第233話 義憤にかられた気分

 村は燃えていた。

 駆け付けたアヴェラの息は乱れていない。思いっきり走って息を急ききらせては出来ることも出来なくなる。だから、程々の速度で走って来たのだ。ただし、他の騎士たちを置き去りにする速度であった。

 一緒に来られたのはヤトノは当然でノエルとイクシマ、そしてジルジオだ。

「さて」

 呟いたとき、ちょうど近くの民家から兵士が出て来た。にやけた顔だ。片手に女性の髪を掴み引きずり、もう片手に血に濡れた剣を持っている。

 アヴェラはそのまま大股で近づいた。

「…………」

「お? なんだ、お前」

「悪いけど、時報になってもらう」

 戸惑う兵士の腕を切り飛ばし、そのままヤスツナソードを腹に突き立てる。最近のヤスツナソードはお利口で、アヴェラの考えをよく理解するようになっていた。

 漏れ出る靄が男の体内で蠢き激痛を与える。

「うっ!? あああああっ!!」

 激しい叫びをあげる男はまさに時報だ。その髪を掴んだアヴェラは、男が先程そうしていたように、男を引きずって村の中へ進んだ。

 辺りに襲われた村人たちの悲鳴があったかもしれない。だが、それを掻き消す尋常ならざる男の悲鳴が撒き散らされる。あまりにも異常な叫びに村を襲っていた連中が手を止め次々と外に出て来た。

「ひのふのみぃ、と。ふむ、どうやら分隊程度であるな」

「どうすんじゃ? また競争するんか、爺どん。今度は負けんぞ」

「ここはアヴェラの見せ場であろう。孫の出番を奪わんのも爺の器量である」

「なるほど、出番を譲るんも女の器量というもんじゃな」

「そうである。というわけで――お嬢さん、大丈夫であるか?」

 ジルジオはキリッとした顔で解放された女性の元に近寄り抱き上げ介抱している。ノエルやイクシマから呆れ交じりの視線を浴びて気にもしていない。


「お疲れ」

 大凡の騎士兵士が出て来た様子に、アヴェラは時報から剣を引き抜き一閃して首を刎ねた。唐突に悲鳴が途切れたせいで、辺りは静けさを感じる程だ。

 そんな中でアヴェラは淡々と語った。

「世の中は理不尽だ、唐突に全てが崩れてしまう。それも運命と言えば運命かもしれない、仕方がないと言えば仕方ないのかもしれない」

 ゆっくりと視線を向けた先には、倒れ附し動かない姿が幾つもある。子供を抱えた母親の姿もあれば、年老いた親を庇った男の姿もある。敵わずとも立ち向かおうとしたのか木の棒を握りしめたままの老人の姿もあった。

 踏みにじられた者たちの姿に、かつての友を思い出す。

「だからこれも、運命で仕方ない事だと思え」

 アヴェラは動いた。

 一気に走って剣を振るうが、その速さに相手は反応できない。金属の鎧ごと胴体を両断した。身体を捻ると片手で反対を薙いで斬り付け命を奪う。ようやく動きだした相手が斬りつけてくるが、その剣の下をすり抜け、その先の相手を斬り上げる。そのまま振りかぶって振り向き背後の相手を頭から斬り下げた。

 恐ろしい斬れ味を持つヤスツナソードのお陰もあるが、それだけではない。

 単に斬れるだけであれば、相手の剣も斬ってしまい、その残りで傷つけられてしまう。相手がどう動くか、それに対し自分がとるべき行動と位置を瞬時に把握し判断するからこそ為せる行動だ。

 一撃で死んだ者は幸運で、致命傷を受けた者は死ぬまで苦しみ、浅傷だけの者は呪いに蝕まれ悶え苦しんだ。

「こ、これは?」

 駆け付けたアヴェラの配下が戸惑い、気付いたノエルが頭を下げる。

「えっと、すいません。近くの民家の救助をお願いしちゃったりしていいです? うん、私が指示するのは良くないかもだけど。その方がいいって思うから」

 その言葉を聞いて、皆は緩慢に頷く。その目はアヴェラから離せない。侮ってはいなかった、強いと思っていた。だがそれでも、ここまでの戦いが出来るとは思っていなかった。

 それは洗練された獣の動きで、殺意や敵意が冷たく鋭い。この相手が敵でなくて良かったと誰もが思っていた。

 しかしジルジオやノエルたちは呑気に応援しているのだが。


 ジルジオは孫の手腕に手を打っている。

「ほっほう、ほっほう。こりゃまた凄い、前よりも腕を上げたであるな。こんな戦いをするとは。流石は儂の孫である」

「ふっふーん。爺どん、凄かろう。あの首の斬り具合、最っ高なんじゃって」

「まさに匠の技であるな」

「そうなんじゃって!」

 感覚の研ぎ澄まされているアヴェラは、そんな言葉も聞こえている。首狩りマスターにされそうな様子に、ちょっとだけ危機感を覚えた。だが、とりあえず生かして残した兵士三人への対応が先だった。

 三人とも後ろ手に縛って膝を突かせてある。

「こ、こんな事をして。お前、どうなっても――」

「そういうのはいいんだ。さて、まずは色々と教えて貰おうか」

「無駄だ。殺されても喋りはしない」

「なるほど、そうか」

 アヴェラは軽く言うと男の髪を掴んで持ち上げた。そして死体の間で花を愛でていたヤトノを呼んだ。素足でぺたぺたやって来る姿に男は訝しげだ。

「ヤトノ、ちょっとこの人と目を合わせてくれるか。本気で」

「えーっ……御兄様以外の人と見つめ合えだなんて嫌なんです。でも嫌がる事をさせるだなんて、そんなところも素敵っ!」

「はいはい」

 軽く流すアヴェラにちょっとだけ口をへの字にして、ヤトノは男の前に行って屈んで目を合わせた。見た目は少女でも厄神の一部であり、その本気の眼差しを受ければどうなるか。

 男は声にならない悲鳴をあげるがアヴェラは放さない。大量の涙を零し涎をたらしてもアヴェラは放さない。痙攣が激しくなった辺りでアヴェラは放した。

「こうなるわけだが、ちゃんと生きている」

 解放された男の身体が崩れていった。縄が解け、何かの軟体生物が地面の上を這う。ところどころに人の身体の部分があり、目は瞬きを繰り返し口からゲラゲラと笑い声があがっている。

「しかも、まだ二人いる」

 その言葉を聞いた途端に、残り二人は何でも話すと誓った。

「我が孫ながらえげつないであるな」

 ジルジオの呟きは賛同を得られなかった。ノエルもイクシマも、ジルジオの悪戯と称する数々を見ており、この爺にしてこの孫ありと思っていたのだ。


 村の中で救助活動を行い、回復薬を放出して助けられる人は助けた。村人たちの誰もが打ちひしがれ項垂れている。

「ほれ、逃げるがよい。ここにおれば連中の仲間が来るぞ」

 ジルジオは良く響く声で言った。

 傷ついた者も苦しんだ者も、のろのろと立ち上がる。この時代においては様々な危機が存在し、村が壊滅することは珍しくも無い。嘆いて悲しむよりも自分が生き延びるため行動せねばならないと知っている。

「周りの村に行くのも良いが、連中は同じ事をするぞ。いや、もうしておるかもしれん。もしそこに親類縁者がおって、無事であるならば。知らせてやって逃げた方がよいであるぞ」

 村人達は焼け残った僅かな財産を掻き集め、着の身着のままで離散していった。後に残るのは廃墟と化した村だけだ。

「ああ言っておいて、相手の非道さを噂で広めさせるわけ?」

「ほう、分かったであるか。流石はアヴェラであるなぁ。では、敵兵を逃がしてやった理由は分かるか?」

「村人が犯人でないと敵軍に教えるため」

「他には?」

「ここらに伏兵がいると警戒させるため」

 アヴェラの言葉にジルジオはニカッと笑った。

「もう一声」

「逃げる方向で敵の位置を知るため」

「まだ言えるか?」

「うーん? 食糧が敵に買われて、しかも買い付ける財があると教えるとか? わざわざ買い付けるだけの必要がある戦力だと誤解させる?」

 ジルジオにのせられアヴェラは一生懸命に考える。こんなやり取りとは言え祖父と言葉のやり取りが嬉しく楽しいのだ。

「そんなところであるかのう。あとは、ズロヤトの黒騎士の性格を知っておると想像もできるぞ。奴は傲慢であり自分が最強と誇って譲らないそうだ」

「ああ、それなら自分の兵士を一人で倒した奴が居ると知れば反応すると?」

「よしよい、良く考えておる。あとはな、多少の情報を与えれば相手が勝手に悩みだす、そういうのも大事である。覚えておくと良い」

 ジルジオは、こっそりアヴェラを教育していた。そして打てば響くような反応に内心大喜びだ。

「よーし、それでは我が軍に合流であるぞ。それで連中は居もせぬ奴らを探して右往左往である」

 かんらかんらと笑うジルジオは間違いなく良い性格をしている。

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