第232話 事態自体は参じたい
人里離れた森の中。
そこに生える木は根元付近から枝葉が生え、濃緑色した三角錐のように伸び上がっている。木々が並ぶ様は壁のようだ。もし空から眺めれば絨毯のようにも見えただろう。
切れ目となるのは川筋である。
水面は木々の葉の色が映り込み濃緑色になり、そこに空の日射しが煌めいていた。名も知られていない虫や獣やモンスターが彷徨き極めて危険。人が近寄ることなど滅多にない場所である。
そんな川の湾曲して砂の溜まった場所にアヴェラたちは居た。
「綺麗な砂。ほらさ、これ前に行った海の砂浜みたい」
ノエルが両手で砂をすくいあげ、さらさらと零してみせた。
「キラキラして綺麗! お日様が砂になったみたい」
「それは石英が含まれているからだと思う」
「そうなんだね。でも、こんな場所に砂浜があるなんて不思議だね。海の神様が遊びに来たのかな」
「川が曲がってるからだな。曲がりの外側の流速が速くなって、遅い側に砂が堆積する。さらに断面方向で外側が掘れて内側に土砂が移動する現象も――」
夢のない解説をするアヴェラにノエルは肩を落とした。横で聞いていたジルジオは呆れ顔をしているし、イクシマは川で跳ねた魚を狙っている。感心しているのはヤトノぐらいのものだ。
アヴェラたちは騎士たちに見張りを任せ休んでいた。
近くには各村から買い集めた物資が山のように積んである。ここまで運び入れ隠したところだ。一番役立ったのはヤトノで、重い穀物袋を軽々と運んで――時には水面すら走って――いる。だから騎士や兵士から、明らかに超常の存在と認識され畏怖と敬意を受けるようになっていた。
「そう、サイレントの魔法だよ」
アヴェラが呟いた途端にノエルとイクシマがビクッと震えた。
それまで二人とも楽しそうにしていたのに、今では表情を強張らせている。今回は大丈夫だと、忘れてくれたと思っていたところに不意打ちだ。完全に動揺している。
だがジルジオは相好を崩した。胡座をかいて剣の具合を見ていた手を止める。
「ほほう、アヴェラは魔法もいける口であるか」
自慢の愛孫が剣に秀で、さらには魔法も使いこなせると知って大喜びだ。魔法というものは才能だけではなく、やはり神々の力が重要である。災厄の神の加護を受けた孫が、他の神たちからも認められていると知って嬉しいのだった。
神々がお祭り好きとか、太陽神が酷い目に遭っているとか、魔法の使い方がアレとか何も知らないが故だ。
もっともジルジオの場合は知っていても気にしないかもしれないが。
「良いであるぞ。流石は儂の孫! カカリアも魔法が得意であったからなぁ」
「爺どん、爺どん。喜ぶんはよいがな。アヴェラに魔法を使わせるんは駄目なんじゃって。そこは剣じゃって」
「ほう、それはどうしてであるか?」
「え、えーと。えーっとじゃな」
イクシマは両の拳で自分の頭をポコポコした。言うに言えない魔法もあり、広めるに広められない魔法もある。話を逸らそうと一生懸命に考えているのだ。はっ、と顔を上げる。
「そうじゃ! 爺どんの加護神様、どなた様なん?」
「ん?」
強引な話題転換に戸惑うジルジオであったが、にやりと笑って胸を張る。
「儂か、この儂の加護神さまは太陽神様であるぞ。空に燦然と輝き誰よりも目立ち力強くも優しく見守る。まさに儂の如きであるな、はーっはっはっは」
「……そうなん」
「なんであるか、何となく憐れみを感じるであるぞ」
「いや、うん。気のせいなんじゃって」
イクシマにとって太陽神はアヴェラのせいで、散々苦労している気の毒な存在という認識になっていた。だからジルジオに向ける眼差しも必然にそうなっていたのだ。
「ところでサイレントの魔法なんだが」
アヴェラが再び言うとノエルが縋り付いた。もう必死な様子で思い止まらせようと頑張っている。
「アヴェラ君ってば、そういうの止めようよ。ねっ、いまここで騒ぎを起こすのマズいんだからさ。あとで、どっか遠ーくの誰もいない場所でやろうね」
「そうじゃぞ、止めるんじゃって。よいな、我との約束じゃぞ」
二人の必死な様子にアヴェラは不満そうだ。ジルジオは事情を知りたい好奇心と、優れた危険察知能力の間とで揺れ動いている。
「報告です!」
いろんな意味で救世主となったのは、息せき切って駆けて来た兵士であった。森の方から草を押しのけ飛びだし、両の踵をつけ敬礼した。
「村が襲われております」
「ほう? 我が方にそんな無作法者がおったか……」
「いえ、確認出来た旗は敵国ズロヤト騎士団のものです」
「奴らであるか。そいつは酷いことになるであるぞ。被害状況は分かるか?」
「煙は確認、遠方のためそれ以上は確認できずです」
兵士は若いが優秀そうだ。憶測や主観を交えず、事実のみを淡々と告げている。
「よし、引き続き監視を続けよ。くれぐれも見つかるでないぞ」
ジルジオが指示すると兵士は再度敬礼し駆け戻っていった。付近に待機する騎士や兵士が落ち着かなげにして各自の装備を確認しだす。辺りに小刻みな金属音が幾つも響いた。
「さてアヴェラよ、どう思う?」
「相手騎士が自国領の村を襲っているなら、原因はここにある食糧かな」
「で、あろうな」
食糧の買い付けか徴発に来て、しかし既に穀物倉が空になっている。しかし軍としても食糧は必要であり、村に残っていた生きるための食糧を奪う事にしたのだろう。その過程で争いとなったか、業を煮やした騎士が一方的に火を放ったかしたと想像できた。
所詮は人の命がとても軽い世界だ。
「ふむ、お主の指示で大勢が傷ついたか死んだかしたであろうな。それについては、どう思うであるか?」
「試すつもりでも、意地の悪い質問だって思うね」
アヴェラは平然として答えた。
「まあ答えるのなら。火を放った連中が悪いだけで、食糧買い付けは関係ないってところかな。ちょっと情がなさ過ぎるから、もう少し悔しそうに言った方がいいかもしれないけど」
「よーしよしよし、流石は儂の孫!」
極めて可愛くない回答であるが、ジルジオに取っては満点だった。素晴らしい笑顔となっている。もちろんアヴェラの回答であれば常に満点なのだが。
「では、どうする?」
「どうもしない……と言いたいけどね」
アヴェラは呟いて立ち上がった。服についた砂を払っている。風で舞った砂埃が運悪くノエルの目に入っているが仕方が無い。
「気分が悪い」
「ほう?」
「多少でも言葉を交わした相手が傷ついたのは気分が悪い。一生懸命生きて罪もない人が襲われたのは気分が悪い。大事な家や暮らしが燃えたのは気分が悪い。誰かが泣くのは気分が悪い」
「ではどうする?」
「ぶっ潰す――と言いたいけどね、どうしよう」
アヴェラは口を横に引き結んで歯を噛みしめた。眉間には軽く皺が寄り目には強い力がある。感情は高まっているが、どうしてよいのか本当に分からないといった様子だ。
同じように立ち上がったジルジオは好ましい顔で微笑み、服についた砂を盛大に払った。またも運悪く砂を浴びたノエルが泣いている。
「お主は部隊を率いる者、やるべき事は、指示することである。なれば命じよ、それを実現するのが配下の務めである」
「そうなんじゃって!」
イクシマも元気に跳び上がるようにして立ち上がった。勢い良く衣をバサバサして砂を払ったので、またもノエルが泣いている。流石に憐れんだヤトノが水袋を持って面倒をみているぐらいだ。
「我に、いや我らに任せよ。お主の剣となり槍となり、お主が命じるがまま敵なす者どもの首を狩ってくれるんじゃ」
首狩りエルフが戦鎚を掲げると、周りの騎士や兵士も感化され――または汚染され――たのか、同じように剣を掲げた。皆がアヴェラに期待の眼を向けている。
「…………」
アヴェラはジルジオにしてやられたと思った。場の雰囲気を盛り上げ指示を出さねばならない状況に持って行ったのだ。恐らく、大公家の者として相応しい活躍をさせようという思惑だろう。
だが、不思議と嫌な気持ちではなかった。
むしろ珍しく心の中が熱く燃えている。前世の自分の記憶が自制と冷静さを促している。だが、今の自分を抑えきれない。
「では、あいつらを――ぶっ潰す」
皆が同じように武器を掲げ、ノエルもヤトノの手を借りつつ同じようにしてみせた。アヴェラも愛用のヤスツナソードを掲げるが、そこから立ちのぼる黒い靄も勢いが良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます