第225話 行き先未定

 コンラッド商会の専用部屋は、ますます私物が増えていた。もはや自室と言っても良いぐらいだ。寝泊まり出来る状態であるし簡単な調理も出来るし、その他に生活に必要な設備も商会のものが利用可能だ。

「ノエルとイクシマは、ここに住めばいいのでは?」

 アヴェラの言葉に、しかし二人は思案顔だ。

「うーん、そうなんだけどね。そこまで頼っちゃうのはどうかなって思う部分もあったり。だってほら、冒険者として成果があるからこその場所だから」

「ノエルは良い事を言う。まさにその通り。我らの価値があるからこそ与えられたのであり、その価値がずっと続く保証はないのじゃ。常に先を見据え計画的に生きねばな」

「でもイクシマちゃんって、いつも無計画に買い食いしてるよね」

「それとこれは別じゃ」

 イクシマは菓子を囓りつつ、しれっと言った。エルフらしい尖った耳に整った顔立ちだが、いろいろと残念な部分がある。そのコレジャナイエルフは、そのまま部屋の壁を指さす。

「それよりもじゃ! なんで、ここに小姑なんぞの絵があるん?」

 壁に少女を描いた絵画が飾られていた。

 黒髪に白服の清楚で可愛らしい顔立ちの少女像のモデルは、もちろんヤトノだ。勢いがありながら精緻な筆遣いで描かれ、それは名画と言っても不思議ではない見事な出来だった。

 アヴェラにじゃれついていたヤトノは気分を害し、緋色の目を鋭くさせた。

「なんぞ、とは何ですか。なんぞ、とは。失礼なんです」

「じゃっどん、おかしかろが。なして小姑が描かれとるん」

「ふふん嫉妬ですか? そんなの当然でしょう、御兄様がわたくしをモデルにと推薦してくださったのです。モデルに相応しいからこそ選ばれたのです」

 実際には思いつきで選んだことをアヴェラは黙っておいた。嬉しそうな様子に、わざわざ水を差す必要は無い。

「まあ、どこぞの耳の長い小娘には無理でしょうけど」

「ずるいぞー! 我も絵に描いて欲しいんじゃ!」

「構いませんけど、一週間ぐらい身動きしないでジッとしてる必要がありますよ。小娘にそれが出来ます?」

「ふぁ!? なんぞそれ」

 実際には描いた者がヤトノを前にして精神を削られ、己の芸術性と自我を保つため芸術性を爆発させ何度も描き直したが為の一週間だ。何にせよイクシマに絵のモデルは無理な話だろう。僅かな間もジッとしていられない性格なのだから。


「むっ、そんな大変なんか……」

 イクシマはそれでも羨ましそうに絵を見つめた。だが、直ぐに訝しげな顔となる。そして目を瞬かせながら首を捻った。

「なんぞ……この絵……なんか見つめてきよる気がするんじゃなが」

「イクシマちゃんってば、変なこと言わないでよね。気のせいだからさ、うん。モデルがヤトノちゃんだからって、そういう事はないって思うよ。ないよ、絶対にないよ」

「そ、そうじゃよな。気のせいじゃよな」

「だよね。あはははっ」

 ノエルは乾いた笑いをあげ後ずさりした。もちろんイクシマと同じく視線を感じているからだ。その絵画のヤトノは妙な存在感があった。モデルがモデルなので気のせいとは言い切れ恐怖がある。

 しかしアヴェラは気にした様子もなく絵に近づく。

「別にいいじゃないか。モデルも良いし良い絵だな」

「ですよね、御兄様の仰る通りです」

「これはきっと歴史的な名画になりそうな感じがする。しっかり保存した方がいいだろうな」

「大丈夫なんです、これを傷つけるなんて絶対に無理ですから」

 ヤトノも描かれたヤトノも一緒に嬉しそうで得意そうな様子だ。しかしそれもアヴェラの言葉を聞くまでだ。

「ケイレブ教官は骨董好きだから、こういうのも興味あるかもしれない。お祝いに贈るのも良いな」

 出産祝いのつもりだが、恐らく考えられる中で最も最悪な出産祝いかもしれない。なにせ災厄神の一部を描いた絵なのだから。ただ、いつも変なものばかり手に入れるケイレブには相応しい贈り物かもしれないが。

 ノエルとイクシマはありえないといった様子で首を横に振っている。

 そしてヤトノは涙目だ。

「御兄様!? わたくしを手放すのですか!」

「いやヤトノでなく絵なんだが」

「だーめーでーすー! この子は未来永劫、御兄様の子孫を見続ける予定なんです。だから変な処にやらないで下さい」

「子孫を見続けるなら、ヤトノがやればいいのでは?」

「はい? そういうのはちょっと……」

 ヤトノは照れた顔をして両手を頬にやりクネクネした。

「だってわたくし、御兄様の魂に絡みつきますから。もう未来永劫その傍らにあって寄り添い続ける予定ですので」

 存在が存在なだけに冗談とは思えない言葉だ。アヴェラは軽く苦笑しただけだが、イクシマは両手をあげ身を仰け反らせる。

「恐っ!」

「なんです小娘。わたくしのどこが恐いというのですか!?」

「どう考えたって恐いじゃろがー! と言うかなー、そんなん呪いじゃろが」

「純愛です、純愛。それに呪いも愛も一緒なんですから、いいじゃないですか」

「こやつ開き直りおったぞ」

 ヤトノとイクシマは互いに威嚇しあうため、ノエルが間に入って仲裁している。このメンバーにおける良心でありお世話係なのだ。


 そんな賑やかしい部屋のドアが開きニーソが顔を出した。その手に重そうな荷物があると気付いたアヴェラは直ぐ手伝いに向かった。

「あれ? どうしたのヤトノ様とイクシマちゃん?」

「気にしなくていい、いつものじゃれ合いだ」

「そうなのね。やっぱり仲良しよね」

 もちろん両方から否定の声が上がるものの、アヴェラは元よりニーソも気にしなかった。良くあることで、すっかり慣れきっている。

「よいしょっ、フィールド用のアイテムを見繕ってきたの。どうかな?」

「急に無理言ってすまなかったな。重かっただろう」

「ううん、いいのよ。大丈夫なの」

「言ってくれれば運んだのに」

「ありがとう」

 アヴェラと話すニーソの様子にノエルとイクシマは微妙な顔になった。それはまるで凄腕狩人を前に格の違いを見せられた見習いのような有り様だが、概ね間違ってはいないだろう。

 テーブルの上に荷物が置かれる。

 黒い液体の入った瓶や丸薬、無骨な鋏や鉈など様々だ。興味をひかれたイクシマがさっそくやってきて、手を伸ばして触っている。

「なんぞ見た事のないもんじゃな」

「えっとね、それ毒薬なの」

「ふええっ! そんなん何に使うん?」

「沼地に嵌まったら辺りに撒くの。沼の中にいる相手を追い払うそうなのよ」

「そんなん別に叩き潰せばよかろう」

 平然と言ったイクシマの頭をアヴェラは小突いた。少し強めであり、傾いた頭で金色の髪がさらさら流れた。

「何すんじゃって」

「あのな沼の中にいる相手に攻撃が通じるわけないだろ。ん? 分からんか」

「じゃっどん。水を叩けば相手が驚いて逃げるじゃろが」

「泥水だぞ、見えないだろ。そこを小さなウネウネした生き物が静かに忍び寄って、水中で服の隙間から入り込んでだな――」

 アヴェラはイクシマの襟首に手をやると、そこから首筋に触れた。

「――こうやって張り付き血を吸うんだ。それも何匹も何匹も群れでやって来てる。気がついたら身体中に張り付いているわけだ」

「やめんかああっ! 恐い想像させんなあああっ!」

「だから毒薬が用意されるんだろ」

「うううっ……そんなとこ行きとうない。なあ沼地に行くの止めんか?」

「フィールドに行きたかったんだろ? どうした、喜べよ」

 アヴェラの指先に頬をぐりぐりされてもイクシマは項垂れている。ノエルも凄く行きたくない顔をしていた。ヤトノは毒薬の味見をして美味しそうな顔をした。

 部屋のドアがノックされた。

 そっと開けられ一人の女性が顔を出す。商会の従業員のため、ニーソが行って用件を確認。直ぐに戻って来た。

「あのね、大公府からの連絡でナニア様なの」

「うん?」

「私も含めて、アヴェラたちにも来て欲しいそうなのよ」

「ふうん、何だろうな」

 呼び出しだけなので内容は分からない。

 ただ、こうして急ぎで呼び出されたのだ。急用であることは間違いなかった。考え込むアヴェラとニーソの横でノエルとイクシマは手を打合せた。どうやら沼地行きがなくなって喜んでいるらしい。

「ふむ、何やら面白そうな気配」

 ヤトノは毒薬を再び味見している。きっと美味しいのだろう。

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