第242話 戦いの歌

 アヴェラはヤスツナソードを肩に担いだまま何も言わず、すたすたと進んでいった。予備動作も見せずズロヤトの大剣が襲ってくる。刃風すら起こす横薙ぎの一撃だったが、ひょいっと回避した。

 だが、ズロヤトの攻撃は続く。

 どれか一つでも当たれば、斬られるどころでなく破裂しそうな勢いだ。

 しかしアヴェラは身をかがめたり跳んだり、ヤスツナソードで軽く叩いて軌道を逸らしたり。全てを回避していく。そこに焦りや怯えもなく、ただ平然とした動きである。それでいて何の反撃もしないのだ。

 攻撃が止まってズロヤトは肩で息をしている。それに対してアヴェラは準備運動を終えた程度に平然としていた。

「あ、疲れた? それなら休憩してどうぞ」

「舐めるなっ!!」

「慌てない慌てない、一休み一休み」

「ぶっ殺す!!」

 優しさすら含んだ言葉はアドバイスをするようで、さらにズロヤトは我を忘れ大剣を振り回し、蹴りや頭突きも織り交ぜた戦場で育まれた荒々しい戦いぶりをみせる。しかしアヴェラは避け続け、気遣うような声をかけて攻撃をしない。

 それを見るイクシマは得意そうでもあった。

「ふふん、どうじゃ。あやつの挑発は天下一品じゃろって。いっつもやられておる我が保証してやる」

「それ、威張るとこじゃないって思うけど。うん」

 ノエルはこめかみを押さえて呟くが、その視線はアヴェラから逸れがちだ。どうしても気になるのは、やはり王太子ペルパドレだ。その人物が父親と聞かされ疑う気は皆無でも、あまりに唐突で困惑しきっている。

「ん、どしたん?」

「えっと、まあつまり……」

「気になるんは仕方ないって、ノエルの気持ちはよーく分かる」

「あっ、聞こえてたんだ」

「ふふん、我は耳が良いのでな」

 戦場の騒々しい中でも、イクシマはちゃんと囁き声まで聞いていた。まさにエルフの耳は地獄耳だ。

「こんな機会じゃって、側に行って来たらどうじゃ?」

「うん……うん、そうさせて貰う」

「ここは我に任せておけい」

 頼もしげに言うイクシマに感謝してノエルは、自分の父親らしいペルパドレの側へと向かった。


「いけませんね、足元がお留守になってますね」

 軽く言ったアヴェラはズロヤトの足を引っかけて転ばせた。

 激しい金属音と共に地を打つ音が響く。重装甲の鎧はかなりの重量がある。転倒すれば一人で起き上がれない場合すらあるが、それでもズロヤトは身を起こし片膝立ちになった。

 ここまで一方的にズロヤトが攻撃するばかりでアヴェラは回避に徹している。

 だが、どちらが優勢かは誰の目にも明らかだ。

 ズロヤトが強大で暴威を振るった存在であるからこそ、一方的にやられ良いようにされている光景は滑稽ですらあった。これまで散々苦しめられた相手の滑稽な姿に抑えた笑いもあがる。

 さらに、自国でも横暴で好き勝手やっていたのだろう。追いついて来た味方軍勢からさえ、さざめくような低い笑いがあがっていた。

 ズロヤトが大剣を地面に突き立て、アヴェラは眉を寄せた。

 物語では格好良い光景かもしれないが、実際にはそうではない。実際に剣や刀などを地面に刺せば、砂利や石によって傷が付き刃が欠ける場合すらある。

 それを行ったということは、戦いを放棄するに等しい。

「ふざけるな、ふざけるな。俺を馬鹿にしやがって。俺は本当は凄いんだ、お前らとは違う。神に選ばれた存在だ。誰よりも強い! 最強なんだ!」

「努力もなしに貰った力で威張るのは格好悪いな」

「これは神から授かりし力! 俺は選ばれし者だ!」

「結局、努力が嫌なだけだろ。楽して最強とか、子供の願望だな。現実みたら?」

「違う! 違う違う違う! 俺は強くて凄くて最強なんだ! もっと力だ! 神よ! もっと俺に力を寄越せ!」

 自己中心で他力本願な言葉に顔をしかめ、アヴェラは大きく飛び退いた。なぜならズロヤトの足下の影が蠢いていたからだ。

 影が立ち上がりズロヤトの身体に突き立つ。

「御兄様、気をつけて下さい」

 アヴェラの懐で白蛇ヤトノが囁いて警告した。

「悪魔の登場か?」

「いえ、まだ力の注入だけのようですね。でも、面倒ですよ。わたくしが本気目で、ちょいさーすれば一瞬ですけど」

「人事を尽くしてからさ」

 簡単に得られた他人の力で威張る滑稽さと愚かさ、それを目の当たりにした直後のため余計にそう思えていた。


 ズロヤトの身体は鎧ごと膨らみ、背丈も幅も倍にまでなった。しかしその全身は歪で、あちこちから黒い影の触手が生えている。それだけでなく、その配下たちも大小あれど同様だ。これまで悪魔の力を受けていた連中だろう。

 異様な光景に戦場に悲鳴のような声があがり、全ての者が恐れおののいた。

 その中でズロヤトは獣のような笑いをあげている。皆の注目を集め凄い奴だと思われているのだと、勘違いして喜んでいるのだろう。

「どこまでも滑稽だな……」

 アヴェラはヤスツナソードを構えるが渋い顔だ。

 人事を尽くすとは言ったが、目の前のズロヤトからは相当な力を感じている。しかも、その配下たちもかなり厄介そうだった。

 どうするかと思った、その時だった――。

「全ての人の子よ聞けぇいっ!」

 ジルジオだった。

 馬に跨がり剣を掲げる姿は、まさに英雄の如きだ。

「あれぞ悪魔! 邪悪なるもの! 我らに加護を授けし神々に敵するもの!」

 凄まじい声量であり、そして聞く者の心に響く熱がある。

「敵も味方も国も生まれも老いも若きも関係なし! 我らを護りし神々の力をもって討ちて滅ぼすべし! 謳え! 我らが神に捧げる歌を!」

 戦場往来の大号令に敵も味方も全てが応え、手を叩いて足を踏みならす。それは神に捧げる戦いの歌であり、辺りの熱気と高揚感が凄まじい。

「いっくぞぉ! んまぁっ! 戦じゃぁあああ!」

 馬に跨がったイクシマが戦鎚をひっさげズロヤトに突っ込んだ。その目は爛々として気合いが入りまくっている。しかも馬も同じ様子で、襲ってくる影の触手を跳んで回避しながら駆けていく。

 イクシマが戦鎚で渾身の一撃を入れる。

「ひぃゃっはあぁ! いっち番槍ぃ!」

「遅れるな! 続け!」

 ナニアの叫びに続けアルストルの兵も突っ込んでくる。

 その中には見覚えのある青年貴族の姿もあったが、以前の貴族らしさは見る影もない。いまはもう、蛮族のような叫びをあげ剣を掲げていた。きっと心の平衡を保つため適応するしかなかったのだろう。

 さらに王太子軍や他貴族、果ては敵軍すら悪魔に突撃しだす。全ての人が肩を並べ、悪魔化したズロヤト勢と戦いだした。


 アヴェラはヤスツナソードを握り飛ぶように襲ってくる触手を斬り飛ばしていた。その斬り飛ばした触手が分体となって動き出すが、それに騎士や兵士が挑み出す。

 辺りは混戦状態で騒々しい。

 イクシマが馬を駆って走り回り、次々現れる分体を蹴散らしている。ナニアが王軍どころか敵国兵もまとめて指揮して果敢に悪魔を討ち取ってもいた。

 そしてジルジオは一番前で悪魔と戦っていた。

 手にしているのは、どこから持って来たのか斧槍だ。それを打ち振るってズロヤト悪魔をガンガン削っている。恐ろしい一撃を華麗な前転で回避して、そこから跳び上がってスタイリッシュに反撃をしている。まさに地上に降臨した英雄といった戦いぶりだ。

「ふははははぁ! これぞ戦い! これぞ戦場ぉ! 儂こそ最強ぉ! 悪魔に刃をシューッ! どうであるかぁ、ナニア!」

「お爺さまには負けませんよ、斧をドーンッ! ですから」

 ジルジオと一緒に暴れる従姉の姿に、やっぱり血は争えないと思う。周りで暴れるアルストル勢も含め、王国でも筆頭となる貴族とは到底思えなかった。

 ふいにジルジオが大きく跳んでアヴェラの隣にやって来た。

「ようようよう、アヴェラよう! どうした!」

「爺様、こういうの相手が慣れてない?」

「当ったり前であろうが! こういうのも何度か倒しておるであるぞ。まあ、ここまでデカいのは初めてであるがな!」

 叫びながらジルジオは斧槍を振るい、襲って来た触手を切り飛ばした。

 イクシマも馬で駆けつけるが、散々走り回ったにもかかわらず馬は元気そのもの気合い十分。それどころか足下に飛んで来た影の欠片を踏みにじっている。

「アヴェラに爺どん、向こうのは半分ぐらい討ち取ったんじゃぞ!」

「やりおるな。流石は孫の嫁!」

「はっはぁ! 当然なんじゃって!」

「しかし気を抜くでないぞ。こういう輩は、最後が恐いであるからな」

「合点承知ぃ! ひゃっはぁ! 蹴散らすんじゃ!」

 イクシマは馬に合図をして走り去り、ジルジオはジルジオで苦戦する騎士の応援に向かった。

「……まあ、爺様もイクシマも活き活きしてるな」

「御兄様も活き活きなさっては?」

「そうしたいけどね、全員が突っ込んでも仕方なかろう。後ろで全体を見ている係だって必要なんだよ」

 アヴェラはその場を動かず時折襲ってくるズロヤトの触手に対処する。それはジルジオが懸念を示したように、この相手が何かをしでだかすかもしれないと警戒しているからでもあった。

 そして、その懸念は直ぐに現実のものとなる。

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