第226話 新たなる動きに
アルストル大公府に招かれたアヴェラたちだが、案内されたのはアルストル家のプライベート空間であった。従者たちの態度は、もう完全に一族の者に対するそれであった。
ただし承知しているのは古参の従者たちだ。
そうした人々は今まで全て承知しながら表に出せなかったそうで、やって来たアヴェラに大喜びで挨拶したり話しかけたりで大忙しである。
「若様のことは従前より知らされておりましたが、事情が事情故に何も申せずおりました。平にお許しの程を」
侍従長とメイド長が深々と頭を下げる。どちらも並の貴族よりも格上だ。下級騎士のエイフス家の自覚が強いアヴェラとしては困った気分だ。
「許すも何も気にする話でないでしょう。頭を上げて下さい。あと若様と呼ぶのはやめましょう」
「畏まりました若様」
「…………」
侍従長とメイド長はかつてジルジオにも仕えていた。あのジルジオを経験しているので、それ相応の性格なのは間違いない。もちろん悪い意味ではないが。
気にしても仕方がないため、アヴェラは開き直って気にしない事にした。
「おお、まるで若き頃のジルジオ様を見るようだ」
「全くです。あの眼です、あの眼。強い意志のある眼。でもカカリア様のような優しさもありますね」
「お顔立ちはカカリア様の雰囲気が見受けられます」
「お耳はジルジオ様です、絶対そうですよ」
「それなのに素直で穏やかで、しかも常識的! 素晴らしい!」
古参の従者やメイドが集まってわいわいやっている。まるで見世物パンダの扱いだが、多分間違っていないだろう。ただアヴェラとしては、ちやほやされるほど居心地が悪くなるばかりだ。
救いの主はナニアだった。
彼女がやって来ると、皆は恭しく礼をして去っていった。
「ごめんなさいね。アヴェラ」
従姉妹は従兄弟に対し気安い感じだ。しかし従兄弟は従姉妹だからと親しくはするが馴れ馴れしくはしない。
「お気になさらずナニア様」
「様は要りませんよ」
その返事でアヴェラは先程の侍従の皆の気持ちが分かった。様は要らないと言われても困るだけ、その通りにはできやしないのだから。
しかもナニアは更に困る事を言い出した。
「それよりも、これからはお姉ちゃんと呼んで下さい」
どうやらアルストル家の血が悪い方向に出始めたらしい。もちろん断固として拒否するアヴェラであった。
席に着いたナニアはカップを手に優雅にお茶を口にする。
アヴェラはカカリアから自然と教わった所作があり、ニーソも同様だが商会の中で更に洗練されている。ノエルも母から習って様になっており、さらにイクシマも日頃の姿からは想像もつかないがエルフの姫として嗜みがあった。
「さて、来て貰った用件ですが。一つ依頼を出したいのです。構いませんか?」
「構いませんよ。ちょうどフィールドに行こうかと思ってましたが、特に依頼があっての事じゃないですし調整は利きますよ」
「良かったです。では依頼内容を伝えますが、私の腹心として参陣して下さい」
「……参陣?」
ナニアの説明によれば、大公家に対し王国から参陣の依頼があったそうだ。そうなると総大将としてアルストルの一族が出るしかなく、それは現大公のハクフか娘のナニアのどちらかとなる。
本来であればハクフが出るだろう。
だがしかし、ナニアにはドラゴンライダーの称号があった。それがあるがため、各所からの要望が強いらしい。
「戸惑うのも分かります。確かにアルストルの血を引く二人が同時に出るなどありえない事ですからね」
「自分は何があろうとエイフス家の者ですけどね」
アヴェラは予防線を張ることに余念が無い。しかしナニアは華麗にスルーした。
「ですけど信用のおける存在が側に居て欲しいです」
「部下として仲間としてなら喜んで」
「それで構いません。アヴェラには部隊を一つ任せますので」
「……あのですね。単なる一般人に指揮が出来るとでも?」
何の教育も受けていないのだ。ゲームやアニメの知識はあれど所詮は机上の空論。人の命を預かり動かす場で、何の役にも立たない。何かやらかせば、それこそ末代まで語り伝えられよう。
「ええ、そうですね。分かってます。それには、いろいろ問題がありまして。部隊の指揮のそれ自体は全く問題なくてですね……ええ、はい……」
ナニアは妙に歯切れが悪く、しかも目が泳いでいる。凄く嫌な予感がする。
「実を言えば、今回の件がお爺様の耳に入ってしまったのです」
「あぁ……」
アヴェラは全てを察した。
つまるところアヴェラの役目はジルジオのお目付役だ。どう考えても困難な依頼である。それならカカリアに頼んだ方が間違いないが、自分の母親を戦場に送り込むなど出来ようものか。
ナニアはアヴェラの横に座るニーソへと視線を転じ微笑んだ。
「布告は四日、出陣はその十日後となります。この情報は、まだ大公家の関係者しか把握しておりませんよ」
「ありがとうございます。あまり目立たない程度に活用させて頂きます」
「奥ゆかしいですね。派手に稼げば宜しくなくて?」
「戦争でもそうですけど。一人勝ちしすぎると後が恐いですもの」
「それもそうですね。では、適当に広めてどうぞ」
コンプライアンスのない世界だが、ニーソには良識と判断力がある。一時の儲けより同業者への貸し、そして大公家との繋がりの誇示を選んだようだ。その方が長い目で見れば儲かるに違いない。
「では練兵場に参りましょうか」
「まだ早いのでは?」
「情報の滲み出しというものですよ。いろいろ任されてまして」
どうやらナニアも周りへの貸しをつくり人脈強化らしい。つまりそれは順当にナニアがアルストルの後継者の道を歩んでいることでアヴェラは安心した。
「いや、待てよ……」
そうなると、ここでアヴェラが顔を出せばナニアの人脈つくりに巻き込まれかねない。
「ぬ? お主どうしたん? 早く行くんじゃって。練兵場は広いぞー、思いっきり動き回れるに違いないんじゃぞ」
まるでドッグランを楽しみにする犬の如き様子だ。さらに飼い主を急かす様子でアヴェラの手を引っ張る。
「いや、今はあんまり行きたくないんだが」
「どしたん? お腹でも痛いんか?」
「違うに決まってるだろ。ちょっとは機微とか、察しとかはないのか」
「ふえええっ。お主、なしてそんなこと言うん? 我は心配しておるのじゃぞ! どうしてそうも酷い言い方をするんじゃ!?」
騒ぐイクシマを宥めることもできず、仲裁に入ったノエルも巻き込み騒ぎ、最後はニーソが穏やかに促し統率し、結局そのまま練兵場へと到着してしまった。
何にせよアヴェラの心配は欠片も残さず消滅した。ただ代わりにもっと面倒が起きたとも言える。なぜならば練兵場にはジルジオが居たからだ。周りには十人ほどの騎士がいた。
「うはははっ! 弱い! 弱すぎるであるぞ、お主らぁ!」
ジルジオが木製とは言え大剣を振り回し騎士を殴り倒した。
「どうした掛かってこい! そんなもんで敵将の首が取れると思っておるのか! 腹に力を入れんか! 次っ! 儂を殺す気で来い!」
その声に大柄な騎士が突撃するが、ジルジオは大剣の柄で殴りつけたあげく足払いをかけ引っ繰り返した。あげく、その顔の横に大剣の先を叩き付ける。
「ふはははっ、はーっはっはっは!! 儂、最強!」
ようやくジルジオは孫二人に気付いた。
大剣を肩に担いで意気揚々とやって来る。堂々として全身に覇気が満ちて、これから始まるであろう戦に向け気合いが入りまくっていた。
「おうおうおうっ! 来たか二人とも!」
「お爺様、何をされているのですか」
「おうよ! 戦に備えてな、この儂が最強という事実を改めて知らしめておるのであるぞ! うははははっ!」
「私が皆に知らせる予定でしたのに」
「……すまぬ」
孫娘の恨みがましい視線にジルジオはションボリした。後ろで騎士たちが快哉をあげているので、ナニアの人脈は順当に強化されていそうだ。
そして騎士たちはアヴェラたちに興味深げな視線を向けている。
「おう、お前ら。よーく聞くのであるぞ。このアヴェラは儂の孫である!」
驚愕の声があがり、もちろんアヴェラも驚愕した。
「ちょっとぉ! どうして、それを言うわけ!?」
「いかんか? 事実を言っただけであるが」
「いろいろ台無しなんだけど」
「ふむ。素性を隠して颯爽と活躍して後で正体を明かすつもりであったか。うむ、儂も若い頃によくやったものである」
「違います、一緒にしないで」
アヴェラは取り繕う気も失せジルジオに冷たく言った。それで騎士たちは二人の関係を事実と理解している。
ジルジオは拝むような真似をして軽く頭を下げた。
「すまぬ、すまぬ。よし、詫びと言ってはなんであるが。ここは一つ、儂と手合わせするであるぞ」
「そのどこが詫びなんだろう」
「よいではないか。孫と剣を交えて語り合う! 最高であろうが」
「開き直った」
だがしかし、そこでイクシマが大声をあげる。
「待て待て待てーい。ならば、まずは我が相手になるんじゃって」
「ほうっ! 孫の嫁の一人と剣で語らう! それもまたよし!」
またも爆弾発言で、騎士たちのアヴェラに向ける眼差しが微妙なものへと変じてしまった。
「相手にとって不足なし! さあ掛かって来るがよい!」
「我の力を見せてやる! ぶちのめしてくれようぞ!」
咆えたイクシマはとっとこ走って、そこらに立つ騎士の一人から訓練用の剣を分捕った。完全に戦闘モードに入って眼も爛々とさせている。アヴェラの理想とする知的で儚げなエルフ像とはかけ離れ過ぎだ。
「ひゃーっ! 戦闘じゃあ! 最っ高よのー!」
イクシマは木剣を振り回し、遠慮の欠片もなくジルジオへと襲い掛かった。二人はガンガンと打ち合い、合間に蹴りを入れ頭突きもして激しい戦いぶりだ。
呆れきったアヴェラの横で、ノエルがおろおろする。
「あのさ、アヴェラ君。止めなくていいのかな、お爺さんが怪我とかしたら」
「すると思う?」
「えーっと、うん。実はあんまり思ってない」
「だよな」
「うん、まあそうだよね。それよりなんだけどさ、アヴェラ君が指揮するのってさ……もしかして、この騎士さんたちかな」
「恐い事を言わないでくれ」
周りの騎士たちは拳を振り上げ、声援をあげ、剣で盾を叩いて騒いでいる。控えめに言ってもゴロツキといった風情だ。
ナニアとニーソが談笑する横で、アヴェラは止めどなく不安になっていた。
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