暗黒騎士の道
「ズロヤト様、新しく来た奴らが食堂で暴れております!」
「そうか」
年上部下が部屋に駆け込んできて報告したことに、正直な所、またかと思った。懲罰部隊には定期的に犯罪者などが送り込まれてくる。そういった連中であるので、当然ながら粗暴な者が多く、もめ事は多い。
――だが、俺も連中の同類か。
息を吐いて立ち上がる。
かつてズロヤトは、末端とは言え貴族一家を斬殺し捕縛された。もちろん死罪を言い渡された。ズロヤトもそれで良かったのだが、しかし見習いとして所属した第一騎士団の騎士長が、その強さを惜しんだ。
騎士長が訴えたこともあり、懲罰部隊に放り込まれることで生かされた。そして数々の戦場を渡り歩き、その強さによって懲罰部隊の隊長にまでのし上がっていた。
「ズロヤト様、如何なさいます?」
部下は怯えながら顔色を窺ってくる。
――鬱陶しいな……。
微かに苛立つ。
この部隊で生きるためには強さを示す必要があり、しかし強さを示せば怯えられ媚びられる。自分と対等な立場で話してくれるような者は誰もいない。
無言で立ち上がるズロヤトに部下は微かに怯えた。さらに部屋を出て廊下を歩けば、そこで雑談していた部下たちも黙り込み、慌てて壁際に身を寄せ首を竦めた。いずれも服従の態度だ。
苛立ちが増してくる。
扉の向こうから物が叩かれ打たれ壊され、怒声や歓声、手を叩き囃し立てる声が聞こえて来た。どうやら大騒ぎらしい。
だがそれも、ズロヤトが扉を開けた途端に静まる。
今まで騒いでいたとは思えない様子で首を竦め下を向き、そっと壁際に移動していく。部屋の中央に残ったのが新入り連中というわけだ。
「騒々しい。規律を守れ」
部屋の中を見回すと、ズロヤトは静かに言った。
うるさいと、新入りの一人が挑戦的な笑いをみせ言った。
「俺は好きに生きて好きに死ぬ! 誰の指図も受けねぇ! 戦場で思いっきり暴れて敵をぶっ殺してやる。いや、ぶっ壊してやる」
どうやら騒ぎの首謀者らしい。身体の逞しさと幾つもの傷跡と入れ墨を見せつけるためか、服の上を脱ぎ捨てた状態だ。新しく来た連中は既に取り巻きとなって同調している。
毎回のことだ。
懲罰部隊で周りからなめられない為、または少しでものし上がるため、自分の強さを誇示して認めさせようとする。周りからは子供じみた行為と思われているが、本人たちは気づきもしない。
新しい場所で居場所をつくろうと必死なのだ。
だからズロヤトも大目に見てやる――つもりだった、次の言葉を聞くまでは。
「はーん? お前が隊長? ママに甘えてる方がお似合いそうな奴じゃないか」
「…………」
「どうした? びびっちゃってる? 隊長殿ぉ、ママをお呼びしましょうか?」
「…………」
ズロヤトは無造作に相手を掴み片手で持ち上げ、床に投げ落とした。片手で重たいテーブル板を持ち上げると、相手の腹に叩き付け、さらに全力で押し込んだ。相手は涙と涎と血反吐を吐きつつ叫ぶ。
だが、そのままテーブル板でもって胴体を圧し斬った。
ズロヤトはテーブルを投げ捨てると黙り込む皆を見回した。足元では簡単に死ねず、のたうち回る男の姿があるが気にもしていない。
「一つ、礼儀正しくあれ。一つ、規律を守れ。一つ、俺を苛立たせるな」
痙攣するだけの相手の頭を掴み、その取り巻きだった連中に投げつける。
「片付けておけ、床の汚れもだ」
言い置いてズロヤトは食堂を出た。
そして、静かな自分の部屋に戻り物思いに耽ることにした。
ズロヤトは懲罰部隊に母から教えられた礼節や決まりを広めた。
最初、それに反感を抱き逆らう者もいた。だが、礼節や決まりに逆らう事はズロヤトにとっては母との思い出を馬鹿にされるに等しい。何人かを原型を留めないペーストに変えてからは誰も逆らわなくなった。
斯くして懲罰部隊は規則正しく礼儀正しい部隊に変じた。
ただし敵には容赦しない。
隣国からの侵略の報を受け、ズロヤトは最前線へと送り込まれた。足取りが軽いのは、もちろん嬉しいからである。かつて父は国のために戦った。だから国のために戦うことは、ズロヤトにとって父と肩を並べるような気持ちだったのだ。
鬨の声が聞こえてくる。
丘を少しずつ上がっていき、ズロヤトが向かっている方向で戦いが始まっているのだと興奮してきた。やがて丘の上で戦場を見回した。
人が入り乱れ敵味方の識別は難しい。全員が同じ方を向くわけでもなく、まとまって動くわけでもない。だから掲げられた旗の数を数える。
「相手の数が多いな」
「負け戦、でしょうか……?」
「このままならな。だが、俺たちが来た。そうはさせない。角笛を鳴らせ! 声をあげろ! 俺たちが来たと知らしめろ!」
部下たちが言葉通りにすると、戦場の動きが止まった。そこに居た者たちが一斉にズロヤトを見つめ――嬉しい。
味方は歓喜し、敵は恐怖し、誰もが自分を見ている。
何もなく、どうしようもない人生に落ちぶれた自分を見てくれている。褒めてくれる人も励ましてくれる人も叱ってくれる人も居ない人生で、ただ唯一戦場でのみ皆が自分を見て声を上げてくれる。
ズロヤトは口角をあげた。
「突撃!」
目の前にいる相手をひたすら殺す。逃げる奴を殺し、逃げない奴を殺す。たとえそれが味方であろうと関係ない。とにかく突き進んで殺していく。だが、目の前には無数の敵がいる。
――数が多い。
ズロヤトは懐に手を差し込み、そこにある木彫りの像を握りしめた。
「寄越せ、もっと力を!」
呟き念じると同時に力が満ちあふれ、身体が膨れ上がったような気すらした。それは配下たちも同じで、歓喜の叫びをあげている。
「人がゴミのようだ!!」
手にした大剣を軽々と振り回し、全てを薙ぎ払って突き進む。その動きが止まったのは、目の前に敵が居なくなったからだ。戦場の端から端まで、死体の列を残して駆け通した。
配下たちは刈り取った首を槍に刺して晒し、または敵に向け放り投げている。
そのあまりの強さと残虐さに敵どころか味方すら怯え、恐怖に満ちた目を向けてくるが、しかしそれも今のズロヤトには心地良かった――自分という存在を皆が知ってくれるのだから。
かつて父は王に忠誠を誓い、その身を捧げて戦った。深手を負い身体が不自由になろうと忠誠は揺るがず、常々ズロヤトに言って聞かせていた。王のために働き、王を助けることこそが騎士なのだと。
父の教えはズロヤトの心に深く刻まれている。
だから、第一騎士団が謀反を起こした時は王のために戦った。もちろん第一騎士団であろうとズロヤトたちの敵ではない。
「待て、お前を助けてやったのは私だぞ。その恩を忘れたのか!?」
騎士長は悲鳴のような声をあげた。手にしている剣に腕の震えが伝わり、その先端は激しく揺れ動いている。かつて見た強さや高潔さはどこにも感じられず、ただただ情けない。
その事を残念に思いながら、ズロヤトは騎士長に近づいていく。
「別に俺は死罪でも良かったのですが。そうですね、恩と言えば恩なのかもしれない。だから――楽に死なせて差し上げよう」
ズロヤトは第一騎士団を皆殺しにした。
王への忠誠を示すべく、そして賞賛を受けるべく、それらの首を配下に運ばせ謁見の間に並べた。
「陛下、陛下。敵は皆殺しに致しました。心安らかにお過ごし下さい」
「…………」
居並ぶ貴族たちは言葉もなく、王は目を見開き微かに震えさえしていた。
その事に気付けないズロヤトは、何が駄目だったのか一生懸命に考えた。そして気付いたのだ、まだ足りないのだと。もっと必要なのだと。
「畏まりました。もっと用意いたします」
「な……なに?」
「ご安心ください。こ奴らの一族縁者も、全て片付けてみせます。片付けて、その首を献じてご覧に入れましょう」
気合いを入れ張り切るズロヤトであったが、しかし王の声に呼び止められた。
「ま、まて。その必要は無い。これでよい」
王からの言葉はズロヤトにとっては最高の喜びだった。
自分よりも偉い存在、かつてそれはズロヤトにとっては父であった。だから自分よりも偉い王は、まるで父のようにも思えるのだ。だからズロヤトは、もっと王のために働き、もっと認められたいと思って努力した。
領内に侵入した敵は殲滅したし、国内を騒がす賊も滅ぼした。反抗的な農民には罰を与え、王に反抗的なことを言った連中も捕らえた。
それら全ての首を献上しても、王は認めてくれない。謁見の間に呼ばれることは滅多になく、呼ばれたとしても掛けられる言葉は少なかった。だからズロヤトは、王に認められるため褒められるために頑張り続けた。
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