第201話 茶番劇
上須賀は腰に手をあて笑い声をあげている。
その周りにゾンビがやって来るが、のそのそと手を叩いていた。どうやら上須賀を称賛するように設定されているらしい。見ているだけで空しさを覚える。
「で、どこまでやっていいんだ?」
ヤトノに問うたのは、アヴェラは災厄神の使徒であり上須賀が腐敗神の関係者と分かったからだ。どこまで揉め事を起こして大丈夫か確認しておかねば、神同士の争いに発展しかねない。
「どこまでも、御兄様の望むがままに」
「それは嬉しいけどな、あんまり迷惑をかけたくないし」
「ああ、御兄様に気遣われるなんて嬉しいです。ですが本当に構わないのです。どうせ相手は腐敗の神レラージェですし、ケチョンケチョンにしても大丈夫ですから」
「いや、そういう問題じゃない」
ヤトノとその本体が相手をケチョンケチョンにやって構わなくとも、やられた側はそうでもない。しかも神が関わっていれば、その影響が分からない。
バカ笑いする上須賀でも、これが腐敗神のお気に入りであれば後々面倒だ。
「レラージェとの話はつけました」
「そうなのか」
ヤトノの説明によると、厄神とアヴェラの関係をみて羨ましくなったレラージェは同じ世界から同じように人間を連れて来ようとしたそうだ。
「ですが死んだ者の魂を持ってくるのは管理上の関係から面倒なので、こっそり生きたまま連れてきたそうでして。全く馬鹿ですよね、馬鹿と思いますよね」
「言及は避けよう」
「ところが思ったようにならず。しかも、やらかすので手を焼いていたそうです」
「人選ミスだろ」
「ですね」
何と言うべきか、上須賀には思慮分別がない。
さきほどの僅かな話だけでも感じられたのは、行き当たりばったり感の強さだ。やっている事は自己中心的で、あげく失敗すると直ぐに放り出している。承認欲求の塊で自分が成功し認められる事が当然と言った子供だ。
腐敗の力でゾンビを生み出し、力に酔って暴走し変な建物やらダンジョンを改変して秘密基地紛いのものまで用意している。
馬鹿に力を持たせてはいけないという見本だろう。
「おい、お前。話聞いてんのか」
上須賀の不機嫌そうな声に、アヴェラは後ろ手でイクシマとノエルに合図を送り後ろに下がらせた。以心伝心、二人とも静かに従ってくれる。
「悪い悪い。ところで、ここらで行方不明になった冒険者を探しに来たんだ。ほらクエストってやつでさ、冒険者ギルドで依頼を受けてね」
「冒険者ギルド! ランクとかあるのか!?」
「中級だからB級になるのかな。そちらさんならSS級じゃないかな」
「まあそうだろー」
アヴェラの煽てに上須賀は当然のように頷いた。やはりSS級の馬鹿だ。
「最初は腐敗の加護とかでさ、もうハズレ加護と思ったけどな。ハズレ加護からの無双ってやつ? そういうのもアリだな」
与えられたものにアタリハズレで論じるのは傲慢だろう。アヴェラはさておき、ノエルやイクシマも各々に与えられた加護の中で精一杯に生きている。
「なるほど主人公は違うか。それで、ここに来た冒険者とかは知らない?」
「ああ、それならね。こいつの事とか?」
上須賀は自分の隣にいる女ゾンビたちを指し示した。
肌の色こそ土気色だが状態は良く、そこそこ美人ばかりだ。
「俺の話も聞かず言う事も聞かないじゃん、だからゾンビにしてやった。ゾンビになると分かったら、俺に忠誠を誓うとか言いだしたけどさ。言ってやったんだよ。今更言っても――もう遅いっ! てな」
上須賀は腹を抱えて笑いだした。
それにゾンビレディーたちが手を叩いて同調している。
「…………」
全ての物事が都合良く運んでストレスなしで、自分の選択は常に正しく敵には無双して苦戦もなく、自分に惚れて誉め讃えてくれる女たち。
子供みたいな夢を実現させたのだろう。
しかしてその実態は借り物の力で我を押し通し、他人の意見を無視して弱者相手に大威張り、自意識のないゾンビを侍らせ拍手をさせる。
何もかもが安い、安すぎる。
アヴェラはそっとヤトノに問いかけた。
「この辺りのゾンビは確か……」
「ええ、わたくしの本体が戯れにつくったものです。ですけど、そこに関係のないゾンビがまじっていました。ですから、どうもおかしいと思っていたのです」
「つまるところ災厄神のシマに手を出されたわけだ」
「島? 島ですか?」
「あー、つまり権限と言うか縄張りと言うか」
「なるほど。理解しました、覚えました。シマに手を出されてるんです」
厄神のゾンビに対する管理不行き届きかもしれないが、自主性を重んじ放任していたので仕方がない。
この異常を察したケイレブの直感、恐るべしだ。
「では、こちらで処理しよう。人のした不始末は人がやるのが筋だ」
「御兄様のそういう真面目なところ、とっても評価が高いんです」
「ただし、無理だったらよろしく頼む」
「御兄様のそういう適当なところ、とっても素敵なんです」
喜んでくれるヤトノは、言いなりになるだけの都合の良い存在ではない。嘘もつくし隠し事もして、拗ねたり文句を言ったりする。ニーソやノエルは自分の意思があった上で同意してくれる。あとイクシマはイクシマだ。
アヴェラは自分が恵まれている事に感謝した。
「さてと。どこまでやるかだが――少し聞きたい」
後半の問いを上須賀に投げかける。
その言葉には今まで隠していた強さや敵意を込めており、それを僅かに察した上須賀が顔をしかめた。
「なんだよ偉そうに。調子こいてんのか」
「一応聞くけど、この辺りの村人は全部ゾンビにしたんだな」
「いーや違う。そんな適当な事するわけないだろが。ムカついたからさ、半分ゾンビにしてやったのさ」
「半分?」
「分かんねーか、これだから発想力のない奴はさぁ。ほら住んでる奴の半分をゾンビにしてデスゲーム! 助けを求めてももう遅い、ざまぁって奴だな」
「…………」
「ざまぁと言えば、これ。これを見てくれ」
上須賀は壁際の透明な円筒ケースを指し示した。その中には体格の良い男の姿があった。映画に出てくるマッスルのように上半身だけが逞しく、さらに右肩に巨大な目玉があって手には長い爪もある。
「俺に怪我させた冒険者と、ここのダンジョンボス? みたいな奴と合体させてやったった。しかも元の意識も残ってるし。ざまぁだな、ざまぁ」
アヴェラは瞑目し、それから深々と息を吐いた。
誰だって相手に思い知らせたい気分はある。しかし度が過ぎれば、ただ単に他人を引きずり降ろしたがる嫌な奴でしかない。
そのまま抜き打ちでヤスツナソードを振るう。なんの手応えもなく上須賀の片腕を斬り飛ばした。即座に呪いが発動し、それが上須賀を責めさいなんだ。
「がああああっ!!」
相手の態度と言動が気に入らないからと、即座に斬りつけるほどアヴェラは野蛮ではない。しかし相手が人の心を持っていないなら話は別だ。
「なに、なに、なにするぅ」
喚く上須賀の声に反応してゾンビレディーたちが手を叩いて同調している。その姿が不快であり哀れであり無惨であった。それもアヴェラが見つめた途端に、塵のように砕け散り消滅した。
「御兄様……」
ヤトノが驚愕したのは、それがまたしても魔法ですらなく自らの意志で世界に干渉する行為だったからだった。
「一つ間違えば、こいつと同じになっていたかもしれないな」
「そんなことはありませんわ。だって御兄様は、まともですし。それに何より!」
「何より?」
「わたくしが憑いておりますもの」
まさしく憑いている、ずっとずっと今だけでなく未来永劫かもしれないが。
上須賀は息も絶え絶え起き上がる。その額は脂汗がびっしりだ。
「お前、許さんぞ。もう絶対に許さん、後悔させてやる……」
「ああそう。やれるものならやってみろ」
「腐神の加護! デスゲート!」
「で?」
「デスゲート! デスゲート! デスゲート!」
唱えた言葉からして死の神に関する魔法だろうが、しかし発動はしない。なぜならアヴェラがいつも感じる大いなる気配たちに怒りがある。
つまり、上須賀は神々に見放されていた。
他者を認められない者は、いずれ他者からも認められなくなる。そういった事なのだろう。
「フレイムアロー! アイスボール! ストームサンダー! クリエイトゾンビ! 何でだよ。腐った神が! 何とかしろ!」
「だったら自分から行けばいい」
「は?」
「門を開こう。厄神の加護、オープンザゲート」
アヴェラが唱えた途端に漆黒の楕円が開く。そこからヌゾッという雰囲気で腐敗した腕が伸びた。辺りに圧倒的な強い気配が満ち震え上がる程だ。
「来るな! 来るな! やめろぉぉおっ!」
腐敗した手が上須賀を掴み、ゆっくりだが着実な動きで引きずり込んでいく。
「放り込もうとおもったが、迎えが来るとはね。歓迎されてるじゃないか」
「レラージェですね。自分で後始末するわけですか」
ヤトノが手を振ってみせると、腐った手の指が一本持ち上げられて軽く左右に振られた。当然と言えば当然だがヤトノと顔見知りというわけだ。
「ですけど、それで許されるはずありませんね。わたくしの本体の真似したのも駄目なんです。後でペナルティなんです、ペナルティ」
ションボリした感じで指が降ろされた。
上須賀の絶叫は漆黒に呑まれた瞬間にぷつりと途絶えた。大きく見開かれた目もやがて呑み込まれていく。そして漆黒の楕円は消えた。
「なんだか妙に疲れた……」
「それはそうですよ。御兄様は神界と繋ぐ門を開けて維持したのです。疲れた程度ですむ方がおかしいんです」
「そうか……少し休む」
「どうぞ、このヤトノを抱き枕にでも布団にでもなんでもして下さい」
倒れそうなアヴェラをヤトノが支える。ノエルもイクシマも我に返って駆け寄り、そうして皆が心配して覗き込んだ。
そして壁際の透明な円筒ケース内部の巨大な目玉が動いていた。
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