第234話 いろいろ災難

 戦争にも作法がある。

 双方の宣告者が前へと進み出て、戦いに至った主張を述べ舌戦を繰り広げる。その宣告者が陣に戻ると銅鑼や鐘が鳴らされ、兵士が盾を叩き叫びをあげ相手を威嚇。そして戦闘が開始されるのだ。

 今はその宣告の最中だ。

「悠長なもんだね」

 アヴェラの呟きにジルジオは微苦笑した。

「ふむ、その気持ちは分かるであるがな。こうした作法がなくなれば単なる殺し合い。殺戮の場となってしまうであるぞ」

「やる事は変わらないと思うけど」

「そうかもしれん。しかし、そういった事を大事にする気持ちも必要であろう」

「うーん?」

「まあ、儂も若い頃は同じ事を思っていたのである。いずれ分かる」

 ジルジオは優しい笑みで頷いた。だが、それに不満をみせるのはアヴェラではなくイクシマだった。普段よりも重たい鎧兜に身を包んだ重装甲、体当たりだけで相手を倒せそうな装備である。

「じゃっどん、我はアヴェラに賛成じゃって。とっとと戦いたいんじゃぞ」

 アヴェラがジロリと睨むのは、同類にされて堪るかという気持ちだ。

「突撃暴走エルフは大人しくしてろ。危ないから言う事をきけよ」

「なんじゃー? 我を心配しておるんか。ふっふーん」

 からかうような態度のイクシマだが相手が悪い。

「もちろんだ。とっても大事で可愛いイクシマだからな、それを心配して当然だろ」

「そ、そうなん……」

「お前の好きそうな物語的に言うならな、お前は俺のものだお前の身も心も全てだ。傷をつけてよいのは俺だけだ、ってとこかな」

「んなっ、んなっ、んなああああっっ!!!」

 宣告の最中で皆が静かにしているなかで、エルフの叫びはとってもよく響いた。お陰で周りから注目を集めているが、しかしイクシマは気付くどころではなく真っ赤な顔を両手で覆ったままだ。

「ほっほう、愛し愛されておるな。アヴェラよ」

「はぁ……宣告の邪魔をした場合の罰則はあるの?」

「もちろんある。それへの対応もあるが聞くか?」

「教えて」

 アヴェラは頷いた。確かに叫んだのはイクシマでも原因は多少、そこそこ、一応、微妙に、認めたくはないが自分にも責任があるのかもしれないと思ったのだ。そしてペットの不始末は飼い主の責任なのだから。


 宣告が終わり銅鑼や鐘が鳴り響くなか、アヴェラは馬に乗り単身敵陣に突っ込む。

 その馬にはヤトノが優しく懇切丁寧に諭したため、アヴェラに対する忠誠心は最高に達している。極限の恐怖を知った後なので何も恐くない心境らしい。

 そのまま敵陣へと突っ込んでいく。

 イクシマのしでかした宣告の邪魔を打ち消す為の行いだ。

 宣告は自軍の主張を唱えるものであるため、それに異があれば最中に声をあげ自らの主張を行い、次の威嚇の時に敵へ挑むという伝統に則っての行いだった。

 一応は正体を隠すためにと兜をかぶっている。

「全く、世話の焼けるエルフだよ」

 敵陣に一騎駆けするアヴェラに続き、ジルジオ率いるアルストルの小隊が突っ込む。もちろん小隊の騎士たちは必死だ。もしアヴェラに万一があれば、たとえ生きて帰れても待っているのは地獄なのだから。

 アヴェラが敵の隊列を切り崩し、そこにジルジオやアルストルの小隊が突っ込む。恐ろしい突破力で敵陣を突っ切っていく。

「はーっはっはっは! これぞ戦い! 戦場の空気である!」

 ジルジオは見事に槍を手繰って右に左に斬り付け叩き刺し突き進み、後ろにはイクシマとノエルも続く。

「えーいっ、彼奴ーっ! 何やってんじゃって!」

「それイクシマちゃんの為だって思うんだけど、うん」

「違ああうっ! 我の責任であるし、何より我が先陣を行きたかったんじゃ。くっそー! 一騎駆けとか狡いんじゃって! 誉れぞ! いさおぞ!」

「そっちなんだ……」

 可哀想なのは重装備エルフを乗せ酷使されている馬だろうが、それでも背の上で暴れるイクシマを支えて一生懸命に駆けている。

 ノエルを乗せる馬は軽やかに駆けつつ自らの幸運を感謝しているに違いない。ただし乗せているのは悪運の化身であるし、ノエルを心配したアヴェラの頼みでヤトノものっているのだが。

 そして最高級の装備を身に包んだ騎士達も必死に敵前衛を荒らしまくる。


 ジルジオに気付いても、アルストルの重臣貴族たちは割と冷静だった。

「やあ、お懐かしい」

「相変わらず、ご老公ときたら血気盛んですな。はっはっは」

「我らもまだまだ大人しくはしておれませんぞ」

 かつては先代大公の下で、その無茶ぶりに良く応えてきた連中だ。目の前で繰り広げられる光景に懐かしささえ覚えているぐらいだ。戸惑う若手や兵士たちをよくまとめ、次に来るであろう命令に備えている。

「あの勇士たちに遅れるな! アルストル、突撃っ!」

 故にナニアの号令一下、アルストルの軍が動いた。

 事前の作戦会議によって取り決めはあったが臨機応変だ。もちろん全軍の指揮を執る王太子の反応も早く、一瞬の戸惑いこそあったものの矢継ぎ早に指示。陣の構えを維持しつつも攻勢に入った。

「よーしよし。アヴェラよ、引くであるぞ」

「まだ余裕!」

 追いついて来たジルジオの声にアヴェラは振り返らず大声で応えた。辺りは雄叫びや指示の声に加え、様々な叫びが響き渡っている。

「駄目であるぞ、味方の攻撃が始まりよった。混戦になる前に離れる」

「了解!」

「よし、そのまま斜めに抜けるのがコツである」

「なるほど!」

 アヴェラは頷くなり馬の進路を逸らし敵陣の突破に動く。

 そこからは馬にお任せだ。目の前から兵士が飛び退くように避けていくが、前世で言うなれば大型バイクが突っ込んでくるようなものだ。当然の反応だろう。

 だが、それでも一部が槍を構え立ち向かおうとしてくる。

 アヴェラ自身は対応出来るが、後ろに続く仲間たちはどうか分からない。だからこそ――。

「風神の加護、サイレント」

 アヴェラが魔法を使った途端に、手を向けた方向の兵士たちが耳を押さえ膝を突き倒れた。その手の間から血が流れている状態だ。その隙にアヴェラたち一団は一気に敵陣を飛びだし、悠々と味方側へと移動した。

 後方では激しい戦いが続いている。


 アヴェラは兜を脱いだ。

「暑い、と言うより熱い」

「お主なーっ! 何しとるんじゃ!」

「駄エルフの後始末だ」

「うぐぐっ。いや、そうでなくって。使ったじゃろ魔法をー! 我と約束したじゃろがーっ! 約束破るんは、いくないぞ! さあ言うてみい、何を使ったんじゃ。何を!」

「サイレントの魔法」

「はぁ?」

 アヴェラの回答にイクシマは困惑した。サイレントは音を消すための魔法である。それがどうして敵兵を悶絶させ倒せたのかが不明だ。

「何でああなるん?」

「そもそもサイレントの魔法とは何か」

「ああ、また始まった……」

「煩い聞け。音を消す魔法として何故音が消えるのか色々考えたんだ。音を伝播させないため原子分子の動きを止めるとか、空気の振動をさせないとか、逆位相の音で打ち消しているとか。いろいろだ」

「さっぱり分からんのじゃが」

 イクシマは首を捻るがノエルも同じで、そだねと言って肯いている。

「なんであるか? 面白そうな話であるが」

「爺どん! 駄目じゃ、聞いたら駄目じゃ! 後で神様に怒られるんじゃぞ! 大変なんじゃぞー!」

「むっ、そうであるか。それはいかんであるな」

 この世界で神の存在は絶対であり、それに関わる話であればジルジオでさえも引き下がる。アヴェラのように平然と使う方がおかしいのだ。

 アヴェラは咳払いをして続けた。

「故に思ったわけだ。音そのものが聞こえなくなるのではなく、音が聞こえないのだと」

「何が違うん?」

「簡単に言えば、音を聞くための鼓膜に作用する魔法に違いないわけだ」

 その結果として鼓膜に影響する魔法になり、さらに威力が強すぎたのか鼓膜が破れて突然の痛みと激しい耳鳴りが生じたのだ。戦場という場所故に、相手は何かの攻撃を受けたと思い倒れたのであった。

「どうだ、物理サイレンスの魔法! 完璧――」

「御兄様、御兄様」

 ヤトノが申し訳なさそうな顔をしているためアヴェラは察した。

「まさか駄目だったとか? もう使わない方がいいわけか」

「いえ、もう使えません。今回は人前でしたので、とっとと修正パッチが入ってしまって、そういう使い方が出来なくなったんです。ほんっと酷いんです」

「修正パッチ……」

 なかなかシステマチックな話だ。今まではアヴェラの魔法も禁止だけで修正はされなかった。案外と面倒な対応なのかもしれない。脳裏に浮かぶのは、必死にアップデート作業に取り組み残業する姿だ。

「ちなみに、どの神様が対応を?」

「風神めが関係ないと逃げたので、もちろん自称最高神ですね」

 ヤトノは真上を指さした。そこには燦然と輝く太陽が存在した。心なしか日射しが強まっている気がする。アヴェラは謝罪として頭を下げた。

 向こうでは激しい戦闘が行われている。

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