三匹が往く3

「私は王太子様の身の回りの世話をしておりました」

 女性はミーマと名乗った。可愛らしい顔立ちで穏やかな雰囲気がある。慈愛と包み込むような優しさに満ち、思わず守りたくなる魅力があった。

 しかも今は憂い顔のため、ますます庇護欲をかき立てられてしまう。

「そうであるか。で、それで王太子の野郎と良い雰囲気になってしまって口説かれたってわけであるな」

「えっと、はい。そうです」

 ジルジオの口調に目を白黒させつつミーマは頷いた。

「それで王太子様と王太子妃様の仲が険悪な雰囲気になられてしまって……」

「ま、そうであろう。あの王太子妃は愛がドラゴン級に重いんでな、王太子が好き好き大好き状態なんで、感情が激化して怒りだしたってわけであろうな」

 一般的にも責任さえ取れるならば妻が何人いようと問題なく、むしろ王太子であれば血を残す必要があるため推奨されるぐらいだ。

 ただ王太子妃の感情だけが問題であるのだが。

「ええまあ……それでこの子が不義による子だと言いだされて……」

「まさかであるが、馬鹿王太子の野郎はそれを信じたわけであるまいな。とんだヘニャチョコ野郎であるな」

「王太子様はそんな方ではありません」

 ミーマの一生懸命怒る姿が可愛らしいぐらいだ。

 もはや夜は更けきって酒場は店じまい。あの哀れな騎士と兵士たちは、傷を癒やすため治療院に向かっているし、店にいた老人たちも片付けが終わると家に帰らされた。

 残っているのはジルジオとアクユ、そしてミーマ。ケイレブは連れを心配して友人宅に向かい、女将は赤ん坊をつれ二階の部屋に引っ込んでいる。

「そんな方であろうがなかろうが、今ここでお前さんが居るのは何故である? どう見ても放り出されたようにしか見えんであろうが」

「私は……自分の意志で出て来ました」

「ほほぉ、貴族連中は誰も助けてくれなんだか?」

「そうした言葉は沢山頂きました。ですけど、お断りしました。だって私がいると王太子様と王太子妃様の仲が悪くなるばかり。お二人が一緒にいる姿は本当に素敵でしたから私は居ない方が良いって思います」

「ふぅむ」

 ジルジオは顎を擦った。

 王太子に気に入られ子供もいる。やりようによれば寵姫として王宮内で絶大な権力を得られるだろう。それら蹴って身を引くなど簡単ではない。

 やや利他的が過ぎるものの良い、実に良い。

 ちらりと見やるとアクユも同感らしく腕を組み笑っていた。

「ようようジルジオよう。ここは一つ、俺らが話を付けるってのでどうでぇ。こりゃ面白いぜ。けっけっけ」

「であるな。向こうがどんな反応するかも見ものであるしなぁ、うひひっ」

 悪巧みするような――実際、悪巧みなのだが――顔で笑う二人にミーマはちょっぴり困った不安そうな顔をしていた。


 翌日――。

 立派で重厚さのある執務室は落ち着いた雰囲気で、さり気なく飾られた調度品は窓から差し込む陽光により美しく彩られている。そこに足を踏み入れた者は優雅という言葉の真の意味を知るに違いない。

 ただし、その部屋の主であるアルストル大公ハクフは両手で顔を覆っている。

「どうして……」

 ハクフは何とか居ずまいを正したが、その両脇で腹心の部下たる執事長と騎士団長は労しそうな顔をしている。

「どうしてそんな問題を持ち込むのです……父上?」

「はぁ? そうか、やる気がないのであるか。ならば儂流で片付けてやるか」

「やる気がないわけではありませんよ。ちなみに、どうやって片付けるおつもりですか。全く聞きたくありませんが、一応は参考までに」

「おうっ! 王城に凸して王と王太子を並べて床に座らせて公開説教であるぞ」

 それを聞いたハクフは再び両手で顔を覆った。

 労しそうな顔をする執事長と騎士団長であったが、ジルジオは和やかだ。

「安心せい、王の弱味は握っておる、沢山な。たとえば賭けで大負けして城まで全裸で帰った話とかな。ま、賭けの相手は儂であったがな。うはははっ!」

「あいつのプロポーズもあれだぜ。僕は死にません、とか言って馬車の前に飛びだしてよ。あげくに跳ね飛ばされちまって死にかけてよ」

「入れ知恵したのはお主でないか」

「そうだったか? そうするとよ、あれが切っ掛けで二人が結ばれたじゃねえか。はーっ、もしかして俺って救国の主ってやつ? がははっ!」

「違いないであるぞ、うはははっ!」

 ジルジオとアクユは楽しそうに笑うが、騎士団長などは卒倒寸前だ。

 そしてハクフは強く思った。王家との話は自分がつけ、この二人は絶対に関わらせてはいけないと。これまで苦労してきた王を、労しく思った。

「この件は私が王と話します」

「はぁ!? まてまて、こんな面白い――もとい大変な出来事であるぞ。儂らが話を付けた方がよかろうが」

「駄目です。ここはアルストル大公として、私が動きます。今回の件を公にしない代わり、王太子妃には二度と女性に手を出さないよう誓わせます。ただし、落としどころとして、その女性にはアルストル領内に隠棲して貰います」

「ちっと弱腰でないか? 儂がやった方がよかろうが。向こうが泣いて協力を申し出るようなやり方で確実にトドメをさしておくである」

「駄目です!」

 断言するハクフだったが、後日会談において意外にごねる王太子妃に手を焼いた。それで話がまとまらねばジルジオとアクユを派遣すると告げ、王を泣かせて協力を誓わせたのであった。

 だが、それはまだほんの少し先の話だ。


「かー、つまらん。つまらんであるぞ」

 ジルジオはぼやきながら足元の小石を蹴飛ばした。小石は放物線を描いて飛んで跳ねて転がって、最後は石畳みの間に紛れて姿を消した。

「だから言ったじゃねぇか、俺らだけで動いた方が良いってな」

「うーむ、珍しくアクユの言う事が正しかった」

「珍しいだけ余分ってもんだ。仕方ねぇ、しばらくミーマちゃんを守ってやるだけで我慢しようぜ」

「仕方あるまいな。どうせ、あの連中以外にも送り込まれていそうであるからな」

 物事はそう簡単ではない。

 ハクフが動いて王都まで赴き謁見し、時間を設けて王太子妃を納得させ、そこから各人に指示が行き渡るまで時間がかかる。しかも指示が出てからも、功を焦った者が勝手をしない保証はないのだ。

「折角よ、久しぶりに王都に行って三人で飲もうと思ったのによ。残念だぜ」

「全くであるな。王になってからあいつ、忙しいからな。儂らみたいに、さっさと跡目を譲ればいいものをな。そうすりゃ女将も交えて四人で飲むものを」

「かつての仲間四人が勢揃いか、いいねぇ――って、おい!」

 珍しく血相を変えたアクユが前を指し示した。

 そちらでは濛々と煙が立ちのぼっており、明らかに火事によるものだ。だいたいの方角と位置は、これから向かおうとしていた酒場と一致する。

 ジルジオとアクユは間髪入れず走りだした。

 途中から野次馬も増えだすが、それにアクユが戦場で轟かせた咆吼によって蹴散らし突き進む。到着した先で煙をあげているのは、やはり馴染みの酒場だった。

 ただし火の大半は消し止められている。

 先に駆け付けた常連客が延焼を食い止め、完全に鎮火させたのだ。おかげで建物の外壁一部が焼けただけで、中には影響はなかった。

「言い訳のしようもありませんね」

 治療を受けていたケイレブが申し訳なさそうに言った。それで原因がなんであるかジルジオは理解した。辺りにはミーマらしき姿はない。もちろん赤ん坊もだ。

 しかし女将は豪快な笑いをあげ、ケイレブの頭を軽く叩いた。

「あんたは良くやったよ、あの子を守りながら一度に十人以上を相手にしてさ。しかも、こんな婆の事まで守ろうとしてね。久しぶりに惚れちまいそうな良い男の姿を見たよ」

 女将はそのままジルジオに目を向けた。

「ミーマと子供が連れ去られたよ。運悪く相手に見つかって、運悪く馬車が通りかかって行く手を阻まれてね。本当に神がかったぐらいに悪運が続いたのさ」

「む、そうであるか」

「そういうわけさ。この坊やはね、立派に戦ったさ。さて――ここらに揃った悪ガキ共。ちょいと耳を貸しな」

 女将の言葉に年寄り連中が注目する。どれもこれも悪ガキばかりだ。

「うちの店が燃えたってのはどうだっていい。それよか! うちの客が、それも赤ん坊が連れ去られたってのは駄目だ。店の沽券に関わるってもんだよ」

 集まっている年寄りたちは深々と頷いた。

「報酬は一晩飲み放題! とっとと探して取り返してきておくれ」

 歓声があがる様子にケイレブは困惑した様子だが、悪ガキ筆頭のジルジオとアクユは獰猛な笑いを浮かべて気合いを入れている。

「一番頑張った子には、あたしが酌してやるよ」

「そいつはむしろ罰ってもんであろうが」

「お黙んな。あんたが若い頃、あたしを口説こうとした青くさいセリフ。いま、ここで披露してやるよ」

「ひいいっ、そいつは勘弁勘弁。直ぐ行ってくるのである」

 ジルジオは軽口を叩きつつケイレブを手招きし、アクユと肩を並べ歩きだす。その後ろには酒場の馴染み客が続いた。

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