第213話 いろいろ動きだすこと

 アヴェラは家に帰っても思い悩み考え込んでいた。

 そのため過保護気味な両親は大いに気にしている。トレストは意味もなく辺りを彷徨いてバケツを引っ繰り返し、カカリアは料理を焦がしている。今回の一件を全て任せるとは言った――ただし暗躍しないとは言っていない――が、流石に様子がおかしければ心配をして当然だ。

「アヴェラちゃん、どうしたの。お母さんならいつでも相談にのるわよ」

「いや男同士で語るのが一番だ、この俺に。この俺に相談するといい」

「横から口を出さないで。貴方に繊細なアヴェラちゃんの気持ちは分からないわ」

「ははん、俺は息子と拳で熱く語り合うのだよ!」

「あら、その前に私と拳で語り合います?」

 カカリアの眼差しの前にトレストが怯えを見せるのは、若い頃にボコボコにされた恐怖が心に深く刻み込まれているからに違いない。

 だがしかし食事を終えたアヴェラは何も言わず、それどころか一瞥すらせず自室へと引き上げていった。そのせいで夫婦二人はさめざめと泣いてしまった。

 アヴェラの代わりにお片付けを手伝うヤトノが笑った。

「御兄様のことは心配なく、ちょっと知っただけなのです」

「それはつまり邪悪なドッカーノ家の極悪な所業の数々を知ったという事かな」

「ちっがいまーす。いろいろあるのです、いろいろ」

 ヤトノは嬉しそうに含み笑いをすると、皿を手に軽くスキップまでした。顔を見合わせ困って悩むカカリアとトレストの姿を楽しんでいる。

 そのままパタパタと食堂を出て部屋へと駆け込んでいった。

 ベッドに腰掛けたアヴェラの隣に勢い良く腰掛け、じゃれるように纏わり付く。

「御兄様、御兄様。何をそんなに悩むのですか」

「悩むというかだな、情報が整理しきれないと言うべきなんだ。ノエルがあれで、ニーソもイクシマもだと?」

「そもそもノエルさんと出会った時ですが、わたくし言いましたよね。御兄様に人生と貞操を差し出して良いと仰ってますって」

「冗談かと……」

「あとニーソめは昔からそのつもりでしたし、イクシマめは……何も申しておりませんでしたね。まあ、あの性格なので非常に分かり難いですものね。ですが、こう胸に手を当てて思い返してみて下さい。それっぽい雰囲気はあったはずです」

 ヤトノに言われる通りにして思い返してみると――。

「なんだか叫んでいる光景しか思い浮かばないな」

「確かにそうですね」

「あの叫びが、エルフにおけるそういう雰囲気だったとでも?」

「多分違うと思います」


 そうしてヤトノと話しているとアヴェラも自分の感情に整理がついてきた。

 女性として意識しなかったと言えば嘘だ。そもそもニーソたち三人と暮らす光景も思い描いていたのだから。だが、どちらかと言えば友達のような感覚もあった。ただしイクシマの場合は手の掛かるペット感も強いが。

「いいではありませんか、さっさと今度の女めを片付けましょう。その後は御兄様が三人と上手くやるだけなんです」

「まあ、そうだな……」

「気が乗りませんか?」

「いやそうじゃないが。いろいろ思うところもあってな」

 ドッカーノ家に騙されカルミアには裏切られ、少しばかり人間不信気味だ。そこに側に居た三人から好意を向けられて、しかも恋人以上の関係を望まれていると分かったので困惑しているのが正直なところだ。

「いろいろですか、なるほど。分かりました」

 言ってヤトノはイソイソと服を脱ぎだした。

「つまり今こそ練習なんです! このヤトノめで練習して自信を付けるのです」

「だから、そういうのは止めろって。心の準備とかいろいろあるんだ」

「よいではありませんか、よいではありませんか。素直になりましょう、素直に」

「ムードがない! ムードが!」

 ベッドの上で二人はじたばた暴れ、やっぱり子供みたいな取っ組み合いになってしまった。特に何事もなかったが、疲れた二人は引っ付き合って寝てしまった。


 翌日、顔を合わせたノエルはいつも通りだった。昨日の言葉が嘘だったかと思うほど、いつも通りだった。しかし目が合うと、ニコッと笑ってくる。

「おはよっ!」

「んっ、ああ。おはよう」

「今日も頑張ろうね」

 大張りきりと言った様子だ。

 一方でイクシマの方は動きがギクシャクしている。しかもアヴェラが触れるとビクッとなって緊張しているぐらいだ。

「大丈夫か、これ?」

「あはは、まあそのね。うん、あんまり気にしないであげて」

「…………」

 人は自分より緊張している相手を見ると、どうやら緊張が消えるらしい。アヴェラは深々と息を吐いて、緊張していた自分が馬鹿らしくなった。

「おい、しっかりしろよコレジャナイエルフ。気を抜くなよ」

「…………」

「お前は何だ蛮族エルフだろう、この尖った両耳は飾りか? 気合いを入れろ、ウォーエルフにしてバーサーカーエルフの、ちびっ子エルフ」

「やかましいいいっ!」

「お、戻ったな」

「さっきから黙って聞いていれば無礼なんじゃぞ! そこに直れぇっ! 我が一撃を食らわせてやるんじゃって!」

「……それでいい」

 アヴェラは手頃な高さにある金髪頭に手を乗せた。

「その方がお前らしくて可愛いぞ」

「かっ可愛い!? は、はえぇーっ? なんなん、なんなん? いきなり、なんなん!?」

「ふむ、これは新種のナンナンエルフだな」

「勝手に名付けるなぁあああ!!」

 暴れるイクシマはすっかり元気で、いつも通りになっていた。そのまま頭を掴んで向かってこようとするのを押しとどめる。

「では今日の予定を確認しようか」

 言いながらアヴェラはしっかり決意した。

 今回の件を片付け、この居心地の良い仲間との生活が続けられるようにしようと。これから先も側に居て貰えるようにしようと。あと、やっぱり男として美人で可愛い三人とそういう生活も素敵だ。

 そういった気持ちを強くしている。


 予定の通り予定の場所に歩いて予定の相手と予定通り出会った。

 粗末な服をきたおっきな姿が通りの端に立っている。小さな袋を一つ背負って不安そうに辺りをキョロキョロ見回していたが、アヴェラの姿を見つけると嬉しそうな顔をした。

「よかったぁ、来てくれたんか」

「もちろん約束してたから」

「あ、いや。おら疑っちゃいねぇよ、ちょっと不安だっただけで」

 慌てる様子にアヴェラは嬉しくなった。

 モサリはドッカーノ家の屋敷に戻って、それから必要な荷物を持って出奔してきたのだ。これで一先ずモサリをカルミアから切り離せる。

 あの愚かなカルミアと運命を共にさせるなど、どうしてできようか。

「それでは、これから新しい仕事を紹介するよ。一緒に行こう」

「はぁ、ありがたい。こんな親切な人は、死んだおっ母さん以来だぁ」

「良いお母さんだったのは、モサリを見ていれば分かるよ」

「いやぁ、おらはそんな大した事ないでよ」

 ノエルやイクシマもヤトノも囲んで歩く中で、モサリは嬉しそうだ。頭一つどころか二つは大きいが、まるで巨大な草食獣のような雰囲気である。

 そのまま通りを歩いて向かった先は、警備隊の詰め所だ。

 基本的にアヴェラはそこには行かない。なぜなら行けばトレストも含めて大騒ぎされるので、余程の事がない限り近寄らないようにしていたのだ。しかし今は、その余程の事だ。

「あっ、坊ちゃん。坊ちゃんのご来訪です!」

 詰め所の敷地に入ると建物前に立っていた隊員が声をあげた。即座にそれは内部に伝達され、トレストが飛びだして来た。あと主要な隊員たちもだ。

「アヴェラ、どうした。何か用事か? いや用事がなくても構わないぞ。調べ物とか探し物とか、取り調べか? さあ任せてくれ!」

「はぁ……頼みたいのは、こっちのモサリを警備隊で雇って欲しいってこと」

「任せろ」

 即答ぶりにノエルとイクシマは呆れ気味で、モサリは困惑状態だ。この世界で雇用は縁故が基本であり容易には雇われない。まして警備隊ともなれば譜代の隊員がいるぐらいで身元の確認などは念入りだ。よっぽど信用出来る相手でもなければ雇用されないのが当たり前だった。

「一応は素性を確認したい。アヴェラの頼みを無視するわけじゃないぞ、やむにやまれず確認するだけだからな」

「はいはい、素性はドッカーノ家で雇用されていて――」

「ドッカーノ家!?」

 トレストの目付きが鋭くなり、周りの隊員たちもそれは同じだ。怯えたモサリは精一杯に身を縮めてしまい、アヴェラは手を広げて庇った。

「ちょっと。出自は関係ない。モサリは友達だから」

「と、友達!? アヴェラが自ら友達と公言!? 何てことだ、ああ何てことだ。こんな日が来ようとは」

 トレストは天を仰いで涙すら流し他の連中も咽び泣くなど、アヴェラの方が泣きたくなる状況だ。あんまりにも酷すぎる。

「兎に角、モサリは良い奴で真面目で信用出来る。だから警備隊で雇って欲しい」

「よし! 今日から我が隊の一員だ!」

「…………」

 予定通りにモサリをカルミアから引き剥がすことが出来て、後は心置きなく遠方へと駆け落ちさせるだけ――なのだが、アヴェラは既に疲れた気分でいっぱいになっていた。

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