第212話 言葉による戦い
小屋から出て来た二人が後退り、手を繋ぎ逃げだそうとする機先を制し、アヴェラはどっかりと地面に座り込んだ。意外な行動に二人の動きが止まる。
「腹を割って話そう。その方が、お互いのためだと思うんだ」
そして鞘ごとヤスツナソードを剣帯から引き抜くと、少し離れた草の上に放り出してみせた。黒い靄を触手のように動かしジリジリ動いて戻ろうとするそれを、ヤトノが軽く踏んづけ大人しくさせている。
「さあ話をしよう」
再度促すと、カルミアとダチュラは怪訝そうに顔を見合わせた。
しかしある程度の観念した気持ちもあるのだろう、少し離れた位置に座った。
「そちらの関係は今更説明は不要。その上で確認するが、このまま別れるのは納得いかないのではないかな」
まだ警戒した様子だが二人は頷いた。
「実はこちらもそうなんだ。こちらも……つまり、そういう関係の相手が居てね」
指さした先に居るのはノエルとイクシマだ。片方が叫びそうになったところを、察しの良い片方が素早く口を塞いだ。どっちがどっちかは言うまでもないだろう。
もちろんアヴェラとしては嘘も方便、自分を相手と同レベルに落として見せる事で共感を得ようという魂胆だ。
実際その思惑は上手くいって、カルミアとダチュラは明らかに安堵した。
「だから婚約話に困っていた。そちらもそうでは?」
「そうよ、お父様が勝手に言い出したのよ。私は嫌だと言ったのに」
「うんうん、分かる分かる。お互い好き合った相手と別れるのは嫌だね。しかも結婚すれば好きでもない相手と一緒にいるわけだ。愛する人と過ごす時間を邪魔されたくないと思わないか?」
「その気持ち分かるわ」
カルミアは、はっきりと言った。
その様子は先日の顔合わせの時の印象とは違って、随分と勝ち気そうな雰囲気がある。間違いなくこちらが素の状態なのだろう。
「そんなわけで二人にお勧めなのは……駆け落ちとかどう?」
にんまりと笑ったアヴェラの様子にカルミアとダチュラは困惑した。
「聞いた事があるかな? とある姫が駆け落ちした物語を」
「あるわ。先の姫様のカカリア様とならず者のトレストの恋物語ね!」
いつの間にか父親がならず者扱いされているが、アヴェラは笑顔を崩さなかった。この扱いについて本人に教えてみようかと、ちょっぴり悪戯気分が込み上げるが表情には出さない。
「それに倣って二人も駆け落ちするのはどうかな」
「でも、それは……私も子爵家の者としての責務が……」
その言葉を聞いて、アヴェラは絶対にカルミアと縁を切るべきだと確信した。
完全に自己中心的思想と言うべきか、何も考えていない愚かさと身勝手さを持った人間だ。間違いなく関わってはいけないタイプと理解したのだ。
「その愛が真実の愛であるのならば、何を躊躇うことがあるのでしょうか。いや、ありませんよね。遠い異国の地へと二人で旅立ち、そこで二人で真実の愛を育むべきですよ」
「真実の愛……」
「そうそう、真実の愛ですよ真実の愛。素敵じゃないですか」
欠片も思っていない事を言いながらアヴェラは優しく笑った。
カルミアはウットリしだしたが、しかしダチュラの方はもう少し冷静だ。
「あの? でしたら、そちらが駆け落ちした方が良いのでは?」
アヴェラはイラッとする気持ちを堪えた。
「構いませんけど、そうなるとお嬢様の結婚話が別に行くだけですよ
「ああ、それもそうですね。でも逃げても生活費とか困るのでは?」
後先考えず馬鹿な事をしたのは自分であるのに、それに対する解決策を示しても細かい事ばかりをグチグチ気にする。そんな人間をどう評価すべきかアヴェラには分からなかった。首を締め上げてガタガタ揺すって自分のしでかした事を言って聞かせてやりたい気持ちを一生懸命に抑え込む。
笑顔でいられる自分が凄いとさえ思った。
「生活費なら身の回りの宝石を持ち出せば大丈夫でしょう」
「そうかもしれませんけどね……」
「後は勢いですよ勢い」
「そんな無責任な」
お前が言うなと言う気持ちを堪えてアヴェラは頷いてみせた。
「ですが、このままなら二人の仲は終わってしまう。真実の愛のために遠くへ行くしかないでしょう。うん、それしかない」
アヴェラはすらすらと語ってみせた。冒険者よりも詐欺師か為政者に向いていそうなぐらいの喋りである。
横で大人しく座っていたモサリがオズオズと口を挟む。
「あのぅ、そんならおらは?」
「は? お前なんか連れて行けるわけないだろ」
ダチュラに一蹴されてモサリは首を竦めた。それでも上目遣いでカルミアを見つめ必死に目で訴えている。
「モサリは駄目ね、凄く目立つもの。一緒に行ったら、直ぐにバレてしまうわ」
「うっ……お嬢様の迷惑になるだか……」
「そうね邪魔ね」
「分かった。おら我慢する」
しょんぼりするモサリの様子にアヴェラは軽く考えた。
一緒の従者であるダチュラが逃げれば、当然だがモサリにも嫌疑の目が向く。今も見張りに使われていたのだから、何か知っていると考えるのが妥当。そうなると酷い目に遭わされる可能性もあった。
「とりあえず、モサリは一旦従者を解雇にした方が良い」
「ええっ! そんなの困るだ!」
「取りあえずの措置だよ、取りあえずの。解雇して貰って、二人を手助けすればいいからね。それに、これからの仕事だって世話するから安心していい」
「うぅっ本当かね」
「大丈夫だ、必ず約束しよう。加護神の名に懸けて」
この世界における一番の約束事を口にすると、モサリは軽く驚いた顔で頷いた。まさか自分の為にそこまでしてくれるとは思わなかったのだろう。
「なら、モサリは今ここから行きなさい」
「えっ? おらの荷物とか……」
「どうせゴミしかないでしょ、早く行きなさい。それで私が駆け落ちするのにちゃんと役に立つのよ」
あまりの扱いにアヴェラは眉間に皺を寄せた。ノエルも渋い顔だ。
「ここではマズいでしょう。一応は屋敷に戻って、それから必要な荷物を持って出ていった方が怪しまれない」
「そうかしら?」
「お二人と一緒の時に姿を消せば、お二人と関係あると思われる。でも一度屋敷に戻って姿を消せば、そうは思われないですから」
「……ああ、なる程。それもそうね。じゃあモサリ、そうなさい」
まるで犬にでも命じるような素振りであるが、実際そんな気持ちなのだろう。駆け落ち云々を抜きにしても、モサリをカルミアから引き離して正解だと思えた。
あとは細々とした連絡の仕方を取り決めて、カルミアたちと別れた。広すぎる庭の端から通りに出て歩きだす。
もう夕方に近い頃合いで、元から人の少ない通りには誰の姿もない。
「あれで良かったの?」
「殆ど勢いで行ったけど、良かったとは思う。実際問題、カルミアが駆け落ちしてくれたら当初の予定の通りだな」
「つまりアヴェラ君が泥を被って、婚約が解消されるという?」
「そう。婚約者に逃げられたという事にな」
「なんだか納得いかないよ、うん」
ノエルは不満げに頬を膨らませた。少し子供みたいな素振りだが、それが似合って可愛らしくある。
「ところで、その魂の抜けたようなエルフはどうした?」
イクシマは大人しく後ろを付き従っている。不気味なぐらい静かで、いつものような騒がしさはない。訝しむヤトノが歩きながら顔を覗き込んでも反応せず、まさしく魂が抜けたという表現がぴったりだった。
「えーっと、ほら。つまりそのね、アヴェラ君がね。そういう関係の相手だって明言してから、あの調子なんだよ。うん、実は私もドキッとしたけどね」
「はぁ、迷惑だったと?」
「それ違う。むしろその……ほ、本当にそういう関係でもいいかなって」
「え?」
アヴェラがまじまじ見るとノエルの顔が赤くなっていく、それからイクシマも見れば、そちらは耳の先まで赤くなっている。ヤトノはウキウキしている。
「そうなの?」
「そうだよ、うん。でもね私だけじゃないよ。イクシマちゃんもだし、ニーソちゃんも同じ考えなんだけどね」
「えー? え? あーそーなの」
「そーなんだよ。だからね、今すぐとかは言わないけど。つまり、その。ちゃんと考えておいてね」
言うだけ言ったノエルはイクシマの腕を掴む、そして二人は駆け去った。
いつもなら茶化しに来るヤトノだが、もうニコニコ笑って側に控えているだけだ。そしてアヴェラは暫く茫然としたまま立ち尽くしていた。
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