第239話 突撃、回収また突撃

 アルストルの旗の効果は絶大で、一目散に走ってくる姿に身構えられても旗を見た瞬間に相手は道を譲る。

 逆に言えば、その旗を狙って敵が寄って来るということだが――。

「邪魔するな」

 横から突き出された槍の穂先を、アヴェラはヤスツナソードで斬り飛ばした。何の手応えもなく、ただ振り降ろした程度の力しか必要ない。驚いた様子の兵の喉を、ナニアの細剣が斬り裂いて仕留めた。

 味方陣営でも、そこには浸透した敵の存在がある。

 特に今回は混戦となっているため判別が困難だ。さらに戦場で奪った鎧兜を身につければ紛れ込み易くもなる。そうやって、指揮官や高位の貴族を狙って不意打ちをしかけるのだ。

 アルストルの旗を狙って、ちまちま襲ってくるため厄介で、思った以上に手間を取らされていた。

「アヴェラ、後ろが追いついて来ません。急ぐ気持ちは分かりますが……孤立はよくありません」

「近くの貴族に協力を願うとか?」

「アルストルの権益は莫大ですからね、ここで私の首を取って一部でも手に入れようとする可能性もあります」

「殺伐だなぁ」

 そうアヴェラが呟いたとき、激しい地鳴りのような音が響いて騎馬隊が迫ってきた。一直線に向かってくる。先頭が剣を振りかざし――。

「ふははははっ! はーっはっはっは!!」

 高らかに笑いをあげた、もちろんジルジオである。

 もう一騎はイクシマで金色の髪をなびかせ鞍もない白馬に跨がる姿は絵になる美しさだが、いかんせん鉄槌を背負っているのでいろいろ台無しだった。

「イクシマ、来い!」

 その声にイクシマはニカッと笑って突っ込んで来て、軽く手を差し伸べる。アヴェラは手を掴んで地を蹴って、イクシマの後ろに飛び移り二人乗りをした。男が乗って馬は若干不満そうにいなないた。

「よーしよし、良く来た」

「当然なんじゃって」

「お利口エルフで嬉しいよ。ノエルが危ない。突っ切ってくれ」

 こぢんまりとしたイクシマの身体を鉄槌ごと後ろから抱きしめ、その尖った耳に囁いてやる。敏感な部分に息を受けたイクシマはちょっとだけ震えた。

「任せるんじゃって! ひゃっはー! 馬ーっ! 突撃じゃあっ!」

 イクシマに背中をペチペチされた馬は大喜びで突っ走る。

 アルストルの旗をなびかせ走り出せば、行く先で人々が逃げ惑う。後ろからはナニアを乗せたジルジオも追いついて来た。

「おうおうおうっ! 儂もここまではやらんかったであるぞ! かーっ! こういうのも良いもんであるなぁ!」

「最高っなんじゃって!」

「退け退け退けーい! アルストルのお通りであるぞ!」

「そこのけそこのけぇぃ! ひゃぁっ! いっち番のりじゃぁ!」

 ジルジオとイクシマが叫びをあげ、後ろに続く騎士たちも――馬ですらすっかり染まって――楽しげに声をあげている。まさに異世界迷惑暴走族だ。

 選択を誤ったかもしれないと、ちょっとだけ思うアヴェラだった。


 小勢の黒の一団が、多勢の騎士や兵士を斬り伏せていく。しかも手を斬り腕を斬り、恐怖と絶望をたっぷり与えた後で首を刎ねるようなやり方だ。

「王太子を御守りしろ! 魔法使いを右に!」

「怯むな! 命を惜しむな! 誰かみてみろ!」

「ザンギュラ、ノスパー! うりあぁっ、上だ!」

 本陣辺りは大混乱となって、総崩れ一歩手前だった。

 怒号のような声が響く中、ノエルは陣幕に向かい王太子の側に行った。ここで守らねばならないといった思いだ。殺気だった場所で邪険にされても一生懸命に頑張ろうとしているのだった。

 もちろんそれは悪魔から王太子を守るという、アヴェラに頼まれ任されたからである。しかし、それとは別に優しい言葉をかけてくれた王太子ペルパドレを守りたいという気持ちもあった。

 陣幕の中で、ペルパドレは厳しい顔をしていた。

「王太子、敵はズロヤトです。とても止められません、ここはお逃げを」

「逃げる? 総大将が逃げれば、どのみち総崩れさ」

「退避しても誰も責めはしませんよ。ここは命を惜しんでください」

「よしてくれ、そんな魅力的な提案をするのは」

 ペルパドレは困った顔で苦笑した。穏やかで気品のある佇まいに、威厳とまでは言わないが堂々とした態度がある。

「私は臆病者だからね、そんな事を聞かされたら逃げたくなってしまう」

「ですから逃げて頂きたく」

「だが、できない。私は王族というだけの大したことない人間だが、無責任ではないよ。そして死ぬのなら前を向いて死ぬ」

 剣を抜いたペルパドレは陣幕の外へ、戦闘の方へと向かって歩き出した。それに直属の配下は困った顔をしつつ、好ましい笑顔を浮かべて従う。

「あ、あのっ」

「おや、ノエルさんじゃないか。いけないね、直ぐに逃げなさい」

 おそらく周囲から見ればノエルの姿というものは、陣幕の隅で怯え震えている少女にしか見えないだろう。

「ノエルさんですか、君は早く逃げなさい」

「私、御守りします。こう見えて、結構強いんです。うん、そう見えないと思うかもしれないですけど」

「頼もしいね。でも、ダメです。誰か、彼女を逃がしてあげて」

 ペルパドレの言葉で騎士が進み出ると、ノエルの腕を優しくけれどしっかりと掴んで引っ張った。

「えっ、あのっ? 本当なんです、うん。絶対そんな風に見えないかもだけど、ううっ……自分で言ってても説得力ないって思うけど。強いんですから」

 そのままノエルは引きずられ安全な場所に連れて行かれた。


「あのっ、本当に私って強いんですから」

「うんうん、皆そう言うんだよ。おじさんも若い頃はそうだったから」

 一生懸命訴えるノエルに騎士は優しく頷いた。全くこれっぽっちも信じた様子もない。確かに華奢な見た目――華奢でない部分もあるが――の少女が強いなどと誰が思うだろうか。

「これでも中級冒険者なんですから」

「へー、そうなんだ。凄いね。なら、おじさんは上級冒険者かな」

「うううっ、ちっとも信じてもらえない」

「おじさんも直ぐに行かなくてはいけないからね。さあ、お逃げ」

 騎士は善人なのだろうが融通が利かず、捕まえた子猫を安全な場所で放してやるような態度だった。

「上手く逃げて、幸せになるんだよ」

「ですからー」

 ノエルも素直に従い解放された後で動けばいいのだが、そこまで気が回っていない。あたふたしているところに、軍馬の駆ける音が迫ってきた。

「はれぇ?」

 その先頭にはアルストルの旗が翻り、さらに見慣れた二人が相乗りしている。

「アヴェラ君だ!」

 気付いたノエルは笑顔になった。しかし直ぐに気付いて慌てた。何故ならアヴェラがヤスツナソードを構えているからだ。

 今のノエルは見知らぬ騎士に手を掴まれ引きずられている。状況を知らぬアヴェラが、仲間の危機と判断して当然だろう。

「待って待って! この人は味方! 味方だから」

 ノエルが一生懸命叫んだおかげで騎士の命は救われた。

 呆然とする騎士の前で馬が急停止した。しかし馬は猛しくいななき、蹄で地面を掻いてうずうずした様子で突撃したがる様子だ。間違いなくイクシマに感化されている。一人の青年貴族は馬にしがみついたまま震えており、馬からおりるという考えさえ出来ないほど茫然自失だったが。

「アルストル一軍、本陣の危機に駆けつけました。その子はアルストルの一員、貰い受ける」

 アヴェラの言葉に騎士はノエルを解放し敬礼した。

「ご加勢感謝!」

「王太子様はどこに?」

「敵の勢い止めがたく、総大将の責務を果たされるべく剣を手に取られました」

「…………」

 軽く黙り込むアヴェラの様子にノエルは気付いた、手遅れだったと思っているに違いないと。

「待って、待ってアヴェラ君。まだ間に合うから。うん、そんな気がする。気がするだけだけど、間に合うって思うから!」

 パタパタと腕を上下にしてノエルは訴えた。なぜかそう訴え、ペルパトレを助けたいという気持ちが非常に強い。

「分かった、行こうか! ほれ、イクシマ前に詰めろ」

「やめよ! 揉むでない。腹を揉むでない!」

「ほらほら前に行け」

「やめんかあぁ!」

 馬は背中でもぞもぞ動くイクシマに嬉しそうだ。

「じゃあ、一緒にお願い」

 賑やかな声にノエルは笑って、軽々とした動きでアヴェラの後ろに跨がった。定員オーバーの過積載だろうが馬はノエルが増えて嬉しそうだ。

「突っ込むぞ! 最短距離で!」

「よーし! 行くんじゃ。馬ーっ、行けーいっ!」

 アヴェラたちは再び駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る