第229話 到着からの準備に準備

「アヴェラ君ってばさ、ナニア様と一緒に行かなくて良かったの?」

「いや、むしろ逆に行く必要を見いだせないんだよな。王族との挨拶だろ」

「あ、ごめんね。余計な事を言ったよね、うん」

 アヴェラが素っ気ないぐらいに言ったのでノエルは恐縮している。だからアヴェラは反省した。

「すまない、言い方が悪かったよ」

「ううん、アヴェラ君のことを考えれば当然だよ。余計な事だからさ」

「正直に言えば、ここでナニア様に関わると巻き込まれそうな気がするんだよ」

 そう言ってアヴェラは少し先にある天幕を見やった。

 立派な装飾のされた天幕だ。入り口前には王家の旗が翻っており、周りには実力のありそうな騎士たちが一分の隙も無く護衛についている。この国の王族が居るので当然の対応だった。

 王国軍にアルストルの軍勢が合流し、ナニアが報告に伺っている最中だ。

「アヴェラ君って、そういうの興味ないよね」

「全くないな。それにな、そういうのに関わって下手なことになってみろ。平和な日々に影響がでる」

 ひょいと手を伸ばしたアヴェラは、ノエルの耳にかかった髪を直してやり、ついでに横に居たイクシマの額を指で弾いてやった。

 どれも自然な当たり前の動きだ。

 こういった生活も下手に王族に謁見し、故意に口を滑らせたナニアによってアヴェラの血筋がバラされようものなら台無しである。理解したノエルだが照れて頬を染め恥ずかしげだ。ただしイクシマは赤くなった額を押さえて唸りをあげているが。

 いつもなら、それで終わりだが今は違う。何故ならジルジオが居るからだ。

「おうおう、アヴェラも言うであるな。曾孫を早う、早う!」

「ちょっと爺様、声が大きいよ。何と言うか気配りってものをね」

「かーっ、気配りであるか? ならばアヴェラも気配りせぬか。女子を待たせてどうする。んっんーっ? 折角野営の時も、皆から離れた場所にしてやったというのに。なーにをやっておるか」

 ジルジオはにやにや笑っている。何もしてない事を何故知っているのかは追求しないでおいた。余計な発言は墓穴を掘ると分かっている。


「まあ、ノエルなら従士扱いでナニア様の側に行ってもよかったかも」

「えっと私が?」

「信用出来る従士が居た方がいいだろ。でも野生のエルフは駄目だ。王族の前で叫んでみろ、エルフの恥どころかアルストルの恥になる」

 挑発的な言葉にイクシマは眉をあげたが、しかしここで声をあげれば思う壺だと堪えてみせた。

「えーっと、それどうかな。イクシマちゃんはアヴェラ君が変なこと言わなきゃ、ちゃんとしてるんだよ。うん」

「そうか?」

「そうだよ。それにさ、私の場合は加護が加護だから。運悪く何かしたら大変だよね。最近は不運の加護に感謝してるけどさ、でもやっぱり王族の方の前で失敗はしたくないよ」

 ノエルは頭をかきつつ明るく笑うと、横で聞いていたジルジオが微妙な何とも言えない顔をした。驚きとも困惑ともつかぬ顔だ。

「ちょっと待つであるぞ。孫の嫁のノエルに問うであるが、まさか不運の加護持ちであるのか」

「あっ、はい……あのっ、駄目ですか。つまりその、アヴェラ君に相応しくないとかそういう感じだったり」

「違うのであるぞ。あー、そうではない。つまりな、お前さんの母の名がミーマと言うのではないかと思ってな」

「はれぇ、アヴェラのお爺さんって、お母さんの知り合いだった!?」

「……昔に少しばかりな。そうか、そうかそうか」

 ジルジオは腕組みをして何度も頷き、それから優しく穏やかな目をした。

「はー、あの時の赤ん坊であるか。そうか、そうするとナニアに付き添わせても良かったかもしれんな。なにせ、なにせなぁ。王太子もおるからのう」

「王太子様が? それがどうして?」

「ん……いや、ミーマ殿の娘であれば行儀作法は完璧であろうと思ってな」

 ジルジオは優しげに笑った。

 その様子の中にアヴェラは微妙に違和感を覚えたものの、それを問いただす前にイクシマが両手をあげ、ぴょんぴょんと跳ねた。構って欲しい犬のような素振りだが、恐らく気持ちに大差ないだろう。

「爺どん爺どん、我はエルフが氏族のディードリの三の姫なんじゃぞ」

「ほうっ!? すると、あのヤオシマの娘であるか」

「なんじゃ、爺どん! 父上と知り合いじゃったんか!」

「おうっ、あいつは頼りになるが頑固で不器用な奴であったな。元気であるか?」

「元気なんじゃって」

 イクシマは誇らしげに言った。頑固なところも不器用なところも、それも含め父親が大好きなのである。


 ナニアは報告と軍議を終えて戻って来た。

 自分の天幕にアルストル軍勢の主要な将を集めると、今後の方針や状況などを述べていく。天幕内には随所に魔法の灯火が掲げられているが、戦地付近で使用されるもののため光量は抑え気味だ。

「このまま西進し、マール平原と呼ばれる場所で敵軍と対峙する方針です」

 テーブルの上に広げられた大地図を指揮棒で指し示していく。さらに先に横木の付けられた棒で敵軍を示す駒や、自軍を示す駒が動かされた。

「ただ偵察によると、敵軍にズロヤト騎士団の存在が確認されているそうです」

 とたんに辺りがざわつき、アヴェラは大凡察しつつも確認した。

「発言よろしいですか? そのズロヤト騎士団とは?」

「敵国における主力の一つですよ。どの騎士も死を恐れず勇猛果敢です」

 全員が魔法耐性の高い装備に身を包み、肉体の限界に近い身体強化の魔法をかけ相手を蹂躙する。特にそれを率いる将は黒騎士と呼ばれ一騎打ちで数多くを討ち取った存在だという。

「ここ最近は我が国が押されているため、これ以上の侵略を許すなというのが王命になります。厳しい戦いになるのは間違いないでしょうね」

「なるほど、相手が到着するのはいつなんです?」

「三日後ですね。それまでに我が方も陣形を整え待機する必要があります」

 アヴェラの問いにナニアは棒を使いマール平原に駒を移動させた。

「このように陣を配置し、相手を待ちます」

「待つ? 先に良い場所を占拠したり奇襲をしたりは?」

「これだけの軍勢ですから、下手に動けば察知されます。それに少数で奇襲をかけても返り討ちになります。それよりは陣構えを強固に整えるのが優先ですよ」

「なるほど、すいません。そういった知識がまるでないので」

「構いませんよ。疑問に思うことは、誰でも自由に発言して下さい」

 ナニアが気軽な口調で言えば幾つかの声があがる。だが、そのどれもが勇猛果敢に相手を蹴散らすため最前列に配置して欲しいといったものだった。


 アヴェラは自分の部隊に戻った。そこではノエルやイクシマが食事の準備をしている最中だった。一緒に戻ったジルジオがつまみ食いをして怒られている。

「やれやれ怒られてしまったのであるぞ。だが、ほれアヴェラの分であるぞ」

 ちゃっかり掠めたパンの一つをジルジオが無造作に投げてきた。それを見ないままアヴェラは掴み取って口に運ぶ。

「何やら考えておるのう。どれどれ、爺に言うてみよ」

「まず、この戦いは勝てると思う?」

「互角と言いたいところであるが、ズロヤトどもがおるので少々分が悪かろう。大敗とは言わずとも惜敗に近くなるであろうな」

「それは皆も理解している?」

「各軍勢の頭とその周辺はな。しかし、それを誰も口にはせん。態度にも出さん。それをすれば士気が下がり、惜敗が惨敗になってしまうのである」

「なるほど……」

 アヴェラは呟きつつ、先程の軍議で見た地図を木の枝を使い地面に描く。あとは枝の先で地面を軽く突いて小さな肯きを繰り返していく。

「さっきは奇襲と言っておったな。それを考えておるのか?」

 どうやらジルジオは先程の天幕に潜り込んでいたらしい。バレたらナニアに怒られたところだろうが、見事にバレずに忍び込んだのだろう。元大公が、そうした事に長けているのはどうかと思う所だ。

「最初はそう思ったけど、確かに意味がないね。大した打撃は与えられないだろうし、相手の警戒度があがって戦いがやりにくくなる」

「であろうな、英雄譚であれば勇ある騎士が敵陣に討ち入り相手を蹴散らすが実際にそれはありえん。この儂であっても一人では、騎士や兵を百か二百か斬り伏せて終わりであろう」

「戦いは数と?」

「その通りであるぞ。アヴェラは賢いのう」

 ジルジオは相好を崩しており、これから始まる戦いに対する不安は微塵もみせていない。ジルジオの胆力なのか、それとも数多くの戦を生き延びた経験によるものか、その両方なのかは分からなかった。


「でも負ける戦いはしたくない」

「うむ、それは当然である」

「負けそうであるなら、勝てるように仕組むのが最優先では?」

「ふーむふむ、何やら考えがありそうであるな。しかしどうした? 妙にやる気ではないか」

 辺りには良い香りが漂いつつある。

 アヴェラの隊では自重を捨てた商人の支援で食料は豪華で豊富だ。

 他の隊は、いつまで続くか不明な戦いに備え、食糧は控え目にしている。足りなくなれば近くの村々で買い求める必要もあるため概ね質素だ。

「さっきノエルとの会話で引っかかったけど。来てるのが王太子だから付き添わせたかったと言ってたのは?」

「やれやれ、アヴェラは本当に賢いであるな」

 小さく息を吐いたジルジオは軽く視線を巡らせ、向こうで運悪く皿を引っ繰り返し頭を抱えているノエルを見やった。

「あの子の母親ミーマはとても良い子である。生まれた子の不運が相手に迷惑にならぬよう自ら身を引いたのである。たとえ相手が……王太子であってもな」

「なるほど」

「あんまり驚いておらんな! 今のは驚くところであろうが」

「まあ、話の流れで察したから。驚いた方が良かった?」

「かーっ、かーっ! アヴェラはなんて察しが良くて賢い子であろうか! 儂は嬉しくて嬉しくて泣きそうであるぞ!」

 親バカの本家本元は伊達ではないらしい。ジルジオは悶えるようにして喜んでいる。自分はこうならぬよう気を付けようと思いつつ、アヴェラはノエルのために思考を巡らせた。

 アヴェラの場合は身内大好きの身内バカなのだ。もちろん、その自覚はないが。

「それなら……爺様、この部隊だけ別行動するから。その準備を始めて」

「なんじゃと? 今からであるか?」

「食べた後で良いよ。とりあえずナニア様の許可は貰わないとね、ちょっと行って頼んでくるよ」

 配下の軍勢に勝手をさせるなど通常はあり得ない。あり得ないがアヴェラが言葉を尽くして説明するとナニアは承諾してくれた。もちろん、その言葉の中には姉を慕う言葉が散りばめられたのは当然だった。

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