。いつも守ってくれて、ありがとうございます」

 ノエルは手を組んで感謝の祈りを捧げた。

「うおおぉんっ! すまぬ! 我のミスじゃ。思わず蹴飛ばしてしまって、そんで二人を危険に遭わせてしまった」

「はい、そこ嘆かない。嘆くなら次に活かした方がずっといいのよ。これは片付いたことだから、ここからは次に向けて動くのが大事なの」

 励ますように言ったニーソはコンラッドを振り向いて頷きを得た。つまりそれは、これからのことを一任するという意味だ。既にニーソはコンラッド商会における筆頭従業員である。

「それではまず、お客様の安全確認と危ない目に遭ったお詫び。他のお客様が入られないよう入り口で案内を。あと警備隊に通報も。室内のお片付けをして、内装修理で職人さんに連絡でお願いなの」

「ニーソ君、この際です。いっそ内装を全部やり直してしまいましょう。任せますので、思いっきりやってみなさい」

「いいのですか?」

「構いませんよ。方向性だけは指示させて貰いますが、アヴェラ殿が使われている部屋を参考にして頂けますか」

「はいっ!」

 それはニーソの好みの内装であるし、コンラッドもそれは承知の上だ。方向性の指示という体をとって、他の従業員からの余計な口出しを抑えたわけである。ついでにイクシマが室内を荒らした主犯であることも、言外に追求しないと皆に知らしめてもいる。

「あとノエルちゃんは警備隊の皆さんが来るまで、その人を見張って欲しいの」

「了解なんだよ。任せて」

 冒険者は倒れたままだが、若干呻いたりをしている。苦しそうな様子ではあるが誰も近づかない。先程の奇妙な生き物が再び這い出す恐れがあるためだ。

「じゃっどん、そっちはいいとしてじゃ。それどうするん?」

 イクシマは剣に刺し貫かれた生き物を指さした。息絶えたと思うが、何とも言えない。結局、それは裏庭で魔法の火により焼かれた。


 警備隊は直ぐ来た。

 やはり大商人の店でのトラブルとなれば、何を置いても駆けつけてくれる。しかも担当警備隊もニーソが将来第三警備隊隊長夫人になると知っている――トレストが自慢している――ため、その意味でも反応は早い。

「第三警備隊でもトラブルが?」

「ええ、各隊に連絡があって警戒してくれと話がきております」

「情報ありがとうございます。これ、皆さんでどうぞ」

「やっこれは申し訳ない」

 差し出された銘菓に警備隊はホクホク顔だ。甘味類は高価であり、警備隊の物ではなかなか手に入らない。所謂ところの付け届けになるが、逆にそういった事がなければ菓子処も立ち行かないという世界だ。

「…………」

 警備隊の対応が終わったニーソは唇に人差し指をあて思考する。知識の神の加護を受け、さらには直々に知恵を授けられた過去もある。今回の騒ぎに今得た情報、先にノエルから聞いていた話から幾つかの懸念を導き出す。

「ノエルちゃん、イクシマちゃん。すぐ家に向かって欲しいの」

 家とはアヴェラの家だが、ニーソは当たり前のように家と言う。もちろんノエルとイクシマも、家がどこを示すか当たり前のように理解する。三人とも、その辺りは共通認識だ。

「急にどうしたの。もちろん行くけどさ」

「トレストおじさんの警備隊で騒ぎが起きて、ここでも騒ぎが起きてる。これって単なる偶然とは思えないの」

「うーん、言われてみればそうかも」

「そうなるとカカリアさんのことが気になるのよ」

 なおトレストにはおじさんと付けるが、カカリアにはそれに類する言葉は付けない。たとえ本人が居なくとも、そうすることが身についている。

 ノエルはニーソの懸念を理解したが、イクシマはどこまでも察しが悪い。言葉の裏や微妙なニュアンスというものを察せないと言うべきか、まどろっこしいと蹴散らしてしまう性格なのだ。

「ママ上が気になるってどうしたんじゃ」

「警備隊とここ、どっちもアヴェラの関係する場所」

「ふむ、言われてみればそうじゃな。ってことは! ママ上が危ない!? よし、我に任せよ。直ぐにママ上を助け出してみせようぞ! ――よーし、我が駆けつけたら褒めて貰えるんじゃぞ」

 下心満載のイクシマは大張り切りだ。おそらく出番など欠片もないだろう、とノエルは思ったが口には出さなかった。

「あ、ノエルちゃんよろしくなの」

「了解なんだよ。ちゃんと面倒見るし、カカリアさんの迷惑になんないようにするからさ。多分出来るって思うんだよ。でもアヴェラ君が行ってるかも」

「アヴェラなら、こっちのことは二人に任せるに決まってる。多分そのままナニア様のところに行ってるんじゃないかな。お爺さまのところに行くかどうかはわからないけど」

「そっか、やっぱり詳しいんだね」

「もちろん昔から一緒だもの。私は奥向きのことをするから、二人は外向きのことをお願いなの」

 笑顔で告げるニーソにノエルもやはり笑顔で頷く。後ろでは早く出発したくて足踏みして急かすイクシマがいて、三者三様仲良しトリオであった。

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2024年9月30日 00:00

厄神つき下級騎士なれど、加護を駆使して冒険者生活! 一江左かさね @2emon

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