第240話 いろいろ突き進んで掻き回す
王太子ペルパドレの指揮は優れ、配下もそれに良く応え精悍に戦った。
しかしズロヤト騎士団の勢いは凄まじく、楔状で突っ込んでくる勢いは止まらない。確かに王太子の率いる兵は多いが、全員が一度に戦えるわけでもない。そのため個の武勇が群を圧倒していた。
「もはや、これまでか。付き合わせてしまってすまないね」
「今からでもお逃げになっても誰も責めはしませんよ」
「魅力的な提案だ。しかし臆病者の私は足が震えてしまってね、とても逃げられやしないよ」
ペルパドレは冗談めかして言った。だから配下たちは笑顔を見せ、王太子の名誉を貶めないために、それぞれ気合いと勇気をもって武器を構えた。
だが、そのズロヤト騎士団の突撃が止まる。
そのまま突っ込めば、容易くペルパドレたちを討ち取れる。止まる必要など皆無のはずだった。訝しむ人々に対し、黒騎士ズロヤトが大音声で言い放った。
「黒騎士ズロヤトは、王太子ペルパドレに一騎打ちを申し込む」
ざわめきと困惑が広がる。
劣勢の相手が敵中で苦し紛れに言っているならともかく、圧倒的な強さを見せ蹂躙する最中なのだ。そんなことをする必要は皆無だった。
だがペルパドレの配下たちは理解した。
「何という卑劣な奴……」
王太子ペルパドレに対するズロヤトの意図は明白だ。
一騎打ちを拒否すれば臆病者として罵り、一騎打ちを受ければ皆の前で嬲り者にし虜囚とする。そうやってペルパドレを貶めようとしているのだ。
激高した騎士の一人が前に出た。
「湖畔の館の一族、祖父は巨魚を屠りしツバイソ、父は堅牢のフクラギ。その子であるガントが相手をしよう!」
「我はズロヤト一族。祖父はアドレを治めし猛き者、父はグルンガを滅ぼし偉大な者。その血を受け継ぎしズロヤトの名に怯え死んでいけ!」
互いに名乗りをあげ、ガントが剣を構え突進、しかしズロヤトは悠然と構え――次の瞬間に身の丈程もある大剣を振り降ろしている。
ガントの頭部は弾けて霧散、胴体もひしゃげ半分ほどに潰された。
あまりの威力を目の当たりにして、辺りが静まり返っている。
空から降り注ぐ日差しは鮮やかだが、それを浴びるズロヤトは不気味で不吉な存在であった。悪魔に憑かれているとまでは誰も思わないだろうが、しかしそれを予感させるような雰囲気がある。
ズロヤトはガントの遺体に剣を突き立て腹を割いて嬲った。
「王太子の下には人がおらんらしいな」
怒りや憤りを感じる者たちは大勢いる。
しかし誰もが恐怖に縛られてしまい前に出ることもできない。そんな自分を情けなく思って歯を噛みしめるばかりだ。
「雑魚に用はない。さあ王太子ペルパドレ、出てこい! 配下の後ろで、臆病な子供のように震えているのか?」
嘲りの色を含んだズロヤトの言葉に、その部下たちが追従の笑いをあげた。
気付けば先頭を行くのはジルジオになっていた。
アヴェラたちが三人乗りしているせいもあるが、いつの間にか追い越されている。ただし混雑した味方の中を突っ切るにジルジオの力が無ければ無理だっただろう。
「どけどけどけーい! アルストル様のお通りであるぞ! 邪魔する奴らは蹴散らしてくれるわ! うははははっ!!」
言っている事は悪役っぽく、アルストルの名誉を損ないそうだったが、不思議とどこからも反発は起きていない。むしろジルジオの大音声を聞いた者たちは自然と道を譲り、その勇ましい姿に憧れの目さえ向けていた。
「なんか凄いよね、うん」
「到底真似できないし、敵わないな」
呟くアヴェラだが、そもそも真似したいとは思っていない。そして敵うとも思っておらず、こうしてジルジオの後を追いかけることが楽しかった。
三人乗りの真ん中だが手綱を握っているのはアヴェラだ。
最初は一番前のイクシマが手綱を握っていたが、とにかく突撃しようとしたので取り上げている。アヴェラが手綱を持った途端に馬のやる気が減退していた。
「何を言うておるんじゃって! 我はこんなん満足できんぞ! 目指すは一番乗りなんじゃぞーっ! とっとと行かんかぁ!」
「…………」
腕の中でイクシマが騒いで足をばたばたさせている。ちょうど良い位置に金髪頭があるので、アヴェラはそこに顎をのせてぐりぐりした。
「ふんぎゃあっ! やめい!」
「黙れ駄エルフ。お前はもう少し、いやもっと、いや全力で人の心の機微というものを学べ」
「なんか酷い言われよう!?」
「言い足りないぐらいだ」
そのままアルストル勢は味方陣営を突っ切り進んでいく。ようやく王太子軍の旗が見えてくる。
「あれは一騎打ちか?」
「戦場の華ぞ! 誉れぞ! 凄いんじゃって……なぬ!?」
「なんて奴だ」
向こうで黒い鎧の騎士に挑んだ王太子旗下の騎士が一撃で倒された。だが、それだけではない。黒い鎧の騎士は倒した相手に剣を突き立てている。
「お兄様、あれですね。悪魔が憑いております。周りの連中も悪魔の影響を受けておるようです」
白蛇ヤトノがニョロッと頭を出して囁いた。
「如何いたします? わたくしが消し飛ばしましょうか? 腐っても神の成れの果てですから、本気目のちょいさーになりますけど」
「いや、いいさ。そんな勿体ないことするものか」
相手の黒い騎士は少なくとも人間。倒した後の悪魔の処遇はヤトノに任せるにしても、まずは人間の手で片付けたかった。
「イクシマ、手綱は任せる。突撃だ!」
「ひぃやっはああぁっ! 行けぇぃ、
手綱の持主が変わった途端に、馬は俄然気合いが入って凄まじい加速を見せた。それはジルジオが目を見張って驚いた程の勢いだ。
大剣を構えた黒騎士ズロヤトの歩みで軍勢が後ずさるといった異常な光景。だが、そこに三人乗りの馬が割り込んだ。
ノエルが飛び降りイクシマが放り出され、アヴェラが降り立った。
「アルストルの旗下、アヴェラ=ゲ=エイフス。そこの黒騎士に戦いを挑む」
そう言ってアヴェラは前に出た。
大急ぎで宣言したのは、ジルジオに先を越されたないためだ。相手は悪魔憑きのため、いかにジルジオが凄かろうと勝てるとは――ひょっとすると勝つかもしれないが――思えない。
「お前のような若造が?」
黒騎士ズロヤトはアヴェラの姿を一笑に付した。
「よほど人材がないらしいな。こんな若造が出てくるとはな」
「御託はいいんだ。適当に勿体ぶったこと言って、逃げるのか」
「馬鹿馬鹿しい。片付けろ」
黒騎士ズロヤトの身振りで、その配下の一人が前に出た。戦い慣れた様子で斧槍を構え余裕の態度で向かって来る。
これにイクシマが満面の笑みで戦鎚を構える。
「よし、ならば我が――」
「悪いがイクシマ、出番を取らないでくれ」
アヴェラは反応しようとするイクシマを抑えた。いつものような邪険な扱いではなく、そっと優しいぐらいの手つきで押しとどめている。それでイクシマはアヴェラの本気度合いを察して大人しく譲った。
斧槍を構えた男は周りに威嚇し嘲り、周りの連中など恐ろしくもないと、そしてアヴェラなど眼中にないといった態度を露骨に示している。
一方でアヴェラは先ほどの一騎打ちで斃された騎士を見ていた。
その身体は激しく損壊し臓物さえ引き出されている。戦いによって負け命を落とすのは仕方ないとしても、あまりにも酷い状況だ。
「…………」
アヴェラは軽く前にでた。
激しい勢いで斧槍が襲ってくるが、僅かな動きで回避する。そのままヤスツナソードを抜き放つ。相手は何が起きたか分からぬ顔をして地面に転がり、そこから自分の下半身を不思議そうに見つめ死んだ。
黒騎士ズロヤトの鋭い視線を感じつつアヴェラは笑った。
「では、一騎打ちを申し込むが。ちょっとだけ待って貰おうかな。一応は割り込みだから、王太子様の許可を貰わないとね」
そう言ってアヴェラは黒騎士に背を向け、ペルパドレの方へと歩き出した。全く警戒した素振りもない余裕の態度だった。
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