二匹が斬る弐
「これ一つだけとか、俺らをおちょくってんの?」
恫喝する声が辺りに響く。
アルストルのような大きな街には大勢の人間が住んでいる。街の治安は維持されているが、それが及ばない場所も当然あるわけで、言わばスラムと呼ばれる場所だ。そこでは暴力によって強い者が弱い者を虐げ搾取していた。
「で、でも。これクワックだから……」
少女は怯えた顔で必死に言った。
目の前に居るのは、この辺りを仕切る男。とても恐ろしい。実際にそれはこれまで殴られたり蹴られたりで身に染みて知っていた。
「はぁーっ、クワックがなんだってわけ。まあ俺は寛大だから許してやるけどよ、ほれ今日のあがりだ。特別に、一人一枚銅貨を恵んでやろう」
「え……でも、そんなの……」
あまりに理不尽な事に少女の一人は必死に訴えるが、残りは恐怖に顔をひきつらせながら服を引っ張り止めさせようとしている。
辺りにたむろする男たちは嗜虐的な顔で笑い見ていた。
「はあ、口答え? ありゃ、最初の教育だけじゃ足りないってわけか」
「ひっ! や、やめて……下さい」」
「分かってんなら何で口答えするかなぁ、なぁ! おい!」
そこまで笑顔でいた男は急に顔を怒らせた。
足元の木箱を蹴り飛ばし、粗暴な様子を露骨に見せつける。
「分かってんなら! 口答えすんなよ! お前ら、誰のお陰で金が貰えてると思ってんだ? ああ!? 冒険者にもなれないような、お前らがよ!!」
「ご、ごめんなさい」
「そんなに稼ぎたいなら、もっと稼がせてやろうか? お前らみたいなガキが好みだって連中は幾らでもいんだぞ!? ああそうだ、昨日まで使ってた女が死んだとこだ。ちょうどいいぜ、たんまり稼がせてやるぜ!!」
「や、やめて」
逃げようとする少女たちを男たちが囲む。これから始めるお遊びに下卑た笑みを浮かべ、さっそく少女の一人の髪を掴んで引きずり倒した。恐怖と絶望の悲鳴に男たちが嘲笑し――それを圧倒する笑いが轟いた。
「ふはははっ! はーっはっはっは!」
「がはははっ! いや、ほんと笑いしか出んな」
のっそりと姿を現したのは、ジルジオとアクユであった。
二人の目は少しも笑っておらず、むしろギラギラと力強く輝いていた。そのまま、のしのしと歩いてくる。
「こんにちは、死ね」
「さよなら」
言うなり二人は襲い掛かった。
ジルジオは一切の躊躇なく手近な男に棍棒を振るって殴り倒す。アクユは少女の髪を掴んでいた男の腕を叩き折り、悲鳴をあげた相手の喉に手刀を突き込み黙らせた。
手加減とか容赦という言葉がないまま二人の攻撃が続く。
「ひぃやっはぁっ! 火神の加護ぉ!」
ジルジオは自分の手に炎を宿し、男の頭を掴んで放り投げた。木箱に激突した男は燃える髪を消そうと泣き叫ぶが、自身の手から煙を漂わせるジルジオは楽しそうに笑った。
「おうおうおう、この程度で泣くとは情けない」
「昔の喧嘩を思い出すじゃねぇか。それなら俺もな、雷神の加護ぉ!」
発動した魔法によってアクユの身体が帯電する。そのまま組み付いた相手が悲鳴をあげた。もちろんアクユ自身もダメージを受けているのだが、平然とした顔だ。
「気合が足らんぞぉ! こんな程度で悲鳴あげてんじゃねぇぞ。がはははっ!」
その容赦なく酷い戦いぶりに少女たちは呆然となり座り込んでいた。
「はぁ……つまらん」
ジルジオは両手を払って息を吐いた。
今しがた倒した連中には呆れる以外の感想がない。ちょっとの痛みでピイピイ悲鳴をあげ、軽い怪我だけで泣きだすなど昔では考えられない。全く歯ごたえというものがなく不完全燃焼なぐらいだった。
「口ばっかで大した事なさすぎであるな」
「それな。だがよ、お前も昔よか優しくなったんじゃねぇか? こいつらを半殺し程度ですませるとかよ」
「はっはぁ、もうすぐ孫が一人増えるのであるぞ。そりゃ優しい気分にもなるってものよ。うはははっ!」
「がはははっ!」
年寄り二人はゲラゲラと笑い、うめき声をあげる男の頭を平然と踏みつけた。
「こいつらどうするんでい?」
「あー、転がしておくのも何であるな。後で奴に連絡しておくであるぞ、可愛い娘を奪ったあん畜生に」
「まーたカカリアちゃんに怒られるぞい」
「善意の通報である。問題ない」
「俺ぁ知らんぞー」
会話する二人を前に少女たちはガタガタ震えて身を寄せ合う。恐い相手が消えて、もっと恐い相手が出て来たとしか思えなかったのだ。
しかもその相手からクワック素材を奪い取っている。
「ご、ごめんなさい! 素材は返します! 悪いのは私だから殴るなら私一人だけに――」
「嬢ちゃんよ、なーんか勘違いしておらんか?」
「え?」
「素材は最初に攻撃した者が手にする権利がある」
モグリの冒険者である少女たちは知らなかったが、それが冒険者間のルールだ。ただしルールを無視したからと罰則はないのだが。
「儂らが来たのは、ちょうどクワック素材が欲しかったのでな。譲って貰おうと思ったからである。ほれ買い取り金であるぞ」
ジルジオは倒れている男の懐を調べ――妙に手慣れた様子で――財布を奪い取ると、そこから取り出した銀貨を少女に押し付けた。アクユはアクユで倒れている男たちを蹴り転がして、隅っこに片付けている。
「こいつらが嬢ちゃんたちに回復薬を差し上げたいと言ってるぜぇ。ありがてぇことだ。ってぇわけで、俺の持っている回復薬を譲ってやろう」
アクユは回復薬――実際には上級回復薬――を少女三人に押し付けた。
もちろん、そんなものを渡されても飲めるはずもなく少女たちは固まっている。
「ん? どうした飲まねぇのか?」
「ひっ、飲みます! 飲みます!」
少女たちからすれば脅された気分だろう。
ちょっぴり悲しそうな顔をするアクユをジルジオが指を差して笑って一悶着。それを少女らは困惑しながら見ているばかりだ。
「よーしよし。嬢ちゃんたち腹減っておるか。何か食わしてやろう」
「あ……でも……」
「安心せい。儂ら爺は悪い奴しか懲らしめん。それとも何か? 嬢ちゃんたちは悪い子であったか?」
少女三人が一生懸命首を横に振る。
孫娘より少し年上ぐらいであろう少女たちの様子に、ジルジオはすっかりお爺ちゃん気分だ。
「よしよし、ならば問題ないのであるぞ。さ、腹が減ったであろう。ついて参れ」
ジルジオは堂々と歩きだした。それに少女たちは顔を見合わせ、少し迷いながらも後に続くことにした。
「あんたらね、その子はなんなのね」
そう言った酒場の女将の手には、早くも木の棒が握られている。食い逃げやら泥棒などを容赦なく叩きのめしてきた年季の入ったものだ。
「ちょっと待て! なんであるか、その評価は」
「全くだぜ、俺まで一緒にすんない」
ジルジオの叫びにアクユも同意して頷く。
「こっ、こいつ自分だけ関係ありませーんって態度であるか。あー、やだやだ。昔っからそういうとこあるなぁ」
「お前の日頃の行動が原因で疑われているんだろがい」
「かーっ、嫁の実家で強盗と間違われた悪人顔に言われたくないわい」
「おっ喧嘩売ってんのか? お前のプロポーズの言葉をここで披露してやるぞい」
見苦しい喧嘩を前に、女将は手にした棒を二回振り下ろした。
「酷いのである、こんなイケメンの頭叩くとかよ……」
「爺がうるさいのよ、お黙んなさい。で? この子らはどうしたってのよ」
「拾った、って待て待て。棒を振り上げるでないぞ。真面目な話、悪い奴らに絡まれて難儀しとったんで、腹いっぱい食わしてやろうと思ったのである」
「なるほどねぇ。拾ったからには最後まで面倒みる気あんだろね」
女将の目付きは鋭い。
困っているからと手を差し伸べ食事を与えたところで、それは一時のこと。明日も明後日もその後も、人は生きていかねばならない。しかして、一度でも他人に助けられた者は次もそれを期待し心の中のどこかに甘えが残ってしまう。
中途半端な手助けは害悪にしかならない事を女将は知っているのだ。
「食べながら考えるつもりである」
ジルジオの顔は真面目なものだ。
それを見て女将は棒を引っ込め、緊張気味の少女たちに安心するよう言って笑いかけた。
「さあ、直ぐに準備するから待ってな」
言葉通りに直ぐ、テーブルの上に次々と料理が並んだ。
湯気立つスープ、香ばしい香りのパン。瑞々しく新鮮なサラダ、表面でまだ油が弾けるステーキ。それがテーブルの上いっぱいに並ぶ。
「あの……これ食べていいのですか?」
「子供が遠慮するもんじゃないよ、食べなさい。飲み物は水もあるし、甘い果汁もあるからね。お代わりだってあるんだから、直ぐに言うんだよ」
「ありがとうございます」
「気にしなさんな。お代はね、そっちの馬鹿二匹から貰うんだからね。あんたらが気にする事じゃないんだよ。分かったかい」
女将は照れた様子で視線を逸らした。
それを見たジルジオとアクユは顔を見合わせゲラゲラ笑う。
「見よ、婆のツンデレであるぞ。うははっ」
「あの女将がこれとはなっ。うひひっ」
たちまち始まる折檻に、少女たちは年頃に相応しい笑い声をあげた。そして突撃する勢いで食事を始めた。
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