第220話 苛立ちと焦燥と
モサリの身柄は第一警備隊の預かりとなっていた。
第一警備隊は主に貴族関係の案件を取り扱う。そのため同じ警備隊とは言えど格式が高い。警備隊同士の連携も乏しく、第三警備隊からの要請にもあまり応えてはくれない相手だ。
「かなりの重罪って状況ですぜ」
探りをいれてきたビーグスが渋い顔で言った。
モサリは道を歩いていた貴族に襲い掛かった咎で捕らえられている。しかも怪我まで負わせている。かなりの重罪、それも死罪に相当するものだ。
怪我を負ったのはドッカーノ家の一族。
「でもモサリを呼び出しに来たのはダチュラってのは分かってます。坊ちゃんの話と合わせれば、事情は察せられます」
ふらふら外出したカルミアがドッカーノ家の者に見つかり、逃げるためにモサリを利用したのは間違いない。
「ですが、第一の取り調べではね。元従僕が解雇された逆恨みで、ドッカーノの者に襲い掛かったという話になっとります」
「そんな馬鹿な!」
「もちろん俺らは、それが間違いってのは分かっとります。でも第一の奴らは事情を知らんです。事情を言ったところで納得はせんでしょう」
第三警備隊の伝手でなんとかしようとしても、モサリが貴族に怪我を負わせた事実は消えない。たとえ騙され利用されたとしてもだ。
「さらにマズい事に、ドッカーノが身柄の引き渡しを求めているらしいです。あのクソ……お嬢様の居場所を吐かせるつもりでしょう。いや、もう第一の牢で吐かせにかかってるかもですぜ」
ビーグスは落ち着かなげに貧乏揺すり気味に足を上下させた。他の隊員も落ち着かないでいる。誰もがモサリを気に掛けて仲間と思って心配しているのだ。
「何にせよ、かなり厳しい状況です」
「…………」
「トレストの旦那は、第一のとこに乗り込んで直談判に行かれました。なんとか極刑だけは回避したいと」
もちろんトレストとて貴族の端くれで、しかも警備隊長という地位もある。そんな立場の者が一介の者の弁護に動くなどありえない事だ。
そのありえない事をしても、極刑を回避できるか不明という事でもある。
「くそっ!」
アヴェラは足を踏みならした。たったそれだけで、頑丈な石組みの一つにヒビが入る。その異常さにビーグスたちは目を見張ったが炯々とするアヴェラの眼差しを前に言葉を失っていた。
「今から第一のところに行ってくる」
アヴェラは言って警備隊詰め所を飛びだした。
大通りを大股で突き進むアヴェラの前から人が逃げ出していく。背を向けて歩いている者ですら、背筋に悪寒を感じて振り向き飛び退く程だ。それぐらいの何とも言えない迫力があった。
「ど、どうすんじゃって。モサリの奴を何とかせんと」
「そうだよね、何とかしなきゃだよ。でも事情は言えないわけだし、言っても相手が否定したら意味ないわけだし。これ本当に大変だよ、うん」
「むううっ。そうじゃ、アヴェラの母上殿の血筋を頼るんはどうじゃ?」
「それしかないって思うけど……」
ノエルとイクシマも多少は気圧されながら後ろをついてくる。
「無理だ」
振り返りもせずアヴェラは言った。
「この件に介入しないだろうし、介入したとしても何も出来ない」
捕らえられる前や公になる前に内々で介入すれば、まだ多少はなんとかなっただろう。だがモサリは貴族に怪我をさせ、しかも第一警備隊に拘束されている。
そこに大公が介入し圧力をかければ統治そのものが揺るぎかねない。
全てが悪いタイミングで動いてしまっている。
ようやく貴族の暮らす区画に到着し、もう少しで第一警備隊詰め所だ。
場所が場所だけに通りを歩く人は随分と減り、ごった返すような賑わいはなくなった。笑いながら歩く子女と従者たち、お散歩中の婦人や紳士。荷車をひく下働きの横を立派な馬車が通り過ぎていく。
「その方向でいくなら恩赦? たとえばナニア様が婚約するとか慶事がないと駄目だろう。でもドッカーノの手から逃げられない」
アヴェラも一生懸命考えているが何も思いつかない。
焦っているせいもあるが、それ以上に腹の中が怒りで煮えたぎっている。それにどうしても思考が掻き乱されてしまう。
「アヴェラ君」
不意にノエルが呼びかけてきた。
さらに肩に手を置かれ軽く力をかけられる。その意図を汲んで立ち止まり振り向くと、いきなり頬を両手で挟まれた。
「少し頭、冷やそ。そんな恐い顔してたら駄目だよ」
「むっ」
「心配なのは同じだからさ、ほら」
ノエルが言うとおりで後ろから警備隊の面々が追いかけて来ていた。どうやらモサリを心配しての事らしい。笑顔を見せたノエルは、えいっと呟いて軽くアヴェラの頬を摘まんでから放してくれた。
横のイクシマも同意するように頷いている。
「まったく、ノエルの言う通りぞ。もっと落ち着かんといかんぞ。まあ、我とてお主の気持ちは理解しよう。じゃっどん、今こそ冷静にならねばいかぬ時なのだ。よいか分かるか?」
「お前にだけは言われたくない」
「なんでそういうこと言うん! 我、すごく良いこと言ったのに!」
「ほら冷静になれよ」
「やかましいいいっ!」
イクシマは足を踏みならして文句を言った。だが、おかげでアヴェラは冷静になれた。このまま突っ込んでも意味がないと判断もできた。それでノエルとイクシマをいったん下がらせる。
代わりに警備隊からビーグスとウェージに来て貰うことにした。
第一警備隊の詰め所は思ったよりも立派だった。外観もだが中も同様で、執務室には気の利いた観葉植物まで置いてある。
「第三警備隊隊長の子息アヴェラ=ゲ=エイフス。お邪魔させて貰います」
中に入ると胡乱な目で見られたが堂々と名乗る。後ろにはビーグスとウェージもいるので、その名乗りは受け入れられた。
第一警備隊の中からそれなりの立場の者が顔を出す。
「これはようこそ。第一警備隊で主任を任されているクロゴです。隊長は……まあ貴方のお父上と会談中ですがね」
「承知してます」
言いながらアヴェラは辺りに目を向けた。
奥にある歓談室には警備隊らしからぬ者たちの姿があり、どこかこちらの様子を窺っている。身に付けている徽章は見えないものの、相手がそれを隠そうとする仕草で察した。間違いなくドッカーノの関係者だ。
「どうせ用件は分かっていると思いますので、余計な話はしません。ここに捕らえられている者の件で来ました」
「でしょうな」
クロゴは精一杯目を横に向けつつ、奥に居る相手に見えないよう顔芸で合図を送ってくる。どうやら貴族ということでドッカーノの相手をしているらしいが、かなり面倒に思っているらしい。
「老婆心ながら、一度牢に入れた者を解き放つ事はできませんよ。ま、第三の御子息であれば理解されていると思いますが」
「もちろん分かってます」
「それと……」
クロゴは声を潜めた。
「捕らえた者が第三に出入りしていた話は、連中には伏せてますので」
もちろん単なる親切心や警備隊同士の仲間意識だけで伏せているのではないだろう。警備隊関係者が貴族に怪我をさせたという醜聞を広めたくない思惑もあるはずだ。
「ありがとうございます。では――」
アヴェラは素早く思考を巡らせた。
「ここで捕らえられた者が、第三にて預かる管轄で発生した事件に関与しているという情報がありましたので一度会って取り調べをしたい」
「ほうっ」
「本来であれば隊長である父が行うべきものですが、生憎と不在のため。子息である自分が参りました」
「これはこれは」
クロゴはにやりと笑った。
警備隊の職務としての要請であれば、第一警備隊としても会わせる事に文句はない。むしろ会わせねばならない。そしてドッカーノに対する言い訳もつく。
そこまで読んで言ったアヴェラにクロゴは感心しているというわけだ。
「では仕方がありませんな、容疑者との面会をどうぞ」
クロゴの案内で奥に行くと奥で待機していた相手が立ち塞がった。
「どうする気だ?」
「拘留中の者が第三警備隊の追っている事件に関与しているそうですので、その取り調べをするんですよ」
「そんな事は許さん」
「いやいや、いけませんよ。そのような事をされては、貴族の皆様方全員から顰蹙をかってしまいましょう」
「ぐっ……」
上手いこと相手が反論出来ない部分を突いていて相手を怯ませ、そのタイミングを逃さず、ひょいと手を揚げ相手を退けたクロゴの手腕は流石だった。
そのまま奥に向かう。
「本当なら牢に入れるのですがね、今の方々の要望で裏庭に繋がれているんですよ。全くもうドッカーノ家の方々は何かと我が儘でしてね」
小声のぼやきと共に戸が開けられた。
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