第249話 何よりもショックな出来事

「このフィールド、中級どころか上級向けなんでは?」

 アヴェラは辺りを見回し呟いた。警戒しているのだ。ここは厄介なモンスターばかり出現しており、しかも単純に本能で襲ってくるのはない。ちゃんとした戦術を持って動いており、もしかすると戦略すらありそうだ。

 最初は早々に撤退するつもりだったが、ヤトノが嘆くのでやむなく滞在している。もちろんフィールド調査も大事なので仕方なくもあった。

「うむ! なかなか歯ごたえのある敵じゃな」

 最初は不安そうだったイクシマだが、何体かのモンスターを倒した後は意気軒昂。水を得た魚とでも言うのか、活き活きとしている。ただし、そのフォローに回るノエルは疲れた顔だ。

 ノエルに水袋を渡した後で、アヴェラはイクシマを見やった。

「歯ごたえがない方がありがたいんだが」

「くっくっく。情けない奴じゃな、不安で堪らんのか。仕方ないんで、我が守ってやろうぞ。もそっと我を頼りにするがよい!」

「へいへい、バンゾックエルフは好敵手がいて嬉しいか」

 その好敵手とはイクシマが討ち取ったモンスターだ。スピアを手にして防具のようなものを纏い、犠牲者の頭骨をファッションとして身につけるだけの知性もあった。ドレッドヘアを靡かせ襲って来た後は、イクシマと盛んに打ち合い白熱した戦いを繰り広げたぐらいだ。

 一体を討ち取った後は、残りのモンスターはイクシマを讃え去っていき、たぶん蛮族同士で分かり合える何かがあったらしい。

 おかげで先程からイクシマが上機嫌なのだ。

「今まで未発見だったのは、生還者がいなかったせいかもしれん」

 アヴェラの呟きを耳にして、ノエルは不安そうに辺りを見回している。

「だよね、さっきのモンスターの前のモンスターだって凄く厄介だったもん」

「ああ、あれな……」

 そのモンスターも厄介だった。動きは敏捷で木を使い辺りを自由自在に動き回り、手足にある鋭い爪や長い尾で襲ってくる。真っ黒な外殻は頑丈で、それを破壊しても強酸のような体液が噴き出すのだ。

 しかもそちらも群れで襲ってきた。

「早めに倒せて良かったな」

「私はさ、倒したというか何というか……うん、加護の力だよね」

 真っ先に襲われたのはノエルであるが、歩いている途中に運悪く足を滑らせ不意打ちを回避したのは流石だった。あげく、手からすっぽ抜けた小剣が飛んで行きモンスターの急所に突き立って一撃で仕留めている。

 お陰で体液の危険も分かり、アヴェラとイクシマは残りを上手く倒せた。

 しかしノエルの絶対絶命で発動する豪運が発動したのは間違いなく、そこから考えると、つまりそういう状況だったというわけだ。


 枯れ木から枯れた蔦が垂れ、足下はじめじめして泥濘み、所々は沼のようにもなっている。曇天が薄暗く陰気な雰囲気を増幅させ、そこに土地の腐ったような臭いが漂う。

 そんなわけでアヴェラとノエルはうんざり顔をしており、嬉しそうなのは好敵手を得たイクシマぐらい。

 そしてヤトノも機嫌が良い。

「どうでしょうか、御兄様。素晴らしいですよね、素晴らしいですよね」

「その素晴らしいというのは、何に対してだ?」

「一生懸命つくったのが、こうして大活躍なんですよ。そういうのって良いじゃありませんか」

「ああ、そう……」

「御兄様、嬉しいですか? 嬉しいですよね」

 先程から現れる厄介なモンスターは厄神様の入念作。ヤトノにとっても思い入れがあるらしい。白い小袖をパタパタさせ、モンスターの死骸をつついて笑っているぐらいだ。

「とりあえず、嬉しいのはイクシマぐらいかな」

 アヴェラの無慈悲な言葉でヤトノ顔から笑みが落ちた。落ちたという表現がふさわしい勢いで消えてしまう。そして膝から崩れ、項垂れて何度も首を振って嘆いている。

「そんな、何てこと……」

「えーいっ! なんじゃ、その反応ってのは! 我が喜ぶと、そんなにショックなんか!?」

「ショックです。太陽神が本体を差し置いて主神になった時よりショックなんです」

「そんなにぃ!?」

「ああもうっ、小娘を喜ばせるだなんて……世界を滅ぼして一から造り直したいぐらいです、いえ造り直します」

「や、め、ん、かあああっ!」

 慣れているアヴェラとノエルは、イクシマの声が轟く前に耳を塞いだ。

「イクシマ叫ぶな。どんなモンスターが来る分からんだろ」

「じゃっどん、小姑がとんでもないこと言いおるじゃろが!」

「小粋な神ジョークというやつだろ」

「質が悪すぎじゃろ……って」

 イクシマが目を瞬かせ見つめる先で、いじいじとヤトノが地面を掻いている。かなりの落ち込み具合だ。アヴェラが抱き上げると、ひしっと抱きつきさめざめ泣きだしたぐらいだ。

「よしよし。イクシマのせいで、そんなに傷ついたか」

「そうなんです、御兄様。あの小娘を○して×して△して、ぐっちょんぐっちょんの、ぐちゃぐちゃにしてやって下さい」

「そういう時になればな」

「はいです。その時はお手伝いするんです」

 両者の言葉にイクシマはおののき後ずさり、ノエルに縋り付いた。

「ノエルよ、○して×して△してってなんぞ!?」

「さ、さあ? ……でもね、語感的に絶対碌なことじゃないよね。うん、間違いないって思うよ。あれー? もしかして、私もそれに巻き込まれる?」

「我らは友なれば、共に立ち向かおうぞ」

「ええーっ、なんだろう。凄く面倒に巻き込まれた感がそこはかとなく」

 少女二人はいずれ襲い来る何かに怯えている。


 厄介なモンスターは次々と現れた。

 花が咲いていると思えば人食い毒花であったり、沼地に足を踏み入れば触手が寄生しようと襲って来たり。いずれも、他で見られるモンスターよりも嫌らしい攻撃を仕掛けてくる。

 しかもフィールドの雰囲気も良くない。

「……帰るか」

 アヴェラの言葉にイクシマですら反対しなかった。ノエルは一生懸命頷いて大賛成である。

「この場所は中級でなく上級向けとケイレブ教官に報告しよう。早いところランクを変えないと犠牲が出る」

「たぶん、もう出てるよね……」

「イクシマと同じ蛮族タイプのモンスター、あれの装備に真新しいものもあった」

「その後のモンスターだと、骨も残んないぐらいだよね」

「喰われると言うより、溶かされそうだな」

 うんざり気分で周囲を警戒し、最初の転送魔法陣へと向かい歩き出す。慣れないモンスターとの戦闘に手こずったので、それほど離れていないはずだ。

「あっ、見て」

 ノエルが傍らを指さした。

 そこには仔犬のような生き物が歩いていた。愛らしい姿に、ちょこまかした動きだ。アヴェラたちを見て驚くと怯えて逃げ出すが、途中で転んでいる。

「あっ、ごめんね」

 人の良いノエルは軽く駆け寄って、その生き物の側に膝をつく。この陰鬱な場所で健気に必死に生きる生き物を助けたい思いだ。腰元の回復薬をとりだそうとして――。

「たわけぇ!」

 イクシマ渾身の一撃が、愛くるしい生き物に叩き込まれた。

 ぐちゃっと潰れ肉塊に変わった様子を目の前で見せられ、ノエルは目を瞬かせている。振り仰いで、まじまじとイクシマを見た。

「えっと……酷いよ」

「よいか、よーく考えよ。コレじゃぞ、コレがつくり出したモンスターなんじゃぞ。絶対にロクでもないもんに決まっとる!」

「そ、そうかな……?」

「当たり前なんじゃって、そうに決まっとる」

 コレ呼びされたヤトノは不満そうに口を尖らせ、軽く地団駄を踏んでいる。白い衣装の袖がパタパタする勢いだ。

「御兄様、あの小娘が酷いんです。わたくしに失礼な事を!」

「よしよし、可愛そうにな。それで? さっきのモンスターはどんなだ」

 アヴェラが優しく頭を撫でれば、ヤトノは大人しくなって嬉しそうな顔となる。凄い効果だ。そのまま得意そうに教えてくれる。

「ちょっと知恵があってですね、人間の真似が大好きなんですよ」

「ふむふむ」

「可愛い見た目で相手を和ませて、自分の群れの巣穴に案内するんです」

「ほうほう」

「それで捕まえた獲物を玩具にして、たっぷり時間をかけて解体して仕留める感じなんですよ」

 厄神の作り出した悪意の塊のようなモンスターだ。今回遭遇した中で、一番酷いかもしれない。

「そーらみたことか!」

 アヴェラたちはより一層周囲を警戒し、足早に移動し祠の転送魔法陣に飛び込んだ。その後はケイレブの元へと直行しフィールドの実態を訴えた。

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