第203話 気遣いの方向性

 空白の中に少しずつ情報が取り込まれ、情報が処理される過程で自己を認識。それにより意識が芽生え記憶が照合されて、自分が睡眠状態にあったと確認。

「……ん」

 アヴェラは目を覚ますが、心地よさを手放したくないので目を閉じたまま微睡む。その間にも五感情報は処理されていく。

 やや冷やっこい感じのある柔らかさはヤトノで、またいつものように勝手に抱きついているらしい。誰かと触れ合っていると、何とも言えぬ心地よさだ。思わず抱きしめ返してしまう。ただ身体の下は硬さがあって、どうやら床に直寝らしい。

 音が聞こえる。

「――から、怒られ――」

「じゃっどん――これチャンス――」

「うーん確かに、それならちょっとだけ――」

 ちょこちょこと優しい触感が頬から首元にあって心地よい。温かだが少しくすぐったくもある。頭を撫でられると心地よくとても安心できる。

「どれ、ならば我も触ってやろうぞ――」

 ぐいっと少し雑な感触があって、折角の心地よさが台無しだ。

 アヴェラは覚醒し目を開ける。間近にイクシマの顔があって軽く驚くが、それ以上に驚いているのが相手の方であった。

「ふぎゃあああっ! 起きよったああっ!」

 モーニングコールにしてはあまりにも騒々しいが、お陰でしっかり目が覚めた。

 同時に辺りの状況を把握し、途切れている記憶を想起。ここがダンジョン紛いの洞窟で、腐敗の神レラージェのやらかしで騒動が起きていたこと。魔法の使いすぎで寝落ちしたことまでを思い出す。

 寝そべったまま、膝枕をしてくれているヤトノを見上げる。その朱い瞳が綺麗だと思った。

「……状況は?」

「はい、御兄様が眠られている間にフィールドボス擬きをノエルさんとイクシマさんが撃破されました。もちろん御兄様のことはヤトノめがお守りしておりました、このヤトノが」

「それはありがとう。でもエルフの魔の手からは守ってくれなかったようだが」

 よいしょ、と呟き身を起こすとヤトノは名残惜しそうな様子だった。改めて座り直すと目の前には尻餅をついたイクシマの姿がある。

「いきなり起きるなよー、びっくりしたじゃろが。酷いんじゃぞ」

「びっくりしたのは、こっちだと思うがな」

「細かい事を言うでない」

 イクシマは胡座をかいて座り込んでいる。赤い衣のような服を翻すと、指を突きつけ偉そうに言ってきた。

「よーく聞け、この我は寝ているお主を触ったんじゃぞー。恥ずかしかろう。くっくっく、はぁーっはっはっは。どうじゃ、恥ずかしがるがいい」

「今度から寝ているお前の身体を好きにしてやろう」

「はぁっ! な、なに言うん!?」

「あちこち好きに触って恥ずかしいことをしてやるぞ」

「なーっ! そんなのって、そんなのって。破廉恥じゃあああっ!!」

 辺りに叫びが反響し、どうやらまだ地下空間の狭い部屋に居るらしい。完全に目を覚ましたアヴェラは軽く伸びをした。


「ノエルも触っていたわけか」

 言われたノエルは照れて困ったような顔をして首を竦めてみせた。

「あはは。うん、ちょっとだけだけど。ごめんね」

「いいよノエルなら構わない。安心できるから」

「そ、そう? だったら私が寝てる時に触っても良いよ、うん。アヴェラ君の好きにしてくれちゃって構わないから。そのっ、恥ずかしいことでも……」

「なら頭でも撫でさせて貰おうかな。駄エルフは、額に肉と書いてやるが」

 そんな言葉に、なぬっと小さな呟きが聞こえた。

 ダンジョン内部の部屋は荒れていた。ここでフィールドボスと戦ったそうだが、テーブルなどが粉砕された様子から、かなりの激戦だったと想像される。

 アヴェラが寝ている間も二人は頑張ってくれていたのだ。

「ありがとう、それからすまない。戦闘を任せっきりにしてしまって」

「ううん、そんなの気にしたら駄目だよ。だってパーティなんだよ、お互いに助け合って協力するのが当然だよ」

「ノエルは良い子だな。どっかのエルフと大違いだ」

 そんな言葉に、ぐぬぬっと小さな呟きが聞こえた。

 だが話を聞くと、フィールドボスを倒したはいいが地上へと出る道が見つからず休憩がてら待機していたらしい。

「転送魔法陣が使えるように……ああ、あの上須賀が変な事をした影響か」

「だぶん、そうなんだよ。あっちこっち調べたけどさ、それっぽい場所すらなかったから。どうしようかな」

「内部のゾンビは?」

「もちろん全部倒しておいたんだよ」

「流石よく気がつく。助かるな」

 そんな言葉に、存在を主張する咳払いが聞こえた。

 どうやら作り出されたゾンビはそのままらしい。元々のモンスターとしてのゾンビは神々によって作り出され生態系を持って存在していた。これに対し腐敗の神の力で上須賀が好き勝手したゾンビは別物だ。

「ある意味で外来種と言えるゾンビは残ったままか……」

「外来種? ごめん、よく分かんない」

「細かい説明はさておき。上須賀って奴がつくりだしたゾンビを、元々いたゾンビとは区別して、外来種ゾンビと呼ぶわけだ」

「ふんふんなるほど。了解なんだよ」

「その外来種ゾンビは下手すると、他に悪影響を与える可能性がある」

 たとえばゾンビと交配――どうやって交配するかはさておき――することで、全く新しい習性や能力を持つかもしれない。

「いや、そもそも上須賀が参考にした外来種ゾンビがアレなら……拙いぞ」

 ゾンビと言えばウィルスで、感染増加でわらわら出て、何故かゾンビが力を合わせて壁を乗り越え襲ってくる光景まで容易に想像されてしまう。


「ヤトノや、ゾンビは厄神様の管轄でいいのか?」

「まあそうですね。もちろん本体は自主性を重んじますので、太陽神めの如くモンスターを操って……あっ、今のは内緒でしたね」

「そんな事はいいから」

 アヴェラは軽く流すが、聞いてはいけない話を聞かされたノエルとイクシマは耳を塞いで悶えている。何にせよ太陽神もなかなか腹黒そうだ。

「とにかくモンスターの中でゾンビの管轄は厄神様と」

「ええ、ちょっと腐敗のレラージェめも手を出しておりますけど」

「だから上須賀もゾンビがつくれたわけか。なるほど、それなら上須賀のつくった外来種ゾンビも把握していると?」

「把握しております。折角揃えたところに余計なのがいて気分悪いんです」

 自分がつくって綺麗に並べた中に歪なものが混ざれば、確かに気分が悪かろう。だが、そうやって把握できるなら問題ない。

「外来種ゾンビが悪影響を与えないか確認してくれ。具体的には他に感染してゾンビを増やすような事をしないかどうかだ」

「ふむふむ、少々お待ちを……」

 ヤトノはこめかみに指を当て目を閉じ、本体と通信をはじめた。小さく頷いたり首を傾げたりした後に目を開ける。

「御兄様の仰るとおりです。そういう感じで仲間が増える感じですね。モンスターが全部ゾンビになれば、本体の力が増しそうですけど」

「生き物が全部ゾンビになれば、神様を認識する存在も消え去るぞ」

 それは神々にとっても死活問題。ようやく問題を理解したヤトノがあわあわすると同時に、周囲に感じる目に見えぬ視線も同じような気配に変わった。今頃はあちらで大騒ぎだろう。

「外来種ゾンビの元となった人への補償。それから外来種ゾンビは自壊か駆除、感染対策に取り組んで欲しいんだが。腐敗の神様に言ってたペナルティは、それで収めて貰ってはどうかな」

 アヴェラは腐敗の神を気遣って提案した。それは神への審判に口出しする大それたことだったが、本人は少しも気付いていない。

 その辺りの分かるヤトノは小さく息を吐いた。

「御兄様ときましたら、もう本当に……そこが素敵です!」

「なんでだ?」

「いえいえ、何でもありません。畏まりました、そこは腐敗にやらせましょう。確かに丁度良い懲罰なんです」


 いつまでも地下に居られないので地上に出る方法を探す。あの上須賀にしても――筋金入りの引き籠もりだった可能性もあるが――地上に出ていたはず。どこかに出入り口はがるはずだ。

「まあ最悪は入ってきた場所から出ればいいのだが」

「飛ぶんか? あれ迷惑って話じゃろがい」

「うるさいな。そんなに出たくないなら、洞窟に適応してケイブエルフにでも進化してしまえ」

「なんで、そんなこと言うん!」

 通路を歩きながら念入りに辺りを見ていく。内部のゾンビ系等は一掃されているが警戒は怠らない。

「それで? モンスター退治で回った時には出口とかはなかったんだな」

「うむ、その通り」

「それっぽい感じの扉とか仕掛けとか、怪しいものはなかったんだな」

「うむ、なんもなかったが……」

 イクシマは軽く思案してから肩を竦めてみせた。

「ま、あれは別に怪しくもなかろ」

「大したことなくてもいいさ」

「いやいや、何もないんじゃぞ。うむうむ、言葉通り何もない部屋なんじゃが」

「何もない?」

「そん部屋だけ何にも置いてなかったってだけじゃ。ま、妙に狭い小部屋ってとこが怪しいと言えば怪しいんじゃがな」

「……行ってみよう」

 妙に狭い何もない部屋と聞いて、アヴェラは見に行くことにした。あの上須賀が現代知識を持っており、あの自己中な性格であれば、楽して移動したがるだろうと容易に想像できてしまったのだ。

 通路を進んで突き当たりに扉が一つ。

「ほらな、こーんなに狭い。しかも何もないじゃろ」

 扉をこじ開けたイクシマが言うように何もない部屋だった。ほぼ正方形の極めて狭い部屋で、数人が立てる程度の広さしかない。

「……ああ、中に入ってくれ。いや乗ると言うべきかだな」

 アヴェラは小部屋に足を踏み入れ手招きをした。

 疑念すら持たず入ってくるのはヤトノで、ノエルとイクシマは顔を見合わせて不思議そうだ。それを促し中に入らせて扉を閉める。そしてアヴェラは――扉の脇にあった小さなボタンを押した。

 そしてエレベーターはゆっくり上昇しだした。

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