第237話 何かいそう

「戦争って、意外に状況が分からない」

 地面に胡座をかきアヴェラは呟いた。

 ゲームであればユニット同士が激突、数字が減って勝った負けたで結果が出て勝利敗北が決定される。ただ実際の場では勝敗の状況はさっぱり分からない。

 敵味方双方が声高に優勢を主張し攻撃の指示が出るばかり。

「だから計略の偽計だの虚報が通じるわけだね」

「ほう、そういうのも理解しておるか。流石は儂の孫であるな」

 ジルジオは干し肉を食い千切りながら頷いた。

 付近で騎士や兵士たちも座り込んでいるが、自軍陣地とはいえ僅かな物音に反応し鋭い視線を向け気を張りつめている。

 のんびりしたアヴェラとジルジオは図太いと言えるだろう。

「まっさか。全く理解して無いよ。そういうものがあると知ってるだけだから」

「知ってるだけでも上等である。で、他にはどんなものを知っとる?」

「うーん? 苦肉の計とか十面埋伏の計とか。埋伏の毒で反乱を起こさせるとか、陽動で疲弊させて襲う連環の計とか、駆虎呑狼で謀反を唆すとか」

「……なあ、アヴェラよ。大公やってみんか? 適任であるぞ」

 とんでもない事を言い出したジルジオにアヴェラは顔をしかめた。

「絶対に嫌」

「なんでであるか、絶対に適任であるぞ」

「罰ゲームでしょうに」

「いやいや、とんでもない。自分の思った事が形となって、やりたい事がやれるというのは楽しいであるぞ。せいぜい煩いのは王族どもであるがな。なーに、弱味を握れば何の問題もない」

「……やっぱり絶対に嫌」

「かーっ、もっと野望をもたんか野望を」

 ジルジオは自分の仕事を孫に否定され気落ち気味らしい。ぶつくさ言いつつ、干し肉を噛み千切って、むしゃむしゃした。


 ぱたぱた、のしのし、ぺたぺた、三つの足音が近づいて来た。

 見るまでもなくノエルとイクシマとヤトノであるのでアヴェラは座り込んだまま干し肉を囓っている。直ぐに背中に軽さのある体重がのし掛かって来て、首元に腕が回される。

「御兄様、御兄様のヤトノが戻りました」

「お疲れさん」

「まあ、なんて素っ気ない。いけずなところ、素敵です」

 滑らかな黒髪が耳元に触れ、くすぐったい。

 ヤトノの見た目は年端もいかぬ少女のため、この戦場という場所には一番似つかわしくない存在だ。しかし周りの騎士も兵士も恐々として見もしない。

 笑いながら素手で敵兵を鎧ごと引き裂いているし、上機嫌で舞った途端に晴天に雷鳴が轟き雹が降ったり、そういったことを見れば当然と言うものだ。誰もヤトノが見た目通りでないと理解していた。

 それと平然と戯れるアヴェラに尊敬に近い眼差しが向けられているぐらいだ。

 イクシマがどっかり座った。

「うむ、我は腹が減ったんじゃ」

「ほれ」

 アヴェラは干し肉を投げ渡した。一方でノエルには普通に手渡ししているが、差別と言うより区別である。

 それはイクシマも理解しており、ただ面白くない顔で干し肉を噛んでいる。

「あっちの隊じゃと、戦況は不利と噂しとった。ノエルはどうじゃった?」

「いやいやいや、結構違ってるよ。私が聞いた人の話だと、明日にも敵を倒して終わるって言ってたんだよ。そんなに違うんだね」

「ふーむ、これは良くないんじゃって。こんだけ情報が錯綜しておると、いろいろ混乱の元じゃでな」

「あれぇ、それって良くない感じだよね」

 二人には各隊の様子を見て聞いてきて貰ったのだ。ヤトノはふらふらと遊びに行ってきただけで、特に何もしていない。

「御兄様。ふふ、何か楽しい事が起こりますよ」

「……ふーん」

 アヴェラは軽く呟いて身体を捻ると、そのままヤトノの襟首を掴んで自分の膝上に引っ張り込む。ヤトノは腕の中で逆さま状態になり、ジタバタしている。


「何か企んでるなら早めに言おうか」

「ええーっ! わたくしはそんな事しません。そのように思われるだなんて、わたくしは哀しいです。泣いてしまいます」

「じゃあ何か知ってるなら言った方がいいぞ。さあ言え。いま怒られるか、後で怒られるかどっちかだ」

「どっちにしても怒られる!?」

「ほれほれ白状しろ」

 慌てるヤトノの頬を両方に引っ張り、続けて耳まで引っ張る。それで悲鳴はあがるが、傍から見ればじゃれているだけにしか見えないだろう。イクシマなんぞは羨ましそうにさえしているぐらいだ。

「ううっ、酷いんです。意地悪なんです」

「白状しろ」

「言います、言います。相手方に悪魔がいるんです」

「悪魔?」

「御存知ありません? 神の中から零落して力を失った者です」

「堕天という奴か」

 アヴェラの脳裏に浮かぶのは、高慢や嫉妬により天界を追われ神へと反逆する存在だ。七つの大罪とか黙示録の騎士とかだ。

「ええ、毎日何もせずだらだらして何もせず食っちゃ寝。自分は何も働かないのに批判や嫌味ばかり言うので、皆に嫌われて追い出されたんです」

「…………」

 どうやら堕天ではなく堕落らしい。

「それが何をしていると?」

「殆ど力を失っておりますけど、それでも人よりは上ですからね。自分より弱い者たちに力を振るって悦に浸るというわけです。ほんっと、どこまで行っても何の努力もしない。だから嫌われるんですけど」

「それはいいが、その悪魔は何を企んでる?」

「さあ?」

 ヤトノが首を捻るので、アヴェラはその口に指をいれ左右に引っ張った。やっぱりイクシマが羨ましそうに見るが、ノエルは止めようかどうしようかで困っている。

「ひゃめて、ひゃめて下さい」

「さっさと言え」

「ううっ、酷いんです。でも、この無理矢理感が癖になりそう……ですけど、ですけどですね。わたくし本当に知りません」

 ヤトノは頬を擦りつつ、アヴェラの腕の中で身体を捻り、その全身を預け甘えながら上目遣いをした。どこか蠱惑的ですらあるが、しかしアヴェラに鼻の頭を弾かれ蠱惑さは一瞬で消えた。

「痕跡とか気配で何か企んでるって分かっても、それ以上は分かりませんもの。御兄様だって、知り合いでもない者の動向なんて分かりませんよね」

「そりゃそうだが」

「なのに酷いんです」

「いや待て。ある程度は分かるのだろ、分かってる範囲を白状しろ」

 ヤトノはまた悲鳴をあげる事になった。


「自分の強さを誇示するため暴れそうというだけです。ほら、ゴルゴレナめが来ましたでしょう。それに釣られて戦場に来てしまったんですね」

 ノエルとイクシマは黙り込んだ。

 それぞれが責任を感じてしまっている。悪いのは勝手に押し掛けてきたゴルゴレナだ。しかしゴルゴレナはまだ幼いので仕方がない。

「ゴルゴレナの件は、止められなかった責任者が悪い。つまり太陽神様だな」

「そうですよね!」

 雲も無いのに空が蔭った気もした。

「それはそれとして、悪魔が何をするかは分かりませんけど……」

「けど?」

「先程申しましたように、自分より弱い者相手に力を振るって悦に浸る性格です。この戦場で無双ごっこして遊ぶかもしれませんね」

「面倒だな」

 アヴェラは唸った。

 だが同時に考えていく、そうして零落し堕落した存在の思考というものを。前世にはそうした人間が大量にいたので例には事欠かない。

「目立ちたい、凄いと主張したい。周りから見られたい。嫌がられても、それを凄いと言われてるように錯覚する……。だから目立つ方法を取る」

 単に戦場の一角で暴れても、それで満足するとは思えない。一方で戦場全体を蹂躙し壊滅させる事はしないだろう。なにせ目的は凄いと思わせる事なので、観客は多い方がいいのだから。

「戦場で一番目だって凄いと言う事をやる? それは何だ?」

 強いて言うならアヴェラがやった単騎で敵陣突撃だろう。

「さあ? ですけど、わたくしと違って受肉するような力もありませんもの。誰かの身体を乗っ取りますよ」

「乗っ取る……」

「あ、大丈夫なんです。普通は加護がありますから、そうそう乗っ取られたりしませんから。たとえば御兄様は、わたくしの本体の加護がマシマシですから絶対に大丈夫なんです。ええ、どんな神だろうと、わたくしから御兄様を奪えません」

 それは取り憑かれていると言うのではないか、そう思ったアヴェラは指摘はしなかった。

「じゃあ加護がないような者? そんなのは居ないか」

「加護は大事な収入源ですからね、人間は争奪戦なんです。でも、嫌な外れ人間だったら加護も最低限にしますから。そういうのを狙うんじゃないでしょうか」

 該当しそうな相手が誰かアヴェラは悩んだが、その時だったジルジオが口を挟んだのは。

「ヤトノ姫よ、宜しいか?」

「なんです?」

「たとえば、罪なき者を虐殺した者とかは嫌われるであろうか」

「まあ、そうですね。ここの戦場とかは人間の普通の営みですけど、それ以外の弱い者イジメを嫌ったりしますね。わたくしはあんまり気にしませんけど」

 向こうでイクシマが、邪神と呟いたのでヤトノは恐い目をして睨んだ。だがジルジオは顎に手をやり渋い顔をした。

「つまり、そうした行いをした者であるか……」

 ジルジオに視線を向けられ、アヴェラも頷いた。二人とも気付いたのだ、まさに嫌われそうな一団がいるという事に。

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