第245話 それぞれの決着

「皆さん、お疲れ様でした」

 コンラッド商会の中庭で、ニーソは騎士や兵たちに頭を下げた。

 大勢の前で緊張しながら一生懸命に伝えようとする様子が伝わってくる。可憐な少女のそんな姿は微笑ましく好ましいものだろう。だが実際には、緊張しているのは騎士や兵たちの方だった。

「こっちに新品の装備を用意したので受け取ってください、古い方は好きに処分して頂いていいです。もちろん、うちで買い取りを受け付けてます」

 戦に使用した剣や鎧も最高品質だったが、新たに用意された剣や鎧もやはり同じ品質である。両方貰えるとあって皆が白目をむいていた。

「それから慰労金もどうぞ」

 よいしょと呟いてニーソは足下の大袋の一つを持ち上げようとしたが、重すぎて持ち上げられない。それどころか倒してしまい、中身の金貨が心地よい音をたて零れだした。

 日差しを浴びて輝く黄金に、何人かの兵が腰を抜かしている。

「ごめんなさい。ちゃんと――あれ?」

 気付けば騎士たちは跪き、主君に忠誠を誓うような礼をとっていた。兵たちは地面に頭を擦り付け伏し拝んでさえいる。約束をきちんと守り、それどころか予想の斜め上の報酬を用意してくれた相手に心から感謝していたのだ。

「では順番に受け取ってください」

 ニーソの合図で騎士や兵たちは、興奮の色を隠せないまま報酬を受け取っていく。仕切っているのはイクシマ――その獰猛さは誰もが知っている、とても――なので皆は大人しく従っている。だが、仮にイクシマが居なかったとしても、誰も先を争ったりはしなかっただろう。

 ここで無礼を働きニーソを怒らせたくないと皆が思っていたのだから。

「うう、緊張したぁ」

 ニーソはアヴェラの隣で緊張を解いた。上手く喋れなかった気持ちがあるらしく、自分の頭をぽこぽこやっている。

「よかったのか?」

「何のこと?」

「あんなに大盤振る舞いして」

「大丈夫なの。ちゃんとアヴェラを守ってくれたお礼だもの。それにね、お店もしっかり儲けてるから」

 コンラッド商会は今回の戦争にアヴェラとジルジオが参戦することから、間違いなく早期終結すると判断し、それに合わせ資金と資材を運用。莫大な利益をあげていた。

 その利益をニーソが提案しコンラッドも賛同して、負傷者や死亡者家族の救済などに投じている。目の前で配った装備や報奨金など、その一部でしかない。

「前にアヴェラが言ってたよね。社会福祉をすると良いって」

「そうだっけ?」

「うん、八年と百八日前のお昼に教えてくれたよね。成り上がりたい場合は、慈善活動が大事だって。社会的評価と知名度を上げないと足下が崩れるって」

 アヴェラは全く覚えていなかったが、しかしニーソはしっかり覚えていて、それをコンラッド商会の地固めに活かしているらしい。


 中庭が片付いて、仕事を終えたイクシマが駆けて来た。飼い主に褒めて貰いたい子犬のような様子だ。跳ね回っているところなど、特に似ている。

「終わったんじゃぞ」

「お疲れだったな」

「ふん、我はこの程度で疲れはせんが。もそっと褒めるがよい!」

「よしよし」

「ちっがぁうっ! 頭を撫でるなあああっ!」

 文句を言うイクシマは両手を振り回し騒々しい。いつもの様子にニーソも笑ったが、その表情を僅かに陰らせた。

「ノエルちゃん大丈夫かな……心配……」

「大丈夫だろ」

「もうっ、また簡単に言う。もっと心配しないと駄目なの」

「心配と言ってもだな」

 いつもの不運で転んでお尻を打って休んでいるだけだ。心配しろという方が難しいぐらいだろう。

「それにしてもノエルちゃんのお父さんが王太子様だったなんて」

「偶々そうだっただけで、ノエルはノエルだろ」

「そうだけど。やっぱり継承権とかいろいろあるでしょ」

「面倒事は爺様が片付けると、王都に出向いたから大丈夫だ」

「それ別の意味で心配なの」

 ジルジオの性格と行動を知るニーソは、王都でジルジオと会うであろう相手を心配している。こちらも自分の事より他人を心配できる良い子である。

 ぱたぱたと足音がしてノエルが駆けて来た。

 途中で転んだ。べちっと音がするぐらいで突っ伏している。

「ノエルゥゥゥッ! しっかりせいぃ!」

 イクシマが突進して抱き起こすと、ノエルは痛そうに顔を押さえている。意外に頑丈と呟いたアヴェラはニーソに怒られ、慌てて回復薬を持って行った。

「ありがと。うぅっ、なんか最近いろいろ不運が増した気がするんだよね。なんかこう、私が慣れてたより上の不運がきてる感じ」

「ヤトノの話だとコクニ様の好感度アップで、加護が高まったようだな。他の加護だったら聖人認定されるぐらいに」

「嬉しいのに素直に喜べない気分かも……」

 ノエルは中庭に座り込み、のの字を地面に描いて落ち込んでいる。

「何を言うかノエルよ。凄いことじゃぞ、もそっと喜ぶべきじゃろって」

「ちなみにイクシマも同じだぞ」

「えっ!? なんで!? なんで我まで!?」

「良かったな。ほら喜べよ。それとも嫌なのか?」

「馬鹿者ぉ! 加護が嫌などと、そんなはずあるか!!」

 また加護が強まりそうなことをイクシマが言っており、ノエルもようやく笑って立ち上がった。

「それよりだよ、そろそろフィールドに行かないとね」

「だったら最初に予定していた沼地だな」

「あっ……」

「イクシマだけでなく、ノエルまで行きたがっていたとは。皆で泥だらけか、これは気合いを入れてかないとな。もう何日か休んだら行くか」

 アヴェラの言葉にノエルとイクシマは顔を見合わせ、それから空を仰いで肩を落とした。そしてニーソは下準備に向けて算段を始めた。


 一方でそのころジルジオは王都にいた。王都の中でも王城の、王城の中でもごく一部の者しか足を踏み入れる事ができない最奥にいる。

「――というわけで、お前の息子に娘がおるわけである」

 ジルジオの言葉を聞いて、白髪の男ヤシワタイオは人の良い顔を破顔させた。

「それは目出度い! 直ぐに喚び寄せて正式に認めないと!」

「アッホかお前は。そんなんで、よくまあ国王なんぞやっとれるであるな」

「いや、可愛い孫娘だし。て言うか、ジルジオは孫の為に何でもするくせに!」

「当たり前であるが、孫に迷惑をかけない! それが大事であろうが」

 偉そうに言うジルジオは、孫に結構迷惑をかけている。ただし本人は欠片も思っていないのだが。

 王城の最奥にある部屋は、その王城の主の居室だ。

 ジルジオの他に、部屋の主とその腹心である宰相がいるだけだった。

「確かにジルジオ様の仰る通りです。これまで存在を隠していたこと、またご本人様の意思を察するに、王族とは認められたくはないと思われます」

「おうおう、さすがは王国を支える宰相であるな。分かっとるではないか」

「普通は分かりますよ。国王のくせに微塵も分かってない奴もいますが」

「かーっ、ほんと嘆かわしいであるな」

「まったくですよ、嘆かわしいんですよ」

 ジルジオと宰相の言葉をヤシワタイオは咎めなかった。この二人との関係は幼少期から続いており頼りになる友人なのだ。

 ただ一方で、武者修行として王都から引っ張り出されたり、街の酒場に連れ出され酔い潰されたり、敵国の城に護衛もなしに乗り込まされたり。怒るに怒れず、喜ぶに喜べないぎりぎりをしでかす存在に恐怖もしていた。しかも数々の恥ずかしい過去を知られ弱みも握られている。

 感謝はしているが、極力関わりたくはない相手であった。

「でもほら、うん。ちゃんと暮らせてるか心配だし」

「ああ、そこは問題ない。儂の孫が面倒みておるからな」

「ナニアちゃんなら安心かな……?」

「いんや、アヴェラの方であるぞ」

「えっ、いや冗談でしょ?」

「おうっ!? うちの孫に不満でもあんのか?」

「いやだって、若い男女だし。そういうの、とっても心配かな!」

「もう遅いなぁ。アヴェラに身も心も差し出す約束をしておるであるぞ」

「そんなっ!?」

 初めて知った孫娘に歓喜していたヤシワタイオは、孫娘の状態を聞かされ頭を抱えて蹌踉めいた。なお、とっくに知っていた宰相は人の悪い顔で笑っている。

 ジルジオは優しい顔でヤシワタイオの肩に手を置いた。

「これで儂とお前は親戚同士であるなぁ」

「ひいいんっ!!」

「どうしたー? 嬉しいであろう。でな、うちのアヴェラとノエルちゃんに面倒がいかぬよう、死ぬ気で手を尽くすであるぞ。でないと……」

「でないと?」

 ヤシワタイオは怯えきった様子でジルジオを見つめた。そこには長年の関係により構築された上下関係が存在している。

「女装したお前がクィークに襲われ貞操危機一髪、あの話を王妃に教える」

「いやいやいや、それジルジオが女装させたんでしょ!」

「婦女子を救うため、我が身を呈するは王家の務めであろうが」

 ジルジオと宰相は顔を見合わせ、げらげら笑っている。

「はぁ、どうしてこうなるんだろ。言ってて悲しくなってきた、なんでこうジルジオは……と言うか、疲れた。もうやだ。退位する!」

 ヤシワタイオ王より、王太子ペルパドレの隠し子については認知せず、また関与せぬようにと主要貴族に伝えられた。

 それでも水面下で怪しい動きが見られたため、王はそれら主要貴族を集め宣言したのだ。王の禁を破った者は、女装させた上でクィークの前に放り出すと。このような外道非道な行いを、いったい誰が思いつくであろうか。貴族たちは王の恐ろしさに震え上がったのであった。

 だが、それらは水面下での出来事であり歴史には残らない。ただ、敵国と和睦をなしとげたペルパドレが新国王として即位したという記録が残るのみだ。

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