三匹が往く4

 厳しい顔のジルジオが歩を進めれば、殆んどの者は道を開けていく。威風堂々とした姿に自然と畏れを抱き道を譲るのだ。しかし、そんな中で間近を擦れ違う者もいた。

 その相手が視線を向けもせず短く言葉を発し通り過ぎ、ジルジオは首肯した。

「なるほど、あちらか」

「あの? 今のは誰です?」

「なーになに。後ろにおる年寄り連中の知り合いの一人である」

 困惑した様子のケイレブにジルジオは軽く言った。その年寄りは盗賊ギルドの元幹部で、擦れ違った者は連れ去られたミーマの居場所を囁いてくれたのだ。

「おーっし、急ぐであるぞ!」

「お前ら、遅れんじゃねぇぞ」

 ジルジオとアクユが声を張りあげ走り出すと、年寄り連中が声をあげ続いた。どれもこれも一癖どころか二癖以上もありそうだ。それにケイレブも戸惑いながら付いて来ている。

 町並みを駆けていく。

 目指すは元スラム街の近くで、今は冒険者関係の施設が建設中の場所だった。

 その場所の広場では人が集まっていた。作業中の職人たちが、しきりに声をあげ不安で心配そうに何だかんだと言っている。年寄り連中の中から元警備隊関係者が出て人を近づけないように手配しだした。

 さらに突き進んでいくと、腰高にまで積まれた石壁の場所にミーマがいた。周りには十人以上の騎士と兵士の姿がある。昨日懐柔した連中とは別口という事だ。

「用意周到なこった」

 向かいながらジルジオが言うと、相手は驚いた顔を見せた。緊張した様子だった。どうやら、これほど早く見つかるとは思っていなかったらしい。

「やってしまえい!」

「女子供に恐いことすんじゃねぇぞ!」

 ジルジオとアクユは間髪入れず突っ込んだ。もちろん回り込んでいた年寄りが、周囲から一斉に石壁を乗り越え襲い掛かる。皆は慣れたものだが、ケイレブは一瞬出遅れている。投降も呼びかけず動くとは思ってなかったからだろう。

「うはははっ、死ねい!」

 突き進むジルジオたちだが、傍から見れば女性を守る騎士達に蛮族が襲い掛かる姿に見えなくもなかっただろう。


 殆んどの勝敗はあっさりつく。

 いずれも年寄りとは言えど各分野で名をあげた騎士や剣士や兵士や警備隊員や冒険者。毎日元気に後進を指導しボコボコにしているような爺も含まれている。そもそもが過剰戦力だったと言えよう。

 しかし、それでも手を焼く部分はある。

「近寄るな!」

 最後に残った騎士と兵士数人はミーマに剣を突きつけ抵抗した。

「おうおう、情けない事をするでないぞ。女子供を傷つけてどうする、諦めて投降するのである」

「黙れ!」

「他の連中みたいに、新しい主を紹介してやるぞ。そんな仕事をやらせる連中よりは、よっぽど良いと思わぬか?」

「黙れ黙れ、黙れ!」

 騎士が激しい声をあげると、ミーマの抱きかかえる赤ん坊がむずかり泣き出した。その泣き声に騎士はさらに苛立っていき、ジルジオは心の中で舌打ちした。ちらりと周りに目をやるが、投擲用短剣を構えた知り合いが渋い顔で首を横に振る。

「私は私に下された命令を完遂するのみ!」

 止める間もなく、騎士は振り向きざま長剣を薙ぎ払った。

「うーっ!」

 赤ん坊の声が響き――何か、何かの潮目が変わった。

 騎士の鎧の留め具が突如として外れ脱落、バランスを崩した瞬間に長剣が半ばで折れ、その折れた先が矢の如く飛んでミーマを抑えていた兵士の肩に突き立つ。

 身をのけぞらせた兵士が仲間に激突、その相手が持っていた槍が仲間の顔を掠め、次の相手が足を滑らせ手から剣が放り出され、宙を回転する剣が迫った兵士が思わず手にしていた斧槍で払えば、その斧が傍らの木に激突。

 伐採途中で元から半ばまで斧が入っていた木は最後の一撃を受け、細かな破砕音を連続させながら傾き、直後一気に倒れ込む。

 近くに居た騎士や兵士は振り仰ぎ、迫る枝葉や幹に叫びをあげ、逃げる間もなく地面に叩き伏せられた。

 だが、赤ん坊を抱くミーマは無事だった。枝どころか木片の一つさえも当たっていない。ただ茫然としながら立っているだけだ。

「……うおっ?」

 流石のジルジオも茫然となって立ち尽くした。何かとんでもない奇跡を見たような気分だった。


 縛り上げた騎士と兵士を大公府に放り込み、そちらの関係者一同に頭を抱えさせ、ジルジオたちはミーマと赤ん坊を連れ酒場に凱旋した。

「おう、女将よ。依頼完遂であるぞ! どうだ見たか! うはははっ!」

「俺が超頑張ったぜ。まあなんだ、女将に酒を注いで貰うのも悪かねぇな」

「待て待て、そこは儂が一番であろうが。いや別に女将に酒を注いで貰いたいわけではないんじゃが」

 他の年寄り連中も我こそ一番と名乗りをあげ、酒場の中は賑やかしい。だが女将が手を叩くと皆は大人しくなる。

「ちょいと黙りな爺ども。一番頑張った子が泣いちまうじゃないの」

 女将は静かに叱るように言った。

 その腕に抱かれた赤ん坊は疲れた様子でウトウトしている。ようやく髪が生えそろった年頃のあどけない顔に、年寄り連中は相好を崩し声を出さず笑った。確かにその子が一番頑張った子だろう。

「さてと、あたしはこの子にミルクをお酌してやるかね。うーん、そろそろ離乳食かもしれないねぇ。て、わけで爺どもは勝手に酒を飲んでな。あとついでに焼けた部分の片付けもしといておくれ」

「儂らは客であるぞ……」

「やかましいね、どうせいつも勝手に飲み食いしていく奴らばっかりだろうさ」

 女将は手をひらひら振って、赤ん坊を抱いて店の奥に行ってしまった。ウェイトレス姿の少女二人も赤ん坊に夢中の様子だ。

「ま、しゃーない」

 ぼやく爺の中から、元は有名店の料理人やらバーテンダーやらが出て勝手知ったる店の中で調理や給仕を始める。元大工ギルドの元締めや幹部連中が修理の相談をしながら酒を飲み、途中から加わる警備隊関係者が酒場の要塞化を提案したりしている。いつもの光景だ。

「さて、大変であったな」

 ジルジオはミーマに飲み物を勧めながら言った。もちろん美容と健康と疲労回復効果のある甘い飲み物だ。なお、ケイレブはアクユに気に入られ酒を付き合わされている。

「お陰さまで助かりました」

「いや助かったと言うか、なんと言うかであるがな。アレはなんである?」

「あの子の加護です。不運の加護を持っていまして……ただ、時折何と言いますか……ああいった不思議な事がおきまして」

「ふーむ」

 ジルジオは驚きを隠しつつ顎をさする。不運の加護など初耳であり、しかもそれが王太子の庶子に授けられたことも驚きだ。

「不運の加護など王家にとっては災い。それもあって私は、王太子様の元を離れました……あの子は、これから先もずっと不運にまみれて生きて行くのです……」

「馬っ鹿言え」

 ジルジオは重々しい声で言い放った。怒っている。怒っているが、それは誰に対するものでもない。強いて言うなら、世界の成り立ちそのものだ。


「そんな不運なんぞ、糞食らえであるぞ。汝に問うが、運とはなんぞや」

 ジルジオの問いにミーマは一瞬考え込んだ。

 誰もが簡単に運という言葉を口にするが、改めてそれが何かと問われると、即座に答えられる者は少ないだろう。

「人の手ではどうにもならない事、それを運と言うのではないでしょうか」

「そうだ、その通りである。しかし儂はこれまで様々な者を見てきた。その中には幸運に恵まれ成功した者、不運にも失敗した者がおった。しかし、長い目でみると運不運なんぞ簡単には決められん」

 僅かに視線をあげたジルジオは酒場の中を見やった。そこには様々な境遇の様々な人生をおくって来た古強者が揃っている。

「幸運だったが身を持ち崩し姿を消した者もおれば、不運だったが後に大成した者もおる。確かに運不運はあろうが、最後に運命を決めるのは自分自身である」

「そうかもしれません。ですけど、あの子の不運は加護によるものですから……」

 ミーマは甘い飲み物に口をつける。美味しそうに息を吐く様子は、まだ少女の様相を僅かに残していた。

「そうかもしれん。だが、どう足掻こうとも与えられた加護は変わらぬ」

「そうですよ、どうにもなりません……」

「いかん、その考え方がいかん」

 ジルジオは指を突きつける。

「己の力ではどうにもならぬ事で悩み、貴重な時間を費やすなど無駄である。変わらぬのならば、それを認め受け入れるしかあるまい」

「でも……あの子は……」

「そして、それを考えるのはお前さんではない。お前さんがやるべき事は、不運なんぞに負けず、素直で明るい子になるように育てる事である。他の誰でもないお前さんにしか出来ぬ事であろう。そうではないか、うん?」

 ジルジオはミーマに言いながら、同時に自分の孫を想っていた。きっと、そちらも加護で苦労するはずだ。しかしどうか加護に負けず、加護すら使いこなす子に育って欲しいと願った。

「王家とも話をつけておく、少し時間はかかるが安全になるであろう。それと、お主が安心して暮らせる場所も探そう。ちと田舎になるであろうがな」

「ありがとうございます。その何から何まで……」

「そうであるな、礼がしたいのであれば! ちょいと酒を注いでくれれば良いぞ! 女将の酌とかいう罰ゲームなんぞより遙かに――」

 店の奥から玩具の積み木が飛んでくるとジルジオの頭に激突、悶絶させた。

 アクユが指を差して大笑いし、他の連中も腹を抱えて笑い、ケイレブは唖然として、ウェイトレスの少女たちが右往左往している。そんな中でミーアは目尻に滲んだ涙を拭い笑っていた。

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