第246話 物分かりの良い大人を演じるのが大人

 剣を手にした二人が向かい合っていた。睨み合ってから、そこそこ時間が経っているが決着はついていない。もちろん片方が多少の手加減をしているが、それでも両者の実力が近しいからだ。

 傍らでは神官着のような白装束姿の少女が、暇そうに眺めていた。一抱えはある岩に腰掛け足をぶらぶらさせ、欠伸などしている。

 他に人の姿はなく、砂の敷きならされた鍛錬場は広々としていた。

 よく晴れた空からの日射しは、二人の顔や首筋を流れる汗を光らせる。尖塔の鐘が鳴らされ、昼時が近いことを知らせたとき、激しい声と共に二人が動いた。

 それまでの静止が嘘だったように激しく動き、互いに攻撃をしかけ、目まぐるしく位置を変えながら、何度も剣をぶつけ金属音を響かせる。背の高い方が後ろに引き、小柄な方が追撃しようと前に出て足払いを受けて倒れた。

「やれやれ相当に腕を上げたもんだ」

 ケイレブは大きく息を吐き、倒れた相手に手を差し伸べた。

 その手を借り立ちあがるアヴェラは、もっと激しく息をしている。

「褒めて貰えるのは嬉しいですけど。でも、まだまだ勝てない」

「そりゃね、これでも僕は上級冒険者なのだからね。そう簡単には負けられない。でも、剣でなく足技を使わざるを得なかったがね」

「もうちょい、って事ですか」

「その、もうちょいが大きいとは言っておこうかな」

 語らう二人が歩いて行くと、岩から飛び降りた白装束のヤトノが駆け寄りアヴェラの腕に抱きついた。朱色をした瞳に険を含ませケイレブを睨んでいる。

「御兄様を蹴って転ばせるとは極悪非道の所業。なんて酷い男でしょうか」

「それが勝負というものじゃないかな」

「ちゃっちゃと御兄様に負けておしまいなさい」

「おやおや、手を抜いて勝ちを譲るか。君のアヴェラがそれで喜ぶとでも?」

「ぐぬぬぬっ……」

 さらっと言い返された言葉に反論できず、ヤトノは悔しそうに呻いた。だが、結局はアヴェラに抱きつき泣き真似をしている。

 アヴェラは困った顔で、ヤトノの黒く艶やかな髪を撫で宥めた。


 教官室に入るのは久しぶりだった。

 室内は以前よりもどことなく片付き、さっぱりしたような気がする。つまり雑然とした品々が減り、カーテンなども洒落たものに変わっていた。

「どうしたんです、これは?」

「ふっ……僕の嫁さん二人が来ただけさ」

 ケイレブは遠い目をして言った。

 その哀愁漂う様子からアヴェラは何が起きたのか大凡を察した。ケイレブ城に偉大なる嫁軍団が襲来し、趣味部屋と化していた教官室を侵略したのだろう。要するに綺麗さっぱり、お片付けされたというわけだ。

「小遣いで買い集めた品は処分されてしまったし、今まで隠していた教官手当てがバレてしまってね。踏んだり蹴ったりだ」

「ご愁傷様です」

「いずれ君もそうなる。早く同じ目に遭うといい」

 ニヤニヤと笑うケイレブであったが、壁の一部を軽く叩いた。

「そして先輩としてアドバイスしておこう。このように、隠し棚の一つや二つを用意しておくとよいとね」

 壁板が僅かにズレて開いた。中には小物が幾つか収められている。

「趣味の品なんかはね、どうせ理解されないものさ」

「必要なら、ちゃんと話し合いますよ。それでお互いの妥協点を探り合って、堂々と続けますけど」

「分かってないね、君は。こうやって、隠れてやるのが楽しいのだよ」

「はぁ、そうですか」

 ケイレブの欠点は変な骨董品を買い集めることだ。

「御兄様に変なことを囁かないでください。あなたとは違うんです」

「やれやれ、男の浪漫が分からんらしいね。この蛇娘は」

「だれが蛇娘ですか、呪いますよ」

「おっと、そんなことを言うがね。僕は今度こそ力ある品を手に入れたのさ」

「……あー、そうですか。それはよかったですね。今度はどれだけ騙されて巻き上げられたのでしょうね」

 ケイレブの致命的欠点は変な骨董品を掴まされ騙されることだ。

 これまでもヤトノに対抗すべく呪具などを手に入れ、その度に騙されている。時には魔物が封印された品や、致死的な品もある。ただ、そういった品を手に入れつつ毎回無事なのが凄いのだが。


「今回のものは特別凄いものだがね。まあ、仕方がない。特別に見せてあげよう」

 勿体ぶるケイレブだが、うきうきしている。

 きっと他に見せる相手もなく、見せたくて溜まらず自慢したかったのだろうとアヴェラは察した。

「さあ、これだよ。一見すると素朴に見えるが、実に奥深い――」

「ちょいさーっ!」

 ケイレブが笑顔で置いた木彫りの像は、ヤトノが腕を振り下ろすと同時に光の粒になって消えた。アヴェラが見たのは一瞬で、笑顔とも嘲笑ともつかぬ笑みの像という印象だった。

「酷いじゃないか。いきなり、そういう事をするというのは」

「お黙んなさい。一体どういう運命力なのでしょうね、消し去った輩の依り代を手に入れるとか。ひょっとすると、そういうゴミを招き寄せる才能なんでしょうか?」

「断固として説明を求める」

 ケイレブが声を掛けてもヤトノは聞いてもおらず、ぶつくさ呟いている。ただしそれもアヴェラが声を掛ければ別だ。

「ヤトノや」

「はい! なんでしょう、御兄様。貴方の可愛い良妹賢妹ヤトノに御用でしょうか、何なりとお申し付け下さい!」

「ケイレブ教官の質問に答えるように」

「ええーっ……そういう嫌がる事を無理矢理させるとか。ああ、素敵」

 頬を押さえてヤトノはくねくねしつつ、アヴェラにもたれ掛かって猫のように甘えている。ただし甘えられる側に小突かれて、渋々と話しだした。

「ちょっと前に滅ぼした神の残滓の依り代だった物です」

「それって、まさか……」

「ああ、以心伝心。御兄様と心が通じてますわ。す、て、き。でも、それ以上は口にしないで下さいね」

「持ったケイレブ教官は大丈夫なのか?」

「まあ、大丈夫でしょう。多分」

 そこはかとなく不安な回答はあって、アヴェラはまじまじとケイレブを見つめた。幾つか質問をして、それで心身に影響のないことを確認して安堵した。


「これに懲りたら、変なものは買わないで下さいよ」

「嫁にも言われた言葉だね。まさか、君にまで言われようとは思わなかったよ。ま、一応は気をつけるとしよう」

 あまり信用のおけない回答をして、ケイレブは椅子に座った。堂々とした態度の中に、上級冒険者としての貫禄や頼りがいが感じられる。しかしアヴェラにとっては、偶に馬鹿をやる物分かりの良い親戚の小父さんといった相手だ。

「次は沼地のフィールドに行きますけど、何か情報あります?」

「最近見つかった場所だね。行って来た連中が泥だらけで酷い目に遭ったとかで、あんまり人気はない。変わったキノコと虫が採取できたそうだが、今のところ使い道も見つかってない」

「逆に言えば、何か見つければ大成功と」

「そういう事だが、それだけ危険ということでもある。どれだけ実力があろうと、どれだけ慎重であろうとも、情報の無い場所は危険さ」

「若さ故に突っ込み、突き進んだまま戻れなくなるわけですね」

「君は時々、年齢以上の考え方をするね」

 ケイレブはじっとアヴェラの顔を見つめた。

「それは美点だが欠点でもある。沼地の話としてではないが、もっと若者らしく大胆に無謀になるといい。うん、君の祖父殿みたいになっては駄目だが」

 微苦笑してケイレブは、アヴェラから視線を逸らせて、傍らに目を向けた。差し込む光がカーテンの動きに合わせ揺れ動き、テーブルの上に影が踊る。

「それから、最近は初心者講習を終えた連中が活動を開始したよ。突っ走る奴は大勢いるだろうから、気に掛けてやってくれるかな」

「見所のある子とかは、います?」

「君のように飛び抜けたのは居ない。平々凡々、言い方は悪いが不作だ」

「どうですかね、意外にそういう時に凄いのが出るかもしれませんよ」

「ふんっ、そういうところだよ。君が年齢以上に見える時は」

「それはどうも」

 アヴェラは自分の膝を軽く叩いて立ちあがった。そしてヤトノを伴って部屋のドアまで歩いて行き、振り返って深々と頭を下げた。

「では、沼地で面白い物を見つけたら持ってきます」

 挨拶をするアヴェラに対し、ケイレブは座ったまま挙げた両手を大きく振って健闘を祈ってた。そしてアヴェラとヤトノが並んで部屋を出て行く様子を見送った。

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