第211話 意外に気に入る相手

「やれやれ今日もか」

 アヴェラは呆れ交じりに行った。

 ドッカーノ問題が持ち上がってから既に五日が経っており、その間にカルミアの動向をずっと観察してきた。その結果として言えば、ほぼ毎日に渡ってカルミアはお出かけをしている。

 従僕を二人連れての散策だ。

 だが途中で人目を忍んで動き出し従僕のうちの一人を連れ、屋敷の外れの木立に囲まれた小屋に行くのだ。そして結構な時間を小屋の中で過ごし、上気した顔で帰ってくる。行きと帰りとで服やアクセサリーが違ってもいた。

 現場を押さえてはいないが完全にクロだ。

「よくやるわ、毎日毎日。盛りのついた獣でもあるまいに」

 既にアヴェラは怒りを通り越し呆れ気味の状態だ。

「「…………」」

 ノエルとイクシマは黙り込んでいるが、顔を真っ赤にしてノーコメントという状態だった。

「御兄様、御兄様。盛りのついた獣は繁殖のためですので仕方ないと思います」

「それもそうか、獣に失礼だった」

「あれは快楽を得る為だけの色欲による行為で少々度が過ぎ、しかも既に相手が――つまりこの場合は御兄様です――決まった状態ですので姦淫に該当すると騒いでおります」

「騒ぐって誰が?」

「太陽神めですよ、お堅い上に拗らせ気味って評判なんですけど。大地は男女よりは男男で腐れと騒いで、風は自由気ままとか無責任ですね」

「……えーと、注目の的?」

「御兄様の界隈ですし、それなりには。ですがヤトノは理解しております、あれは御兄様を裏切る行為なのだと! 必ずや罰を与え魂を捕らえて永遠に苛んでみせます」

 張り切り気味のヤトノの頭にアヴェラの手が置かれるが、それは優しい手つきであった。いつも頭を掴まれるイクシマは、ちょっぴり機嫌を損ねている。

「余計な事はしないようにな」

「えーっ……はい、分かりました」

「隠れてやればバレないとか思ってるだろ」

「そ、そんなことないんです。わたくしを疑うのですか」

「当たり前だ」

 アヴェラが手に力をこめたので、ヤトノはわたわた腕を上下させ悲鳴をあげたが嬉しそうでもあった。見ていたイクシマは、ちょっぴり羨ましそうだ。


 どうするかは微妙だ。

 行為の真っ最中を押さえれば言い逃れもできず、少なくともカルミアの弱味は握れる。だが、その後をどうするかは全く分からない。

 前世のように映像なりで証拠が残せれば一番だが、それができないのが厄介。仮にドッカーノ家に突き出したとしても、そちらで隠蔽される可能性も高い。

 確実絶対な方法がないため、いまもってどうするかは迷っていた。

 サクッと片付けるなら、それこそ二人を現場で斬るのが一番かもしれない。

 そんな未定で迷いだらけの状況だが、しかしあまり放置できないのも事実だ。家に帰れば微妙な雰囲気なので――しかも両親は妙に忙しげであるし――早いところ終わらせたい気分だった。

「そろそろ現場に踏み込むか、当たって砕けろだ」

「い、行くんか?」

「そうだ真っ最中の現場を押さえる」

「真っ最中……」

 イクシマは頬を染め目はあらぬ方に向けて気まずそうだ。ノエルの方も似たような感じである。この世界は前世のように性情報は氾濫していないのだから、初心な者はとことん初心である。そして二人ともうら若き乙女なので初心過ぎるほど初心という事だろう。

 確かに踏み込み、相手の男の裸体など見てはショックで寝こむかもしれない。

「踏み込むがイクシマとノエルは外で待機だ」

「い、いや待て。我らも一緒に踏み込む」

「あのな、これでも気を使っているんだ。はっきり言うとな、二人に男の裸を見せたくないんだ。そこは理解しろよ」

「……は、はえぇ」

 イクシマは耳まで真っ赤になり、ノエルも両腕を上下にバタバタさせた。

「ん?」

「御兄様、御兄様。今のナイスです!」

「なんで?」

「もうっ、とぼけなくてもいいのですよ。うふふ」

「…………」

 しばし考え己の発言を検証したアヴェラは、ようやく解釈の違いに気付いた。頭を抱えて悶絶したい気分だったが、それを堪えて歩きだした。ただ、今はもう後ろを振り返る余裕は全くない。なぜならアヴェラの顔も真っ赤だからだ。


 ざくざくと音を立てて歩いて行くと、カルミアのお付きである従僕が気付いた。いつも外で待たされ、座り込んでいる大きな男だ。

 アヴェラが軽く見上げねばならない程の身長がある大男だが、あんまり強そうではない。確かに身体が大きく筋肉もあるが、戦士として鍛えたものではない。ごく普通の農夫や樵といったものだ。そして顔つきは締まりがなく間延びしており、実際今もアヴェラの姿におたおたしている。

「ま、待つんだな。ここは通っちゃなんねんだな」

 一生懸命に両手を広げて立ちはだかられるが、少しも恐くない。それどころか男の方が、可愛く威嚇するヤトノを恐がっているぐらいだ。

 ただ、その男の間延びした声がアヴェラの気勢を削いだのは事実であった。

「どうして通ったら駄目なんだ?」

「お嬢様に誰も通すなって言われてっから」

「なるほど、だったら仕方ない」

 アヴェラは向きを変え真横に向かって歩きだした、そのまま大きく回って回避するのだが、大男は一生懸命に追いかけて来た。そして両腕を広げて通せんぼする。

「ここも駄目なのか?」

「だ、駄目なんだな」

「でも、あっちはいいのかな?」

「え?」

 男は素直に振り向いて、先程の場所を通過しようとするノエルとイクシマの姿に気付いて大慌てで戻っていく。しかしアヴェラが動きだすので、泣きそうな顔になって左右を見回し動けなくなった。

「……ふぅ」

 そんな姿にアヴェラは深々と息を吐き、元の場所に戻った。

「とりあえず通るのは止めておくよ」

「あ、ありがとうなんだな」

 礼を言われたアヴェラは微苦笑した。

 なんと表現すべき気持ちなのだろうか、相手の純朴さや一生懸命さにほだされていた。つまるところ詐欺紛いの婚約話でささくれ立っていた気分の中に、男の様子が一服の清涼剤になったのだ。

「通らないけど、ここに居るのはいいかな」

「んっ、そんなら構わねえでよ」

「では座って待たせて貰おうかな」

 どっかりと座り込むとヤトノも隣に座り込んだ。ノエルとイクシマはアヴェラの思わぬ行動に顔を見合わせ近くで待機している。

「これ食べる?」

 アヴェラは自分の弁当を差し出した。しっかり焼いて味を付けた鶏のスライスを挟んだパンというシンプルなものだが、これが結構に美味しい。

 男は差し出されたパンとアヴェラを交互に見て、おずおずと手を伸ばした。


「や、これは美味いなすな」

「うちの母さんの得意料理のひとつ」

 斬るつもりすらあったカルミアの従僕と、こうして呑気に弁当を食べている。なんとも不可思議な状況だ。しかしノエルとイクシマも弁当を広げ、すっかり寛いで食事会となっている。

「おらはモサリ、カルミアお嬢様の従僕なんだな」

 嬉しそうに言うモサリは、婚約話のことは少しも知らない様子だ。

「お嬢様と一緒に居る奴は?」

「あいつ? ダチュラってんだ、おらと違って賢い」

「それは違う。賢いってのは、素直で飾らず嘘をついたりしない事だよ」

「? よく分かんね」

「つまり本当に賢いのはモサリみたいな人って事だ」

「そりゃ、全然違うよ」

 ゆったりと笑うモサリだが、間違いなく賢い生き方だ。その証拠にノエルもイクシマもすっかり気を許しているし、何より珍しくヤトノが気に入っている。もちろん災厄神の一部に気に入られるのは良くないかもしれないが。

「んで? アヴェラは何の用でここに来た?」

「もちろんカルミアお嬢様に会うためなんだけどね。これでも婚約を申し込まれているので」

「へぇ、お嬢様の! そら凄い!」

「……そうだね」

 全く気付いていないモサリの様子にアヴェラは優しく笑った。

 同時にこれからどうするかの計画を着々と積み上げている。何となく頭の中で道筋が見えてきているが、その中にはモサリをどうするかといったものもあった。

 小屋の方で物音がした。

 どうやら時間も時間であり、たっぷり楽しんだ二人が出てくるらしい。辺りを片付け立ち上がると、小屋のドアが開いて上気した顔の男女が出て来た。

「こんにちは、先日以来ですね」

 アヴェラの姿に二人は顔を青ざめさせ硬直している。

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