第235話 戦場の一角で
攻め寄せる敵に対し、アヴェラの部隊は揃って盾を構えた。明確な動揺とまではいかないが、微妙な困惑や躊躇が生じる。そしてそれは戦いの場においては致命的な隙だった。
盾を構える騎士の後ろから兵たちが長槍を突き出す。
それは刺すよりも叩く動きが多く、叩いて微妙に怯んだところに突き込む。
「思ったより効果ある」
「あれを見ると目が疲れるのであるぞ」
アヴェラとジルジオは隊列の後ろから様子を見ていた。
戦場という場所では雄叫びもあれば気合い声も、誰かの名を呼ぶ声も響く。指示、悲鳴、絶叫、命乞い。甲高い音、重たい音、爆発音。ありとあらゆる激しい音が入り乱れ響いていた。
ぶんっと震える音と共に矢が通過、命中したノエルがばったり倒れた。
「ううっ、また矢が。なんで私ばっかり……不運だよ。でも頑張らないとだね」
ノエルが半泣き顔で立ち上がる。矢は奇跡的に留め金に当たって弾かれており、衝撃でスッ転んだだけだ。
周りの兵士たちは畏れとともに、その姿を見ている。
なぜならノエルが矢を受けるのは一度や二度どころでなく、もう何度となく当たっているのだ。それでいて、毎回助かっている。明らかに何かしらの神の、それも極めて強い加護があると皆は理解していた。
もちろんそれは不運の神の加護で、ノエルの運は極めて悪いのだが致命的なものだけは回避されているのだが。
「はー、凄いもんであるな。運が良いのか悪いのか、分からんのである」
「それを決めるのは本人だよ」
「確かにそうであるな!」
げらげら笑うジルジオの近くで、イクシマが顔をあげた。
「むっ、向こうから
「そうであるか! よーしっ、あちらの敵に矢を射かけい!」
ジルジオの合図で、一斉に周りの兵たちが矢を射る。
混在し入り乱れ動く敵に降り注ぎ多数を倒す。そこにはアヴェラ達の隊を狙って突撃しようとしていた敵がいたが、蠢く人の動きの中で分かろうはずもないことだ。
ただ、イクシマが嫌な予感を感じた方向に攻撃を続けた結果。自分たちが健在である事を皆は理解していた。もちろんそれは死の神の加護によるもので、イクシマは死の気配を明確に感じているのだが。
アヴェラは戦場にあって意外に苦労していた。なぜなら戦場という、まさに災厄のただ中でヤトノが昂ぶっているのだ。今にもさらなる災厄を撒き散らしそうな様子である。
「ああ、素敵なんです。素敵です、もっとやりましょう」
「よしよし、大人しくしてような」
「ええーっ、もっと楽しくしましょう。いえ、楽しくします!」
「ヤトノは可愛いな、ほらほら。ほーらほら」
強制的にその頭を撫でて、アヴェラは艶のある黒髪をかき混ぜる。
「御兄様、酷いんです。でも、良いようにされるのが素敵」
傍目にはアヴェラは幼い少女を抱えて弄んでいるようにも見えるのだが、ヤトノが極めて異常な存在である事を騎士も兵も理解している。それを宥めて弄ぶ姿に畏敬の念を抱いていた。
「どっちが優勢なのか分からない」
アヴェラは呟いた。
ゲームのような俯瞰視点や情報もなく、確認できるのは目の前と付近の戦闘だけだ。情報伝達も少なく、しかも誤報や虚報も入り乱れる。敵は押し寄せ、それを押しとどめている状況を有利か不利かの判断もできない。
「安心せい、まあまあ有利である」
「そうなの?」
「おうよ、負け戦は空気が違う。儂の感覚では、こっちがやや優勢である」
「なら勝てるかな」
「さあてな、いまこの時はである。向こうとて負けたくはないのであるからな、ここらで一発仕掛けてくるであろう」
ジルジオは平然として言った。
飛んでくる魔法や矢にも怯みもせず平然としている様は、まさに歴戦の武人といったものだ。
「よいかアヴェラよ。指揮する者が勝つと思えば勝ち、負けると思えば負けるのである。無謀となる必要はないが、誰よりも恐れ知らずであれ」
「なるほど」
アヴェラは祖父の期待に応え堂々と戦場を見回し、強い声で指示を放った。そうやって二人が構える姿に、騎士も兵士も安心して戦っている。
「ゴーレムが出るぞ!」
誰かの叫びに目を向ければ、地面のあちこちが盛り上がりずんぐりした人の形を取りつつあった。
「そうら来た。一発仕掛けて来たのであるぞ」
ジルジオは不敵に笑い、手を庇にして敵ゴーレムを見やった。細かな砂を落とし立ち上がる姿は人の背丈の倍ほど、身体は土塊でできており頑丈なものだ。
「思ったより数が多いであるな。連中、是が非でもここを突破したいらしい」
「こっちもゴーレムを?」
「そうであるが、武装魔法師の数も少ない。ある程度の犠牲は出るが、対ゴーレム用の武器を使うであるぞ」
対ゴーレム武器と呼ばれるものの、その実態は先を尖らせただけの丸太だ。これを数人で抱え突撃するか、馬に引きずらせぶつけるという攻撃だった。
アヴェラは大義名分を前に目を輝かせる。
「爺様、そこは大丈夫。ゴーレムの魔法を使えるから」
「おおう、アヴェラはそんな魔法までもか! 流石は儂の孫、天才であるな! はーっはっはっは」
「ここは任せて、凄いゴーレムを用意するから」
「よーしよしっ、楽しみであるな」
「期待に応えて本気で!」
祖父の期待を受けアヴェラは気合いを入れ集中し――。
「やめんかああっ! 絶対にやめい!」
イクシマのインターセプト、アヴェラの魔法は阻止された。
「それは使わぬって、我と約束したじゃろって。ここは我たちに任せておけい」
「出たな邪悪なエルフめ」
「誰が邪悪じゃ、誰が! とーにーかーく、我とノエルでやる。引っ込んどれ」
イクシマはアヴェラをゲシゲシ足蹴にして押しのけた。それにヤトノが目を怒らせ声をあげるが、戦場で昂ぶっているため何をするか分からない。故にアヴェラとしては、そちらを抑える事に集中するしかなかった。
「よしっ、ノエルよ。やろまいか!」
「えーっとね。アヴェラ君、そういうわけだから。私、頑張るから。ごめんね」
ノエルも申し訳なさげな顔をしつつ、アヴェラに魔法を使わせないため前に出た。間違いなくその判断は正しかった。
「ノエルよ手を合わせい」
「了解なんだよ」
「とびっきりのいっくぞーっ! クリエイトゴォーレムゥーッ!」
「思いっきりで、クリエイトゴーレム」
ただし、世の中は何が起きるか分からない。
辺りに居た人々は何か名状し難い気配に一瞬だけ身を震わせた。全ての者が引きつけられるように見つめる先で、地面がひび割れ中から何かが姿を現す。
それは桃色をしたゴーレムだ。
細身で洗練された姿をしており、優美な剣と盾を手にしている。敵ゴーレムたちが土偶ならば、こちらはミロのヴィーナスだとアヴェラは思った。
「はれぇー? なんぞ、あれ」
「なんか思ってのと違うんだけど、うん」
困った様子のノエルとイクシマの前で、桃色ゴーレムは勝手に動きだした。まるで人間の如くぬるぬる動いて、敵ゴーレム十数体を軽々と撃破していく。まさしく圧倒的だ。
さらに桃色ゴーレムは敵の残骸を引きずり――まるで褒めて貰おうとする犬のように――ノエルとイクシマの元に、どう見てもウキウキした足取りでやって来る。
「もしかして……ゴルゴレナちゃん?」
ノエルの呟きに、桃色ゴーレムがビクッとして手にしていた残骸を落とした。慌てて首と手を左右に振る様子は、誰がどう見てもゴーレムではない。
「ふむふむ、ゴルゴレナでないって言っておるようじゃな」
桃色ゴーレムは一生懸命に頷いている。まるで意思があるような様子だ。それにイクシマは呆れ返った。
「まったく、バレバレじゃろって」
桃色ゴーレムは肩を落とし項垂れた。しょんぼりしてる。
「でも、心配して来てくれたんだね」
桃色ゴーレムは顔をあげ肯いた。嬉しそうだ。
「我も別に文句は言うておらん。ゴルゴレナが怒られんか心配なだけじゃ」
「あっ、そうだよね。怒られる前に帰らなきゃだよ。来てくれてありがとね」
「我も感謝しておるぞ」
「またね」
二人の言葉に桃色ゴーレムはぶんぶん手を振って、次の瞬間には砂となって崩れ去った。目の前で起きている異常現象に戦場の一角では戦いが止まっている。
「ぬっ! 敵がひるんでおる。いまこそ攻撃であるぞ!」
我に返ったジルジオの指示で戦いが再開された。
アヴェラはヤトノを抱えながら、魔法を使う機会はないか様子を窺っている。
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