第227話 戦いは始まっている

 数日が経ち、アルストルから出征があると布告された。

 それをもって正式に出征準備が行われ、大公府の練兵所に集まったアヴェラたちにニーソが自信を持って告げる。

「アヴェラの部隊で使って貰うように、武器と鎧とかを用意したの」

 それは何台もの荷馬車から次々と降ろされていく。装備類だけでなく回復薬や食糧など、見るからに高級品といった品が次々と積み上げられていく。あまりの出来事にノエルもイクシマもジルジオでさえも呆れ顔。さらに騎士たちなどは目を丸くし口をあんぐりさせている。

 アヴェラは深々と息を吐いた。

「あのな、こんなのを大量に用意してどうするんだ」

「問題ないのよ」

「いや、そうじゃなくて。ナニア様から頼まれたのは知ってるが、ちょっとこれは金額がまずいだろ。流石に怒られるだろう」

「これはコンラッド商会からの贈り物なの」

「……はぁ?」

「あのね。アヴェラの部下の人が傷ついたら、最終的にアヴェラが危ないでしょ。だから、お金で買える安全は買っておかないとなの」

 普段の冒険者生活でも危険はあるが、戦場の場合はもっと危険。その万一を考えニーソは自重を止めたらしい。

 それでもニーソはまだ心配そうだ。

「他に必要なものがあったら言ってね。コンラッドさんも、お金に上限はないって言ってるから」

 恐らくはナニアから貰った情報で儲けられる額を還元しているのだろう。何にせよ王都の精兵ですら揃えていないだろう装備が並んでいる。これ以上には品質的に上は無いに違いない。

 呆れたアヴェラだったが、ふと思いついた。

「あぁ、そう言えば……」

「何でも言って、直ぐに対応するの」

「一つ試してみたい事はあるけど、今からだと時間的に難しいかな」

「大丈夫なの。そういうのは、お金で解決するから」

「そ、そう」

 アヴェラは怯みながらニーソに自分の考えを説明する。ただ説明も理解も難しい内容であったので何枚かの絵を描くことになった。


 騎士たちは装備の山に近づき、恐る恐る手に取った。

 そもそも剣や鎧というものは高級品。滅多に買い換えられるものでなく、殆どの騎士は先祖代々受け継がれた装備を補修し、だましだまし使っているのが現状だ。

 用意された最高品質の剣や鎧と、先祖伝来の装備を見比べ咽び泣く。

「なにこれ動かしても軋まないし動きやすい」

「軽い、軽いのに堅くて頑丈。着たままで走れそうだぞ」

「こっちの剣も見ろよ。なんて綺麗で鋭くて扱いやすいんだ」

「こんな物を使えるだなんて……壊したら弁償ものか」

「やべぇ、やべぇよ。この鎧、格好良すぎ。ちびりそうだ」

 その気持ちをアヴェラの前世で喩えるならば。何十年も乗った中古の軽自動車の代車として、最高級スポーツカーを新車で用意された気分だろう。恐くて使えないというのが現実だ。

 そこにニーソが爆弾を落とす。

「あのっ、その装備は皆さんに差し上げます」

 騎士たちは一斉に振り向き、ニーソを凝視したまま硬直した。

「戻られた時に破損していたら、買い直せる額をお渡しします。だから気にせず使って下さいなの」

 恐らく全員が胸算用したに違いない。どうせ装備は先祖代々補修しながら使ってきたのだ。この装備が破損したとしても補修して使えば良く、新品を買える額はまるまる懐に入れられると。

 全員が即座に整列し、背筋を伸ばし踵を揃え最敬礼の姿勢をとった。それは主君を前にするが如き恭しさで、金の力とはかくも偉大だ。

「あと、戻られた時に併せて慰労金もお渡します。もし皆さんに万一の事があっても、ご家族にお渡しします。でもそれは、アヴェラたちが無事に戻れたらなの。もしもアヴェラたちが無事でなかったら――」

 ニーソは微笑んで言葉を終わらせた。

 お金で買える安全は買っておく主義の相手が、ここまで破格の大盤振る舞いをした理由を理解出来ない愚か者は一人も居ない。顔を引きつらせる騎士たちのアヴェラに対する忠誠度――か、どうかは不明だが――は極限にまで高まった。

 カカリアやトレストの親バカに慣れているアヴェラだったが、ニーソのそれは突き抜けていた。アヴェラは頭を抱え声なき声をあげ悶絶し、その横でジルジオは腹を抱えゲラゲラ笑っている。

 そしてノエルとイクシマは顔を見合わせた。

「我、思うんじゃが。もしかしてニーソが一番ヤバイんでないか?」

「えーっとそうだよね、うん。私もそう思う」


 出征までの間を皆と過ごし相互理解を深めるのだが。アヴェラの配下たちは極めて慎重かつ丁寧な態度をとっている。

「やりにくいったら、ありゃしない。ニーソの奴め」

「アヴェラよ。分からんか、愛であるぞ愛」

「とにかく、これだと支障が出るでしょ」

「まあ、そうであるな。であれば、やるべき事はただ一つであるぞ。相手とわかり合うなら拳で語るのみ!」

 言うなりジルジオは皆を呼び集めた。

「よーしお前ら。今からアヴェラと拳闘をやるのであるぞ、拳闘。勝った奴の位階を一つあげてやる」

 騎士たちの目の色が変わった。

 この位階が一つ上がるだけで貴族の扱いは格段に違う。しかし位階の昇格は滅多になく、破格の功績がない限りは難しい。騎士が戦に出る目的の一つは功績を得る為でもある。

 その滅多にないチャンスを逃す騎士などいない。

「ちょっと爺様?」

「かーっ、情けない。カカリアであれば大喜びで前に出たぞ」

「別にやらないとは言いませんけどね」

 アヴェラはむっとした。自分の祖父をガッカリさせたくない気持ちや、良いところを見せたい気持ちもある。

 腰に帯びたヤスツナソードを鞘ごと引き抜き傍らに置く。ただ鞘ごとずりずりと動いて近づこうとするので、ノエルに頼んで預かってもらった。

「ううっ、なんか動いてるよ。と言うかね、なんだか呪われそうな気がする。でも任されたから頑張らないと」

 剣の柄から微妙に黒い靄が出てノエルの手をつつき、放せと合図しているようにも見えた。イクシマが払おうとすると、抵抗するように黒い靄が動いている。そんな感じなので多分大丈夫だろう。

 アヴェラが拳を構えて近づいて行くと、名乗りを上げた騎士が襲ってきた。拳は容赦なく顔面を狙って来たが、アヴェラはふわりと躱した。しかし体勢を整える前に、その騎士は蹴りを放ってきた。

 鋭い動きだったが、アヴェラはその蹴りを自分の足を上げて止めた。さらに掴んでから足払いをかけ転倒させた。

 周りから歓声があがり、手を叩き足を踏み鳴らし大騒ぎだ。

 その雰囲気は悪くないもので、次に向かってくる挑戦者に対しアヴェラは口元に笑みを浮かべて構えをとった。ジルジオ、カカリアと受け継がれた気質はアヴェラの中にも確かに存在するのだ。


「出征前に何をやっているんです?」

 ナニアは呆れ顔だ。

 それも無理なく、アヴェラの隊は全員が負傷したのだ。概ね全員をアヴェラが一度倒した辺りから雲行きが怪しくなり、我慢しきれなくなったジルジオも飛び入り参加して大騒ぎに発展。

 あまりの騒ぎに他から騎士たちが止めに入ろうとすれば、それに対しアヴェラたちが一致団結して抵抗。さらに応援が来て、大規模な乱闘騒ぎとなったのだ。

「良いではないか。うむ、景気づけである。騎士たちも気合いが入り。司祭たちは回復の技を磨くことも出来た。他の者も緊急時の対応を学べたであるぞ」

「お爺様?」

「あー、そうであるな。以後は気を付けるとしよう」

 ジルジオを黙らせたナニアはアヴェラを見つめた。乱闘のただ中に居たというのに傷一つ負わず、ジルジオに次いで相手を殴り倒した従兄弟に、どう注意すべきか考える。他への範もあるため、厳しい態度で臨む必要もあった。

 だがアヴェラの対応は素早かった。

「ごめん、ナニアお姉ちゃん」

「いま……何と?」

「ごめん、ナニアお姉ちゃん」

 素直な――ふりをした――眼差しを向けられたナニアは即座に許した。

「し、しかたありませんね。もうっ、今回だけですよ。そうです悪いのはお爺様でアヴェラは悪くありませんものね。それより怪我はないですか? お姉ちゃんは心配です。回復魔法は受けてましたけど念の為に回復薬、もう少し飲んでおいた方が良いかもしれません」

「ありがとう。でも迷惑かけて、ごめん」

「これぐらい大丈夫です。出征前の景気づけになりましたし、騎士たちも訓練になりましたし、司祭たちは救助の対応も練習できました。他の皆も緊急事態に対する心構えもつきましたから」

 嬉しそうなナニアを前にアヴェラは肯き、その横でジルジオは自分への態度との違いに不満そうに文句を言っている。いろいろ駄目な一族だ。

 そしてノエルとイクシマは顔を見合わせた。

「我、思うんじゃが。もしかしてナニアも駄目駄目でないんか?」

「えーっとそうだよね、うん。私もそう思う」

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