◇第十七章◇

第224話 新しい動きのそれぞれ

「全っ然! フィールドに行っておらんのじゃって!」

 イクシマは声を張りあげ主張した。両の拳を力一杯上下させるので、金色の髪がそれに伴い激しく揺れる。しかも席に座りながらのため、テーブルの上の食器が音をたてた程だ。

 置いてある調味料入れが倒れそうで、アヴェラはそれを手に取り救助した。

 そこは冒険者が集う食事処。

 大勢の冒険者がいて賑やかしく飲み食いの最中だった。新人冒険者や下級冒険者が多く、中級冒険者として知られるアヴェラたちは一目置かれている。

 混雑しているため注文の料理はまだ提供されていない。

 先程からちびちびと水だけを飲んでいる状況だ。

「なるほどそうか、分かった」

「うむっ、分かったか。褒めてやろうではないか」

「そうだな。いろいろ私事で迷惑をかけた、仲間だから大丈夫だろうと思って甘えて悪かった。とても反省している、すまなかった」

「えっ? そういう意味でないんじゃって」

「本当にすまない、イクシマに悪い事をした。ノエルのように優しく受け入れてくれるとばかり思って甘えていた。まさか迷惑がられていたとは思わなかった」

「まっ、待て。待つんじゃって、我はそういうつもりでないぞー」

 イクシマはあわあわ慌てたばかりか涙目にすらなっている。その姿は捨てられる不安に怯える仔犬のようであり、実際そういった気持ちに違いない。

 しかしアヴェラは小さく頭を振る。

「これからはイクシマに甘えることは絶対にしないでおこう」

「アヴェラ君、それぐらいにしないと」

「ん?」

「ほらさ、イクシマちゃんが本気にしてるんだよ」

「おや本当だ」

 涙目でプルプルしているイクシマの姿を見やり、アヴェラは調味料入れをテーブルの上に戻した。

 そんなアヴェラには周囲から羨望と嫉妬の眼差しが向けられている。

 なにせノエルとイクシマという見目麗しい二人と親密な様子だから当然だろう。偶に舌打ちが聞こえるのも仕方ないことだった。


 そんな時に新しい客が入店した。客は空いている席を探して店内を見回し、ふと動きを止め、人の動きを軽く躱しながらアヴェラに近づいた。

 気付いたアヴェラは軽く目を開き笑顔になる。

「ウィルオスじゃないか」

「よっ、相棒久しぶり」

「こないだは助かったよ」

 それは砂漠で事件があった時のことだ。遠路はるばる砂漠を越えた直後、アルストルまで急使に行く無茶な頼みをウィルオスは快く応じてくれたのだった。

「いやいや、気にすんなって。それよか、あの届け先には参ったぞ」

「まあアルストル大――」

「おっとそいつは言わない方がいいな。何にせよだな、お陰でそちらの方との伝手が出来てさ。いろいろ頼まれたりしてるってわけさ。どうだ凄いだろう」

「それは凄い」

 アヴェラは素直に喜んだが、ノエルとイクシマは微妙な顔をした。なぜならウィルオスに出来た伝手はアルストル大公だが、アヴェラ自身はアルストル大公の甥っ子にあたるのだ。

 恐らくウィルオスが大公に気に入られたのもアヴェラの紹介だからだろう。もちろん、その頃のアヴェラは自分の血筋を微塵も知らなかったのだが。

「そういや礼をまだしてなかった。ごめん」

「ん? ちゃんと報酬は貰っただろ」

「それとは別にだよ」

「十分ってもんさ、お前には命を救われてんだからな。それ以上貰ったら、俺の加護神様に怒られる」

「それだと気が済まない」

 アヴェラは友達を大事にしたかった。

 友達が少ないという事もあるが、友達を一人喪ったばかりなので余計にそうしたかった。通りかかった店の人を呼び止め、金貨を一枚渡しウィルオスたちに好きなだけ飲み食い出来るよう頼んだ。

「おっ、なんか悪いな」

「別にこれぐらいはね、気にしないで欲しい」

「ならちょっと情報提供。最近、沼地のフィールドが開通したらしい。まだ誰もフィールドボスを倒してないんでな。良かったら挑戦してくれよ」

 軽やかに笑ったウィルオスは軽く手を挙げ、仲間達の席に向かった。


 アヴェラは席に座り直す。

 向かいに座る見た目は金髪美少女から期待の目線が向けられているが、それに関しては素知らぬ顔だ。

「やあウィルオスとは久しぶりだったが元気そうで良かった」

「そうだね。でもさアヴェラ君」

「分かってる。ちゃんとしたお礼は、またいずれだな」

「それもうそうなんだけどさ、そうじゃなくって。ほらさ……」

 ノエルは自分の隣でうずうずしている生き物を気にしている様子だ。しかしアヴェラは腕組みして深々と頷いた。

「うん、もちろんウィルオスの負担にならないようにする。差し当たってはニーソに頼んで何か用意して貰おうか」

「もーっ、分かっててそういう態度は良くないって思うよ」

 軽く頬を膨らませるノエルの様子にアヴェラは肩を竦め、先程から期待に満ちた目を向けてくるイクシマに目を向けた。

「イクシマお嬢様は何やら期待しておられる御様子のようで」

「分かっとるんなら、つべこべ言うんでない。これ以上勿体をつけるなら」

「つけるなら?」

「我はここで泣くぞ。いいか駄々っ子みたいに、ここで泣いてやるんじゃって。いいんか、恥も外聞もなくやるぞ」

「……やめろよ」

 アヴェラは脅しに屈した。これでも世間体は気にする質なのだ。

 それでイクシマは嬉しそうな顔になる。少なくとも外見だけなら、見る者をときめかせる美しいエルフだ。それはもう辺りで食事中の冒険者たちが思わず見とれる程だった。

「分かったよ、フィールドだろ。その沼地に行こう」

「うんうん、最初っからそう言えよー。我はこの上なく嬉しいぞ」

「まあ殆ど知られてないフィールドだからな。事前準備はしっかりしよう」

「ええーっ、我は早く行きたいんじゃって。とっとと行って、そんで様子を見てから準備をするのはどうじゃ?」

「それも手だけどな。うちには突撃特攻エルフという生き物がいるからな。これの手綱を握りながら引き際を見定めるのが難しい」

 失礼な物言いにイクシマはムッとしたが、自分でも多少は自覚があるらしく、それ以上の文句は言わなかった。

「ちゃんと行くから、少し待て。安全第一だろ」

「むう、分かった」

「とりあえず情報収集とそれに基づいた準備をしよう。でも、まずやるべきは」

「やるべきは?」

「腹ごしらえかな」

 ようやく運ばれて来た料理を見ながらアヴェラは言った。


「ふぃー、満腹なんじゃって」

 イクシマは嬉しそうに言った。大盛りを頼んだ挙げ句にノエルが残した分まで平然と平らげており、エルフに幻想を抱いていた少年たちに現実を知らしめた。

 空は薄い白雲に覆われているが穏やかな天気だ。

 淡い黄色の漆喰壁に挟まれた小路を、木の棒を持った子供らが駆けていく。壁の向こうには枝葉の茂った木があり、その向こうを数羽の鳥が過る。遠くから聖堂の鐘の音が響き、穏やかな昼下がりの空気感だった。

 姿を現したヤトノはアヴェラの腕に抱きつきイクシマを睨む。

「この小娘ときたら、遠慮無くガツガツと食べて」

「なんじゃとー? 食べて良いと言われたから食べただけじゃって。あと小娘言うな、小姑めが」

「そういう時には気を使って、遠慮するものなんです。小娘小娘」

「我は食べ物が残らぬように気を使ったんじゃぞ。小姑小姑小姑」

「ほんっと失礼。食べたら太る呪いをかけますよ」

「やっ、止めよ。冗談でもそんなこと言うでないぞ」

「どうして太らず、こっちに肉がついているのでしょうね」

 ヤトノは口をへの字にしながら手を伸ばし、イクシマを軽くはたいた。質量のある部分に一撃を受けイクシマは痛そうに顔をしかめている。

「何すんじゃって!」

「ふんっ、痛いのなら御兄様にさすって貰うと良いでしょう、いえ優しく撫でてほぐして貰う方が良いかもしれませんね」

「ふえええっ! は、破廉恥なこと言うでない!」

「はぁっ……この小娘ときたら、これなんです。先が思いやられます」

 ヤトノは心の底から息を吐くとアヴェラの腕を抱きしめもたれ掛かった。


「御兄様、お腹は空いていませんか? ちゃんと食べられましたか?」

「もちろん自分の分は暴食エルフから死守した」

「流石は御兄様です」

「それに店の味だからな。そこまで腹いっぱい食べる気もないさ」

「美味しくなかったのですね。この世で最も罪深い店でしたか」

 ヤトノの問いにアヴェラは軽く唸った。

「そうじゃない。店は味付けと油が多めだからな、食べてると途中で飽きるんだよ。だから出来れば家庭料理がいいんだ。いつもヤトノが頑張って手伝ってくれてる味だな」

「まあ御兄様ったら。わたくしを喜ばせてどうするのですか」

 照れるヤトノはアヴェラに抱きつきながら頬ずりまでしている。すっかりでれでれであり、これが災厄神の一部などと誰が思うだろうか。

「と言うわけで、二人にも期待してる」

 アヴェラが言うとノエルは両手で頬を抑え恥じらった。しかし、そういった機微や恥じらいという概念がないエルフは張り切った様子だ。

「はっはーん、ならば我に任せよ。お主はいたく我がエルフの料理を気に入っておるからな。こう見えて我は料理上手じゃぞ。なにせ昔は一人で生活しておったからな」

「ぶつ切り魚を適当に煮たものは認めない」

「なんじゃとぉ! お主、美味い美味い言いながら食べておったでないか!」

「確かに言った。でもな、いま言ってるのは家庭での料理だ。分かるか? フィールドでバクバク食べる料理とは違う」

「むぅ、じゃっどん我はそういうのは……知らぬ」

 イクシマは授かった加護が原因で、長い期間を孤独に過ごしている。もちろん家族で食卓を囲む経験も殆んどなく家庭料理の味も習得していない。

 だがアヴェラは優しく笑った。

「勘違いするなよ。家庭の味ってのは、その家庭でつくる味だ。だから、これから一緒につくっていけばいいだろ」

 それでノエルもイクシマも小さく、けれどしっかりと頷いた

「でも、ぶつ切り魚は認めないがな。さてニーソのところに行こうか。新しいフィールドの準備をしよう」

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