第202話 自重がなさそうじゃが

「さ、さっきの魔法。なんなん? あの腕ってもしかしてじゃが――」

「イクシマちゃん、駄目。追求しない方がいいよ、絶対に。私の加護の感覚が凄く反応してるから」

「……確かに。よし、忘れた! 我は何も見ておらぬ!」

「同じく、何も見てないし知らない」

 ノエルとイクシマは何度も繰り返し自己暗示的に無理矢理納得した。

「ま、それはそれとして……こ奴め。とんでもない事をしておいて、自分だけ寝てしまっておる」

 アヴェラの顔を覗き込みイクシマは呟いた。ちょっと心配しているからだ。ノエルもやって来て遠慮がちに覗き込んでいる。

 イクシマはヤトノに視線を向ける。

「そんで? さっきの奴は何じゃったわけ? こやつと話しておる内容はさっぱりじゃったが」

「頭でっかち……いえ、まだその方がマシですね。まともな知識も考えもなく、聞きかじった浅い知識を振りかざすだけの馬鹿でしたから」

「確かにの。ちょっと聞いとっただけで、我が儘な幼児みたいじゃと思ったわい」

「ふむ、イクシマさんにしては言い得て妙。あまり詳しくは申しませんが、先程の馬鹿は御兄様の持つ知識の一端を知っていると思って下さいな。もっとも知性、品性、理性、悟性、感性、自制、自主、自律、公平、公正、寛大、寬容、慈悲、慈愛の何もかも御兄様に遠く及びませんが」

 ヤトノは膝に載せたアヴェラの頭を愛おしげに抱きしめた。

「自重がなさそうじゃが」

「お黙んなさい」

 アヴェラには秘密が多い。

 驚天動地の魔法も、偶に呟く変な言葉や、妙な知識や常識や物事の考え方などなど。どうにもおかしなズレがある。最初は厄神という存在こそが、その原因と思っていた。しかし、そうでなくてアヴェラそのものが原因とは直ぐ分かった。

「あんまし聞かぬ方がいいってわけじゃな」

「そうですね」

「ま、良かろう。言えぬ事を聞かんでやるのも女の度量というものよな……ところでノエルよ、お主いつまで触っとるん?」

 イクシマは若干文句を言うような感じだ。なぜならノエルは屈み込んで、ずっとアヴェラの顔を触れていたのだ。

「えっ? えーっと、ほらさ。アヴェラ君って結構恥ずかしがり屋だね。こういう機会でもないと、あんまり触れないかなーって思って。うん」

「考えようによっては、一番質が悪いんじゃって」

「そ、そうかな?」

「当然なんじゃって。こうなれば我も触ってやって、こ奴に後で話してやろう。さぞや恥ずかしがるであろうな。くっくっく、さあどう触ってくれよう」

 イクシマは手をわきわきさせた。

 そんな時であった、室内に鋭く短い音が響いたのは。


「え? 何なん、今の何の音なん!?」

 聴覚に優れたイクシマの驚きは強かった。思わず跳び上がって、あたりをキョロキョロ見回した。しかし、音の発生源を見つけたのはノエルであった。

 ノエルは円筒形の透明ケースを指差す。

 その中には逞しい上半身の右肩に巨大な目玉のあるモンスターが存在し、その腕がゆっくりと持ち上がりケースにヒビを生じさせていた。

「えっと、確かさっきの人が言ってたような。フィールドボスを合体させたとか何とかってさ」

「……我、凄く嫌な予感がする」

「あははっ、私も同じく」

 透明ケースのヒビは増え、そのせいで透明さが失われ真っ白になった程だ。内部には水が入っていたらしく、そこから水が漏れ出てくる。

「どうやら、馬鹿が消えたせいで動きだしたようですね」

「え? どうなるん?」

「まあフィールドボスですので、襲ってくるに決まってるじゃないですか」

「うそん!」

「むっ、失礼なんです。わたくしは嘘が嫌いなんですよ、わたくしが嘘を言うはずないではありませんか」

 しかしヤトノの言葉をイクシマは最後まで聞いておらず、あわあわしながらノエルと顔を見合わせていた。なぜならアヴェラは倒れて寝込んでいるし、しかも地下空間という逃げ場の限られた場所でもあるのだ。

「まあ、仕方がありませんね。状況が状況ですので、わたくしが始末を――」

「それ待って!」

 ノエルは力強く言って立ち上がった。

 目に力を込め、背後にアヴェラをおいて手を強く握りしめている。

「さっきアヴェラ君が言ってたよね、人のした不始末は人がやるのが筋だって。さっきの人が原因なら、ここは私たちが倒すべきなんだよ」

「よく言ったノエルよ。まさに、その通りじゃって」

「それにアヴェラ君が倒れているなら、ここは私たちが戦うべきだもの」

「然り然り。ついでに後でたっぷり恩に着せてやろまいぞ! えいえい!」

「おー!」

 気合いを入れる二人の姿にヤトノは目を瞬かせ、そして嬉しそうに微笑んだ。


 バキバキと音をたててケースにヒビが入り、最後にバキンッと大きな音をさせて砕け散った。そして異形のフィールドボスが解放された。上半身に比して大きな腕が軽く動かされ、しかし頑丈そうなテーブルは一撃で打ち砕かれている。

 その肩にある巨大な目玉が動く様子は不気味だが、ノエルとイクシマは怯まない。お互いにうなずき合い武器を構え身構えた。

「む、流石の迫力。いざ尋常に、勝負!」

「やっちゃおう!」

 フィールドボスは蹌踉めきながら向きを変えてくる。

「……シテ……コロ、シテ……シテ、シテシテシテテテテテ」

「ふんぎゃあああっ! 喋ったぁあああ!」

 叫びながらイクシマは突進し跳躍、空中で構えた戦鎚を一閃させ叩き付ける。流石の威力でフィールドボスが吹っ飛ばされる。

「ぬ、思ったより弱いんじゃって。こ奴は、こ奴は何て呼べばいいのじゃ? ノエルよ決めてくれい!」

「えっと……バキンって音がして出て来たから、バキン?」

「安直ではあるが、だがそれが良い! ひゃっはー! 戦闘じゃあ!」

 戦鎚を構え直し、イクシマは再度突撃。バキンの振り払った腕の一撃を戦鎚を盾にして受け止める。傍らをノエルが小剣を手に駆け抜け壁に向かって跳躍し、そこを蹴りながら背後へと回り込んで次々と斬り付ける。

 イクシマは戦鎚を捻りバキンの腕をいなし、回転しながら一撃を叩き付けた。

 二人とも中級冒険者に数えられているだけあって戦闘経験はもとより、戦闘能力も十分にある。フィールドボスであるバキンとも互角以上に戦えていた。

「くらうがいい、火神の加護ファイアアロー!」

「こっちも! 水神の加護よ、アイスブラスト!」

 二人は間にバキンを挟み、それぞれ片手を突き出し魔法を放つ。炎と氷が前方と後方から襲い掛かりダメージを与えた。

 どちらの魔法も――いろいろあって――とても威力が高い。

「……コロシテ……コロシテ……」

 だが、バキンは悶え苦しみながらも倒れない。受けた傷が即座に塞がり、炎で焼かれた場所も凍りついた場所も直ぐに回復していく。


「くぬーっ!! こ奴の強さ、それほどでもないんじゃが、ダメージを与えてもすぐ回復しよる! どうやって倒す!?」

 何度目かの攻撃でイクシマは焦りの声をあげた。

 どれだけダメージを与えようと、バキンは直ぐに回復してしまう。戦いによる疲労もあるが、それ以上に徒労感が強い。終わりのない戦いに疲れきってくる。

 だがノエルは諦めない。

「大丈夫! 必ず勝てるから。こんな時こそ信じようよ、私たちの加護を」

「我らの加護ぉ!? いやそれって……悪いがアレじゃろが」

「でもさ、さっきの人を見て思ったよ。ちゃんと見てるんだって」

 実際、腐敗の神は己の始末をつけるために手を出してきた。それであれば自分たちの加護神も応援してくれているとノエルは思ったのだ。

「だから恥ずかしい真似はできないよ、うん。さっきの人みたいなのはだめ、加護を授けてくれた神様に感謝。それで頑張らなきゃだって思うよ」

「むっ、確かにそうじゃな。我がノエルやアヴェラと、あとは小娘と出会えたんもこの加護のおかげであるな」

「そうだよ、それにさ。ずっと見守ってくれていたんだよ。アヴェラ君と出会った時なんて、私の為に菓子折持って挨拶に行ってくれるぐらいに」

「我なんぞ泣いてよろしく頼んでくれたわい。不憫な子って言われたのはアレじゃが……しかし心配はしてくれとった」

「だから信じて頑張ろ」

「うむ!」

 再度気合いを入れた二人の後ろでヤトノは、おやおやっと小さく呟いた。

 不運の神コクニも死の神オルクスも忌避される神だ。偶に信奉されても、それは拗らせたような変な人間に気味の悪い信仰を捧げられるだけ。それが今、純粋で素直な気持ちをぶつけられたのだ。

 しかも今は腐敗の神のやらかしで、全神の注目が集まった状況である。

 皆の前で、そんな事をされては泣いて喜ぶどころではない。

 突如――ノエルを狙ったバキンは足元の瓦礫を踏んで転び、天井から落下した石が頭に激突し、足の小指を石の角にぶつけ粉塵が目に入り、次々と不幸に見舞われ動くどころではなくなった。

 突如――イクシマの戦鎚に冥色のオーラがまといつき、その一撃を受けた箇所は再生さえ許されず壊死し崩れてしまう。さらに鋭い爪もイクシマに触れる寸前で、急速に劣化し粉々に砕け散った。

 あとは一方的だ。

 バキンは追い詰められ、殆ど抵抗さえできず一方的に倒された。

 見ていたヤトノは思いっきり呆れた。

「まったくもう、折角お二人が自力で倒すと頑張っていたのに。これでは台無しなんですよ、ほんっとチョロくて甘々なんですから」

 寝ているアヴェラはヤトノに抱きしめられ頬ずりまでされていた。

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