第251話 職場はまわる
警備隊の詰め所は賑わっていた。
喧嘩か何かがあったのか、十人近い若者が拘束されている。人数に対し室内が狭いため、そこかしこで取り調べが行われている。荒らげた声の間に怒声が交じり、個々の声を聞き取るのも難しいぐらいだ。
そんな忙しさに関わらず、アヴェラが姿を見せると警備隊の皆は喜んでいる。
「や、これは坊ちゃん。ようこそ」
若者の一人を押さえていたウェージが柔やかに言った。
「父さんは? 居なさそうだけど」
「いま出ておられますが、もう直に戻られると思いますぜ」
ウェージが笑うと、それで隙が出来たと思ったのか若者が逃げようと暴れた。だがベテラン警備隊員から逃げられない。ウェージは軽く小突いただけで相手を蹌踉めかせ、そのまま腕を捻り締め付けた。
しかも、その間もアヴェラの方を見たままだ。
「ビーグスの奴も一緒ですし、坊ちゃんに会いたがってましたんでね。よければ、お待ちくださいな」
「じゃあ、待たせて貰おうかな」
「どうぞどうぞ。と言いますかね、いずれここは坊ちゃんの職場になるんですよ。自分の家のようになさってください」
「任を受けていない状態で勝手をするのは、親子であろうと宜しくないよ」
「なーに、将来のための予行演習ってやつですよ」
「なる程ね」
アヴェラは苦笑すると、テーブルの上にある文鎮を手に取り鋭く投げた。部屋の端をこっそり動いていた男の背中に命中、その逃走を阻止する。
「坊ちゃんの前だ! 情けないところを見せんな!」
室内にウェージの叱責が轟き、警備隊の者も若者連中も震え上がらせた。
「あんまり怒らないように」
「示しってもんがあるんで、そうもいきませんって。それよか、すいやせん。助かりましたよ」
「いいよ。あれで逃げられると仕事が増えて、仕事が増えると父さんの帰りが遅くなって、父さんの帰りが遅くなると母さんが寂しがるからね」
「そらぁ大事ですわな」
ウェージはしみじみ頷く。トレストを尊敬しカカリアに服従しているので、当然と言えば当然の反応であった。
気合いの入った隊員が悄気た若者を奥に連行していき、ようやく室内は少し落ち着きを取り戻した。
しばらくしてトレストが戻って来た、ビーグスも一緒だ。さらに白い神官着姿の女性の姿もある。
「フィリアさん。お久しぶりです」
「ぴぃ!」
フィリアは聖堂の侍祭らしからぬ悲鳴をあげた。緊張の面持ちをみせるのはアヴェラの加護が理由ではなく、これまで散々からかってきたが故の反応だ。
苦笑したアヴェラはトレストの側に移動する。
「父さん、仕事中で悪いけど少し話してもいい?」
「問題ない! アヴェラの用事以上に大事なものはない!」
「そう? 母さんの用事と比べても?」
「……もちろんだ。母さんだって分かってくれる」
愛する妻と愛する息子の間で思い悩み、まさに苦渋の決断といった様相だ。想像しただけで悶え苦しんでいるらしい。そこまで思われるのは嬉しいが、しかし気恥ずかしくもある。
軽く視線を転じれば、フィリアがウェージの側に行って懸命に話しかけていた。緊張してわたわたする姿は、聖堂の才女といった面影は微塵もなかった。
「話にはビーグスさんと、それから――」
アヴェラが何人かの隊員を呼ぶが、そこで声の掛からなかったウェージはショックを受けた様子で身を乗り出した。
「坊ちゃん!? 俺は?」
「主要メンバー全員が不在はマズでしょう。ウェージさんは、ここをお願い。その間に聖堂の侍祭様を歓待しておいて。父さんもそれでいい?」
トレストも心得たもので頷いた。
この警備隊でフィリアの気持ちに気付いてないのはウェージぐらいだ。
「そうだな! ウェージはフィリア殿に失礼がないよう、俺の名代として付かず離れずしっかりと接遇し、そのまま聖堂までお送りするように」
「隊長にそこまで言われて否はありませんよ。警備隊長代理として失礼がないよう、しっかりと当たらせて頂きます」
「違うだろ。ほんと何と言うか、何と言うかダメダメだなぁ……」
「なんで!?」
トレストのみならず仲間たちから呆れられ、ウェージは困惑の声をあげた。
警備隊の建物はそれほど大きくなく、部屋数も少ない。しかも今は大勢を拘束している最中のため、使える場所は限られている。
そんな中でトレストが選んだのは食堂だった。
もちろん、その食堂も手狭な場所で六人掛けのテーブル席があるのみだ。警備隊は忙しいため、一度に全員が食事を取ることがないため十分なのだろうが、それにしても狭苦しい。
「ここでいいか?」
「大丈夫」
アヴェラは頷いて、さっさと席に着いた。
残りが椅子を引いて腰を下ろすのを確認し、用件を伝える。新しいフィールドでの難敵と、それに対する調査結果のおかしさ、不運の加護持ちノエルの予言めいた言葉などだ。
「それは……」
トレストは眉間に皺をよせ唸った。普段アヴェラの前では見せることのない渋面であるが、もちろんアヴェラの話を疑うはずないため、ことの重大さに思い至ってのことだ。
「モンスターに取り憑かれ操られるか……フィールドだけでの話なら良いが、もし万一にも街に来ていたとしたらマズいな」
「トレストの旦那。聖堂の侍祭にも伝えた方が良いのでは?」
「いや、駄目だ。たとえフィリア殿だろうと、アヴェラの嫁の一人が予言をしたなど伝えるわけにはいかん」
「そりゃそうですな」
他の皆も頷いており、どうやら警備隊の皆にとってノエルは公認状態であり、しかも複数を指し示す言葉に誰も疑問を抱いてないようだ。
「これより我が警備隊は警戒態勢に移行する」
トレストが強い口調で宣言した。
「街中に敵が浸透した前提で行動、常に複数で行動し、何らかの変化や異常を感じた場合は全て報告すること。俺はこれから他の隊へ直接伝えに回る」
「では、その間は俺が預かりますぜ」
「よろしく任せた」
即座に決断すると指示を出すトレストは立派だった。親馬鹿な上にカカリアに頭が上がらない普段の様子が嘘のようだ。
アヴェラは頼もしさを感じながら頷いた。
「信じてくれてありがとう。このままナニア様の耳にいれようと思ってるんだけど、一つ迷ってることがあって……」
「なんだ、どうした?」
「爺様どうしよう」
「…………」
さすがのトレストも黙り込んだ。
一応は娘婿として仲良く喧嘩する間柄ではあるが、しかしジルジオが関わるとどうなるかを熟知している。モンスター一匹を倒すのに最大火力の魔法をぶち込む性格であるし、しかもついでに気に入らぬ貴族の邸宅まで吹っ飛ばすなど、文句を言い難いギリギリを攻めてくるに違いない。
「そこは黙っておいた方がいいと思うぞ。うむ、間違いなくな」
「でも、それはそれで後が大変じゃない?」
「……カカリアに任せよう」
「やっぱそうだね」
ジルジオはアヴェラに対して甘々ではあるが、祖父として格好良いところを見せようと大張り切りして暴走しかねない可能性がある。
それを抑えて大人しくさせることが出来るのは、娘のカカリアだけだ。
「母さんにはノエルとイクシマが行ってるから、伝わってる。だから今の話を誰かが伝えてくれれば――」
しかしトレストは、にやりと笑ってアヴェラの前で指を振った。
「大丈夫だ。カカリアなら話を聞けば迷わず義父上のところに行くさ」
「そう?」
「うむ、こんな事態に乗り出さない人でないことは誰よりも知ってるからな」
「今までの苦労が察せられるね」
アヴェラが笑うとトレストはしみじみと、それはもうしみじみと頷いている。トレストにしてもジルジオ関係で苦労してきたのだ。
「それなら、ちょっとナニア様のところまで行ってくるよ」
話が決まって全員が立ち上がる。
だがその時であった、部屋の外から何かが壊れる激しい音がしてきたのは。顔を見合わせたのは一瞬で、それぞれが表情を引き締める。無言のままハンドサインが交わされ、驚くほど静かで滑らかな動きで部屋から滑り出て行く。
まだまだ知らない皆の動きにアヴェラは感心しつつ、後に続いた。
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