第241話 正々堂々一騎打ち

 アヴェラの目的は黒騎士ズロヤトを挑発し苛立たせることなので、許可と言ってもペルパドレに一礼するだけだ。

「一騎打ちとか誉れぞ! いさおぞ! よしっ! 我と替われい!」

「黙っとけ、ウォーエルフ」

「じゃっどん!」

「待ての出来る賢いエルフだろ。そこでお座りしてろ」

 横で騒ぐエルフのおでこを指で弾いて黙らせて、アヴェラは軽く肩を回して身体を解した。相手は悪魔が憑いた黒騎士だ。油断は出来ない。

 意外なことに黒騎士ズロヤトは律儀に待ってくれている。

 目立って凄さを見せつけたい思考に支配されている存在だ、身の程知らずに挑発してきた小癪な相手を皆の前で叩きのめしたいに違いない。

 好都合と言えば好都合だが、その姿は不気味な雰囲気であった。

「アヴェラ君、大丈夫? ちょっと心配かも」

 ノエルもズロヤトを気にして不安そうだ。

「それにさ、どうしちゃったの。アヴェラ君が、こんな目立つようなことするとか。あんまりそういうの避けてたよね、だよね」

「まあ、ノエルのためだ」

「ええっと? どうして私が?」

「つまりな、ノエルのお父さんを助けるためさ」

 言いながらアヴェラは、ノエルではなくイクシマの口を塞いだ。真正面から顔を掴んで黙らせておいたのだが、案の定と言うべきか、手のひらに何かを叫ぼうとする吠えエルフの吐息が伝わってくる。

 一方でノエルは何度も目を瞬かせ言葉の意味を咀嚼していく。

「えっ?」

 状況からアヴェラの言う父が誰を指しているのか理解した。あまりにも突飛な話すぎるが、しかし本人と交わした会話を思い出していく。

「えっ、ええ――」

「内緒だぞ」

「えっと、うん。そ、そうだよね。内緒だよね」

「そういうわけだ、行ってくる」

 呆然とするノエルの鼻をちょんっと押してアヴェラは歩き出した。


 ズロヤトの元へ向かうアヴェラに皆の視線が集まる。勇気を賞賛するものあれば、無謀さを咎めるものもあり、愚かさを哀れむものもあった。

 ひょいっとさり気なくジルジオが隣に並ぶ。

 まるで一緒に散歩するぐらいの足取りだ。止めるわけでも助言するわけでもなく確認だけしてくる。

「アヴェラよ、一騎打ちの作法は分かっておるか?」

「さっぱり」

「であろうと思ってな、よいか。まずは互いの素性を述べて名乗りをあげ、それから戦うのであるぞ。ここはやはり、アルストル大公ジルジオの孫であると高らかに名乗るがよい」

 自分の存在を知らしめたいのではなく、これを機に大公一家と認知させたいらしい。もちろん、そんな手には乗らずスルーした。

「悠長に名乗り? その間に攻撃すればいいのに」

「言っておくであるが、名乗りの最中に攻撃するのは御法度であるぞ。もっとも不名誉なことでな、儂でもやらん」

「そんな、爺様ですら!?」

 アヴェラの驚き具合にジルジオは微妙に傷ついた顔をした。ちょっといじけてさえいる。

「まあ、よかろう。思う存分やって来るがよい」

 軽く背中を叩いてジルジオは離れていった。また後で会うことが当然の相手に対するような、何てことのない態度であった。

 ズロヤトとその配下たちが正面、王国軍が左右と後方を囲んだ一騎打ちの場。動き回るには十分だが、駆け回るには狭い。周りの視線を強く感じるぐらいの広さだ。

 足下の草は踏みしめられ僅かに数本が立っているのみ。

 風もなく、空からの清々しい日差しに反してネットリとした熱気があった。周りを取り囲む誰も口を開かない緊張感が漂う。

「小僧、よく来た。怖じ気づいて逃げるかと思ったぞ」

「いちいち挑発しない方がいい、軽く見えてしまう」

「口騒がしい雑魚だ」

「雑魚って言う奴が雑魚らしいね」

 アヴェラはすらすらと応える。周りの者たちがハラハラするぐらいだが、当人は至って平然としたものだ。

 いつも言い負かされているイクシマが何故かしら喜んでいる。


 アヴェラはさして逞しくは見えず迫力もなく、それでいて身につけた鎧は一級品。腰元に剣を一振り携えただけの姿は、誰がどう見ても貴族の世間知らずだろう。

 ズロヤトは偉丈夫だ。

 その体躯に見合った重厚な鎧を身につけ、幾つもの戦いを生き残った証の傷が幾つもある。たとえ名を知らずとも歴戦の勇士だと誰もが分かるだろう。

 普通の三倍はありそうな大剣が抜き放たれ掲げられた。

「我はズロヤト一族の者、祖父はアドレを治めし猛きテッグロ、父はガロンを滅ぼしたケンポウ。その血を受け継ぎしコクショクが名に怯え死んでいけ!」

 言い放ったズロヤトは大剣を振り回した。風斬りは突風のような音となって戦場に鳴り響き、王国の兵士が思わず身を引いたぐらいだ。

 辺りは静まり返り、皆の視線がアヴェラに集中する。

「エイフス一族の者――」

 アヴェラはゆっくりとヤスツナソードを抜いた。

 黒い靄の欠片もださず、燦然と日の光の中に輝くのはヤスツナソードが空気を読んでのことかもしれない。そうすると、さすがは伝説の名工が鍛えた名剣で気品すら漂っている。

「先祖はイエヤ、一代にして大国を得て初代支配者となる。二代ヒデタ、父より受け継ぎ智にと法によって国を統治せし。三代イエミ、大奥を創設し一族を確たるものとする――」

 家系などと言うものは、ある意味で言った者勝ちだ。

 どこかの時点で誰かが堂々と言って、それを子孫が真実として信じていけば歴史の流れの中で事実へと変化していく。

 アヴェラが語るのは、もちろん前世の歴史から持って来たものだ。

 しかし誰もこんな時にこんな場所で嘘を語るなどと思わない。嘘が嘘と分かるのは、嘘が嫌いなヤトノぐらい。

 だが、ヤトノはアヴェラに関しては寛容だ。

「八代ヨシムは自ら市井に赴き悪を懲らしめ善をなし、九代イエシ優れた知恵をもち忠臣を使い国を治め――」

 アヴェラは延々と語っていく。

 だんだんとズロヤトが苛ついていくが、流石に名乗りの邪魔はしない。なにせジルジオですらやらない事なのだから。ただ静かに待っているばかりだ。


「十五代ケイキが時に一族は国を失い流浪し、辿り着いたサイドセブンで賊の襲撃を受け多くを失い若者たちのみで追撃を受けつつルナツに辿り着くが、またも賊に襲われ空しく離れ、ジャブを目指すも――」

 アヴェラの語りは止まらない。

 ただ単にズロヤトを挑発しているのではなく、もっと別の目的があった。

「辿り着いたアルストルにて父祖は粛々として仕え、我が祖父ソウフは門の騎士としての功績を認められて市中の警備を任される。次いで我が父トレストは若くして冒険者として名を馳せ惜しまれつつも引退し警備の任に着く。それら受け継ぎしアヴェラであり、エイフスの名の威光の前に怯むといい」

 名乗り終えた途端に、焦れたズロヤトが襲いかかってくる。

 しかし、アヴェラはその攻撃を軽々と避けた。さらに次々と繰り出される攻撃を余裕で避けていく。アヴェラが敏捷である点を差し引いても、ズロヤトの動きは明らかに精彩を欠いていた。

 辺りは殆んど風もなくどんよりとして、しかも空からは燦々と日が照りつけている。そしてズロヤトは黒騎士、その名が示す通り漆黒の鎧を身につけている。中は酷い有様に違いない。

 だからこそ、アヴェラは長々と名乗りをあげていたのである。

 ズロヤトの動きは少しずつ緩慢となり、兜の向こうからは荒く辛そうな息が聞こえてくるぐらいだ。

 振り回された大剣をヤスツナソードで受け止める。ヤスツナソードであれば大剣を断つことも簡単だが、ちゃんと空気を読んで斬らずに止めてくれる。それでも大剣の刃が砕けて激しい火花となって散った。

 見事に攻撃を止めたアヴェラに声援が沸き起こった。

 ズロヤトに焦りと苛立ちが満ちていく。自分の凄さを見せつけたい思いに反し身体が思うように動かないのだ。しかも侮った相手に良いようにされてもいる。

 さぞかし悔しいことだろう。

 相手が悪かった、正しくは相手の性格が悪かった。それがズロヤトの敗因だ。

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