第250話 聖者の予言か戯れ言か

「なるほど……」

 ケイレブは眉間に皺を寄せ思わしい顔で頷いた。口元に手をやり何度か頷き軽く瞑目している。たった今、アヴェラから受けた報告の内容を思考の中で整理しているようだ。

「これまでの帰還者からは、そういった報告がなかった。何故だ? どちらも嘘を言うとは考えられない。ふむ……で、あるならば。考えられる可能性として場所が違う? しかし転送魔法陣で移動している。何かの要因?」

 ぶつぶつと呟くのは、様々に巡らせる思考が洩れ出てのことだ。

 今回の報告が気になるらしく、真剣に検討しているらしい。そうしているケイレブは、普段の様子が信じられぬほど、立派な上級冒険者に見えてくる。

 アヴェラは邪魔せぬよう、静かな動きで室内に視線を向けた。

 教官室は数日前に来た時と変化はない。どうやら、新しい呪具――もはやケイレブが手に入れる品はそう呼ぶべき――も増えてなさそうだ。窓の外から教練の掛け声や、馬のいななき、物売りの笛、まとまった虫の音が聞こえる。

 平和なものだと感じ入るのは、あの危険な沼のフィールドから戻ったばかりだからだろう。

 ノエルとイクシマも同席している。

 片方は泥だらけで室内を汚すことを心配して落ち着かなく、もう片方は暇を持てあまして落ち着かなさそうだ。

「ああ――すまない」

 ケイレブは我に返った様子で視線を向けてきた。

「君の報告を吟味していたのでね」

「新発見のフィールドなので、未知のことが多いかもしれませんね」

「うん? 別に新発見ではないよ。以前から知られてはいて、フィールドを繋ぐ転送魔法陣が設置されたのが最近というだけだ」

「そうでしたか」

「厄介なモンスターが出現することは知られていた」

「それはそうでしょう。厄神様の……力を受けたモンスターばかりなので」

 神々がモンスター類をつくった情報は極秘事項。一応は気を使って言葉を換えて説明したが、それでも天の上で頭を抱え叫びをあげる神はいる。

「なるほど。しかし……それについては伏せておいた方が良さそうだ」

「他言無用でお願いします」

「嫁たちにも言わんさ、僕の加護神に誓おう」

 ケイレブは一番信頼する存在にも告げぬことを、絶対に裏切らない存在に誓った。おかげで天の上の存在はひとまず安堵していたが、白蛇状態のヤトノは残念そうに舌打ちなぞしていた。


 使い込まれ滑らかなテーブルをケイレブの指がコツコツ叩く。

「それはそれとしてだ。転送魔法陣設置で事前調査は行われている。僕も調査報告書には目を通しているが、問題ないとの記載だったよ」

「ふん! 我には分かるぞ、その報告に間違いがあったんじゃ」

 暇を持てあましたのだろう。イクシマは腕組みして偉そうに言い放った。自信満々で笑ってさえいるが、威張っているわけではない。

「脅威度の判定だ、それは間違えるようなものではない」

 もちろんケイレブも分かっているのだろう。ちょっと笑っている。

「ならば態とじゃな」

「調査は上級冒険者が行い、しかも複数で判定する。内容を改竄するのは難しいのだよ」

「甘いのう、考えが甘々じゃ。もそっと考えてみよ。途中で差し替えたんじゃな! そうに決まっとる」

 イクシマがそんな意見を口にするのは、過去にそうした目に遭ったからかもしれない。今でこそエルフの皆に受け入れられたが、以前は迫害されていたのだから。

「差し替えることは可能だろうね、その点は確認してみよう」

「ふふん、我にかかればこの程度の推理は造作もない!」

「頼もしいね。だが、何故それをする必要があったのだろうね?」

「むっ、どゆことじゃ?」

「つまりだ、今こうして判明したように。いずれバレることだ。重罪である報告書の差し替えまでして、それをした理由は何か?」

「ええー? そんなん捕まえてから吐かせればいいじゃろが」

 流石はイクシマで脳筋すぎる。

「なるほどね、それも一つの真理ではある。ではノエル君」

「は、はい!?」

「君はどう思うかな? なぜ事実と報告が違っていたのか?」

「えっと……うーん。なんだろ、これが私だったら加護のせいで中身が変わっちゃったりとかあるかもだけど。でも、きっとそうじゃないよね。うん、そうすると……うーん……?」

 急に指名されたノエルは両手で自分の頭を叩いて一生懸命に考える。こちらは他人の悪意に対し鈍感で、しかも疑うことをしないため困っているようだ。

 ケイレブがちらりとアヴェラを見た。

 どうやら、アドバイスをするようにとの合図らしい。


 アヴェラは軽く咳払いした。

「ノエル、これは正解なんてない。いろんな考えを知りたいからの質問だ。思ったことを好きに言えば良い」

「そ、そうなんだ? えーっと? だったらさ、きっと誰も嘘とかそういうのないって思う。だって、誰かが困ることなんて誰もしたくないから」

「なるほど」

「だからさ、きっと悪いモンスターがいて騙したに違いないって思うよ。うん、きっとそうだよ。だって、あそこのモンスターってさ。ほら、えーとその……ヤトノちゃんの関係なんだし」

 途中まではさておき、最後に極めて説得力の高い言葉がつけられた。確かに厄神関係のモンスターであれば、災厄紛いの最悪なことをしかねない。しかも理由無しにだ。

 アヴェラとケイレブは顔を見合わせ互いに微妙な顔をした。

「まあ、確かに。ノエルの意見もないとは言いきれないんですけど」

「確かにありえるが。出来れば考えたくないものだよ。ちなみに、そちらの蛇娘君は何か知っていたり?」

「最初はともかく、後は放任主義だそうなので」

「ははあ、なるほど」

「…………」

「…………」

 何故か嫌な予感が凄くして、アヴェラとケイレブは黙り込む。二人とも持ち前の直感により不安を覚えている。

 そんな雰囲気にノエルは軽く慌て、ぱたぱたと手を振った。

「いやいやいや、もしかしてって意見ですよ。それに私の意見なんてさ、いつも運が悪いから外れるに決まってますし。運が悪いと一番悪いのが当たっちゃうとか、あるかもですけど……」

「一番悪い予感は?」

「モンスターに取り憑かれるとかかなぁ。あれぇ……どうして私ってば思ってもなかった事、口にしてるんだろ」

 ノエルは泣きそうな顔となった。

「うぅ、何だか嫌な予感がしてきた。もうなんだか自分が言ったことが正解みたいな気がしてきた。だってそれって一番マズい可能性だもの。外れて欲しいなって思うけど、思うほど当たるような気がしてきた」

 しょんぼりとする姿にアヴェラとケイレブは確信に近い気持ちを抱いた。ノエルの加護が高まりすぎ、通常の神からの加護であれば聖人認定される具合だと二人とも知っている。そして時に聖人は予言をなす。


 部屋の中に沈黙が訪れた。

 それを破ったのはアヴェラだ。

「ノエルの言葉は口外できないし、口外したとしても信じて貰えない」

「君の言うとおりだ。出来る範囲で動くしかない。僕の権限で、調査にあたった上級冒険者の検査をさせよう」

「これまでの帰還者と、その身近な相手もお願いします」

「帰還者は分かるが身近な者もかな? 操られているなら、周りも操られる可能性はあります」

「なるほど、妥当な意見だ」

 ケイレブは勢いよく立ちあがる。即断即決で行動を開始するらしい。

「念の為、トレストに伝えてくれるか」

「了解です。ナニア様にも伝えておきます」

「それは構わんが、君の御爺様には黙っておいた方がよくないかね。小火で終わることが大嵐になりかねん」

 予想外の方向で大騒ぎになると言いたいらしいが、至極もっともな意見である。アヴェラの祖父であるジルジオが関わると、そうなりかねないのだ。

「分かりました。後で問い詰められたら教官の意見と言っときます」

「こらこらこら」

「冗談ですよ、母さんに相談してからにします」

「頼むよ」

 ジルジオが逆らえない存在、それがカカリアである。

「ならノエルとイクシマは家に行って母さんに話を頼む。こちらは詰め所に行って父さんに話す」

「なんで別々に動くん?」

「二人とも泥だらけだろ、家に行って湯に入るといい」

「うむ、至極妥当であるな。行くぞ、ノエル! 付いて参れ!」

 風呂が楽しみなイクシマは大張り切りだ。ちゃんと伝えられるか不安だが、そこはノエルがフォローしてくれるに違いない。

「あのさ、でもさ。もしも間違ってたら? つまり私の意見が間違ってて、他のことが問題だったらどうしよう」

「ノエル、信じるんだ。最悪を引き当てる自分の不運を!」

「あれぇ……私ってもうそういう認識なんだね……嬉しくない。でもね、そういう方向でも皆の役にたてるならいいかな。うぅ、ちょっと悲しくなってきたかも」

 嘆くノエルだがイクシマに腕を掴まれ引きずられていく。アヴェラもそれに続き、ケイレブに手を挙げてから部屋を出た。

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