第200話 歪んだ映し鏡
「なんじゃ、ここは……」
洞窟は徐々に人工物的な様相を取り出していた。
壁や床は凹凸がなくなり平らとなって階段が現れ、しかも手摺りまでついてバリアフリー仕様だ。所々に置かれた鉢植えはハーブの観葉植物だった。
「でもゾンビがいるな」
こちらに気付いたゾンビが数体ゆっくりと向かって来ている。
「ふんっ、また我に倒せと言うんじゃろが。よかろう、この我の戦いぶり! とくと目に焼き付けるがよい」
「ちょっと待て」
アヴェラは手を伸ばし、金色の髪を引っ掴んで止めた。
バランスを崩したイクシマは反っくり返りつつ、痛みに顔をしかめた。
「なんで!?」
「多分その方が良い、少し見ていろ」
言ってアヴェラはゆっくりと前に進んだ。
ゾンビからは奇妙な音が聞こえるため、全神経を集中させ――ゾンビの口から液体が迸った。アヴェラは素早く横に飛び退いて回避し、そこから前に出てヤスツナソードを縦縦横横と振って全部を倒した。
「うわぁ」
ノエルが呻いたのは、床に落ちたゾンビの吐いた汁っぽいものを観察してだ。濁ったような色で酸っぱい刺激臭が漂う。
「えっとさ、これなんだろ」
「多分だが胃液みたいなもんだろ」
「……うわぁ。絶対に浴びたくないよ、うん。でも良く分かったね」
「まあね」
アヴェラは心の中で前世の愛猫に感謝した。吐く予兆はそこで学んだ。その音を聞けば寝ていても跳ね起き反応できたほど把握している。
「よかったな、イクシマ。あのまま突っ込んでたら顔面から浴びてたぞ」
「…………」
「感謝とかの言葉とかあれば聞くぞ」
「あー、まあ。感謝してやらん事もないんじゃって……助かった」
最後の呟きは小さいが、顔を赤くして横を向いている。もともと他人との交流が少なく独立独歩の人生だったので、こういった感謝をする事も殆んどなかったに違いない。
そのまま進んでいくと金属扉があった。
「鍵がかかってるな」
「任せて! ここは私のスカウトスキルで解錠してみせるんだからさ」
「ん?」
ノエルが張り切った時には、既にアヴェラがヤスツナソードを振っている。凄まじい斬れ味で金属を斬り裂いて鍵そのものを無効化していた。
「がーんっ、折角の出番が……」
「あっ、すまなかった」
「大丈夫、別にいいから。どうせ私のスキルなんて成功率低いからさ。その方がきっといいんだよ。うん、ここはポジティブに考えて無駄な時間を使わなかったって思わなきゃだよね」
ノエルがどんより落ち込んだので、アヴェラはちょっと申し訳ない気分になった。
万能鍵を使って侵入した部屋は異彩を放っていた。
無機質な白壁に天井に照明が取り付けられ、金属製の寝台が幾つも並ぶ。横にはテーブルが置かれパイプを曲げて作られた椅子がある。
あまりにも違う。
つまり、この世界における様式とは違いすぎる。同時にアヴェラには、ある意味で見慣れたものである。
「…………」
アヴェラが傍らを見やると、ヤトノは軽く肩を竦めてみせる。恐らくは憶測中で内緒事をしている件は、これなのだろう。
「変なつくりじゃって、なんぞ施療院に近い」
「気を引き締めた方がいいぞ、割と本気で」
「ふむ?」
いつになく真面目で真剣なアヴェラの様子に、イクシマはちらりと上目遣いで見て素直に頷いた。その辺りは互いに察せる関係だ。
「ゾンビ……寝台……嫌な予感がする」
「そうなの? 分かんないけどさ、だったら早めに撤退した方がいいかな」
「今のところ出られるのは最初の縦穴だけ。あそこから飛んで出られない事もないけどな、ここを放っておく方が厄介だ。流石はケイレブ教官だ、いい勘をしてる」
薄く笑うアヴェラの様子にノエルは首を竦めてみせた。
さらに奥へ進み、途中の小部屋などで冒険者のものらしい装備も見つける。ただし回収はしない。今のアヴェラは、ここにあるものを持ち出す気はなかった。
どんどん奥へ進み、ゾンビもカラルも倒していく。
そして出会った。
「貴様ら何者だ!」
奥にある部屋に、不健康そうな顔つきにひょろりとした体型の男がいた。頭は小さく三角顔で、どことなく蟷螂を連想させる。
何にせよ注目すべきは、その身に付けている白衣だった。
まごう事なき白衣だ。もちろん白いだけの衣装なら、普通にある。しかし男が着ているものは、ドクターコートとしての白衣だ。
アヴェラは深々と息を吐く。
「通りすがりの冒険者ってところかな。冒険者がダンジョンに入るのは当然なんで」
「これだから野蛮人どもは……」
「そりゃまあ、箪笥を漁って壺を割るぐらいなんでね。もちろん、別に小さなメダルを探しているわけじゃないが」
その言葉に男は戸惑った様子だが、アヴェラは続けた。
「ここは何だろう? ゾンビは出るわ廊下にハーブがあるわ、ホラーアクションゲームでも再現しているような場所だ。貴方が関係しているのか?」
「君は、もしかして……誰に連れて来られたのかな? それとも、もう一度産まれた感じなのか。どっちだろう」
「産まれた方だね」
「おおっ!」
途端に男は気を許した様子で笑った。
座るよう椅子を勧められるが、アヴェラは立ったままだ。ノエルとイクシマはさっぱり話についていけず後ろで大人しくしている。そしてヤトノは……無言だった。
「いや嬉しい。同志がいるだなんて。僕みたいに、こっちに飛ばされたわけでなくて産まれたにしても素晴らしい」
「で? ここの建物とかゾンビは、貴方が?」
「そうだよ。この世界を変えるために、いろいろ準備中でね。まずはモンスター、これの謎を解明してだね。人為的にモンスターをつくろうと思って」
「…………」
アヴェラはヤトノから聞いた話を思い出した。
モンスターは全て神たる者の力を受けた産物であり、放置され繁殖はしていたとしても、やはり神の管理下にあるものだ。
それに手を出すということは非常によろしくない。
「いきなりこっちに来て十年、苦労したよ」
男は上須賀と名乗った。
部屋のあちこちに視線を向けると、巨大な円筒形ガラスの中に液体と共に変な生物が立っていたり、その他のガラス筒の中にはモンスターや人間らしい部分が浮いている。
こんなものを平然と飾れる上須賀は、まともな神経をしていないだろう。
「この非文明的な遅れて未開で野蛮な世界を改革してやろうって、いろいろやろうとしたけどね」
「へぇ? 例えば」
「そうだね、農業なら肥料改革とか二毛作とかいろいろ。なのに余計な事をするなって殴られたりだ。愚民どもめが」
「そこで生活して唯一の収入が農業でしょうに。いきなりかかって来た電話でマンション購入の勧誘されてやる馬鹿はいない。それと同じでしょうに」
「いや、間違いなく成功するんだが」
「それを知っているのは貴方だけ。まずやるべき事は、地道に皆の信頼を得る事だったのでは?」
この世界生まれで地縁のあるアヴェラですら、周囲の理解を得られず金も物もなく何も出来なかった。
いきなり来た上須賀に出来るはずもない。
しかも自分の所有物ですらない事に口出しして騒ぎ立てるのだ、さぞかし厄介者扱いされ面倒がられた事だろう。
「信頼? 得ようとしたさ。村役人が威張って村人は抑圧されていた。だから皆を救ってやろうと民主主義を教えてやったんだ。そしたら愚民共に村から追い出された」
「…………」
アヴェラは素直にアホだと思って呆れた。
最悪の民主政治は最良の専制政治に勝るという言葉もあるが、そもそも論じる意味もない。結局民主政治も権力が固定化され、議員という名の貴族が産まれるだけ。何の意味もない。
そもそも元世界でも専制政治から民主政治に変わったのも、よくよく考えれば権力を奪取したかった者に大勢が踊らされただけでしかないだろう。
「そんな時に僕は自分の力に気付いた」
「ん?」
「魔法だ、魔法だよ。知っているかな、この世界に送ってくれた神の力を使えば思うがまま自由に魔法が使えるということを!」
「……ちなみにどんな神様です」
「腐敗を司るレラージェ様だ! その力を用いればダンジョンも思うがままに形を変えられて、建物だってつくれる。僕を否定した馬鹿な愚民をモンスターに変える事だってね」
「…………」
アヴェラが視線を向けると、ヤトノは小さく肩をすくめてみせた。
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