第236話 味方の様子見のなかで

「初戦は我が国の優勢と言える」

 王太子ガクジョウが堂々と告げ、居並ぶ貴族は頼もしそうに頷く。

 豪奢な天幕の中では作戦会議が行われている。天幕内部は魔法を用いた灯火に照らされているが、照度は低く薄暗い。それでも外の暗さよりはマシだろう。

 既に日は落ち夜が始まった頃合いだ。

 外からは馬のいななきや武器防具を運ぶ金属音が聞こえ、何かを指示する強い響きの声が聞こえる。負傷者は離れた場所に収容されているため、そうした者たちの呻きや怨嗟の呻きは届かない。

「特にアルストルの攻勢めざましく、この場を借りて賛辞を贈る」

「お誉めに与り嬉しく存じます。引き続き全力を尽くして参ります」

 恭しくはあるがそこまで恐縮していない、とアヴェラは後ろから見て思った。

 王族に対する態度は絶対権力者に対する恭しさではなく、むしろもっと気軽な感じだ。

 アヴェラが見たところ王族は、いわゆる所の取りまとめ役に思えた。しかも学級委員長ぐらいの立場で、手を焼くやんちゃな連中の扱いに苦労している様子がひしひしと感じられる。

 そのガクジョウをアヴェラは観察していた。

 背は高めで堂々として均整がとれた体つきは、単なるお飾りといった様子ではない。会話の内容からしても理知的な雰囲気もある。

 ――顔立ちは似てると言えば似てるかな。

 この御前会議に参加したのはノエルの父親の顔を見ておきたかったからだ。もう一方のエルフの不器用父親には会っているので、そちらとバランスを取るという気持ちもあった。

 ――しかし、性格は似てるな。

 ガクジョウは穏やかで人が良く、自分から苦労を背負い込んで苦労するような雰囲気があり、まさにノエルの雰囲気だ。ただ、そんな人物がどうしてノエルたち母子を捨てたのか。捨てたにしても二人が苦労するような生活をさせたのか疑問だった。

 半ば凝視に近く観察していると、ガクジョウが視線に気付いた。

 流石に咎められるかと思いヒヤッとするが、にこりと優しく微笑される。この気立ての良さは、間違いなくノエルのそれだ。

 アヴェラはたちまちガクジョウに親しみを感じた。


 士気高揚と情報共有の会議には、各貴族の指揮官と副官が出席していた。

 もちろん各部隊には現場指揮官が残り、敵の夜襲に備え警戒中――そう思った途端にアヴェラは、急に自分の隊が不安になってきた。

 それはガスの元栓を閉めたか玄関の鍵をしたか、ちゃんと確認をしても不安になるという強迫性障害のような不安である。

 しかも単なる不安でないのが質が悪い。

 なにせ任せているのはジルジオとイクシマだ。敵の夜襲に備えるよりは、むしろ夜襲に行きかねない。もちろん会議出席前に念入りに釘を刺したが、どっちもアレな性格なので不安という言葉しかない。

 だが、今更どうしようもない。

 アヴェラは不安を堪えつつ腹をくくって会議に耳を傾けた。

「敵の情勢だが、偵察によれば食糧不足を生じさせている部隊もあるとのこと。場合によっては短期決戦に持ち込んでくる可能性もあるだろう」

 ガクジョウの懸念に対し、緒貴族たちが次々と持論を披露したり決意表明をしたりで賑やかしい。どうでも良い話ばかりで中身がない。

 心の中で早く終われと願う会議に限って、なかなか終わらないのと同じだ。

「ところで、今日のアルストルの先陣をきったのは何者かな?」

 いきなり飛び出た話題にアヴェラは心の中で身構えた。

 ナニアには決して名前を出さぬよう釘を刺してあるし、下手に言えば、そこからジルジオの存在に繋がるとも言ってあるので大丈夫だろうが不安は不安だ。

「戦いの最中ですので、まだ名は伏せておきましょう」

「さようか」

「ただ、アルストルにおいて重要な腹心とも言える者です」

「ほほう、さぞかし素晴らしい者なのかな」

「もちろんです。賢くて立派で性格も良くて機転がきいて優しくて、敵には一歩もひかずにドラゴンでさえ平気で相手にするようなとっても凄いのですよ――ああ、これは失礼しました」

 それは推しを語るファンの如き熱心さのため、王太子や周りの貴族がひくぐらいだった。後ろからアヴェラが小突いて黙らせなければ、ナニアがまだまだ語ったに違いない。

「余程、信の厚い方のようですね」

「それはもう」

 ナニアはうきうきの上機嫌で頷いた。アルストルの血筋の身内大好きが間違いなく悪化している。


 夜道を歩きながらアヴェラは恨みがましい声をぶつけた。

「余計な事は発言しないで欲しいかな」

「でも、アヴェラの凄さを語りたいから仕方が無いんです。やっぱり、うちのアヴェラの凄さを皆に知って貰いたいんですから」

「知られたくないんだけど」

「知られたいんです」

「もう一緒に会議に出ませんよ」

「むっ、以後気を付けます」

 ナニアはしょんぼりとした。

 辺りは暗く、ところどころに照明の松明や篝火が置かれてある。ただし不要な場所にあったり、必要な場所になかったりまちまち。もちろん敵襲に備えての対策なのだが、なかなか不便だ。

 いっそ照明がないほうがありがたいかもしれない。光があれば暗闇が際立ち、見通せない場所が多くなるのだから。

 戦場という場所で、いつ敵襲があるか分からない。

 だから警戒すべきは敵なのだが、しかし敵だけを警戒すれば良いわけでもなかった。どの兵も命のやり取りを経験し戦場の興奮冷めやらず、その興奮を別の事に向けようとする者も居る。

 この世界は男女平等のため、男も女も関係なく戦争に駆り出されているのだ。

 女性兵士にしつこく絡む中年男に気付いたナニアは、その男を一撃で張り倒した。上級貴族の令嬢とは思えない一撃に周りの兵が驚愕している。

 しかしナニアは何事もなかったかのような顔だ。

「ところで戦闘中に薄紅色したゴーレムが現れたとか」

「気のせいです」

「ですが、部下の報告では……」

「気のせいという事で処理して下さい。出来れば記録にも残さず……いや、記録毎に色を変えて記載する感じで」

 存在が存在のため迂闊に記録には残せない。

 だが、相手方に記録が残った場合に差異があれば、むしろ後に訝しがられる。それであれば木を隠すなら森の中で誤情報を大量に残すべきだろう。

 アヴェラの言葉でナニアは察したらしい、その事案がドラゴンの実態と同じく歴史に残すに残せない案件なのだと。


 アヴェラが自分たちの部隊に戻ると、半泣き顔のノエルが駆けて来た。

「良かった、帰って来てくれたんだね。ほんと良かった、うん」

「何も言わなくて言い。どうせ爺様かイクシマのどっちかか、もしくは両方が面倒な事を言い出したんだろ」

「うぅっ、そうなんだよ。二人が攻撃に出るってはりきってて」

「よしよし頑張ったな」

 頭を撫でてやってノエルの案内で問題児の元に行く。

 そこではジルジオとイクシマが嬉々として戦闘準備をしていた。

「むっ、来よったか。お主の分も準備してやったんじゃぞ、とっとと行って連中をぶちのめしてやろうぞ! さあ、ついて参れ!」

「…………」

「なーに礼はいらぬぞ、お主を手伝ってやるのも器量というものよ。じゃっどん、どーしてもと言うなら感謝されてやっても良いのだがな」

 イクシマは恩着せがましい事を言って胸を張り見上げてくる。

 頭を掴んでやってイクシマを黙らせた。一緒に来ていたナニアがジルジオに無言で詰め寄っているので、そちらはお任せだ。

「ふぎゃああっ! 何すんじゃって!」

「夜襲はなしだ」

「何で!? 手柄をたてるチャンスじゃろがー!?」

「疲労というものを考えろよ」

「安心せい、我は別に疲れとらんのじゃって」

「他の人は疲れてんだよ」

「痛い痛い痛い! もっと優しくしろよー」

 手に力を込めるとイクシマは悲鳴のような声をあげる。犬並みの体力で自分が満足するまで動き続けるエルフと違って、皆は初戦で疲れているのだ。隣ではナニアがジルジオを無言で睨み続けて黙らせている。

「アヴェラ君、あのさ、そろそろ放してあげたら?」

「大丈夫だイヌシマは頑丈だから」

「イヌ……じゃなくってさ。イクシマちゃんも理解したって思うから」

「そうかぁ?」

「そうそう、きっと理解したから」

 優しいノエルの言葉でイクシマは解放された。ぶつくさ文句は言っているが、もう夜襲に出る気はないらしい。拗ね気味のイクシマであったが、朝になればアヴェラの腹を枕に大の字で寝ていたのであった。

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