第199話 仲良したちの洞窟探検
そこは岩肌の露出した洞窟となっていた。
少し湿気があって肌寒く、薄暗いが所々にヒカリキノコが生えている。やや埃っぽさがある中に腐敗臭が漂っており、ここにゾンビがいるのは間違いなかった。
二人並んで十分歩ける程度の広さがある。
「ここダンジョンじゃぞ。なるほど、それで上にゾンビがおったか」
「何を勝手に納得してる? 入口は縦穴だろうが。どうやってゾンビが外に出たんだよ。こっちだって出られないってのに」
縦穴を降りた後に気づいたのだ、そのままでは出られないという事に。
もちろんアヴェラの飛行魔法を使えば問題ないのだが、内部を探索した後の最終手段として使用を禁止されてしまった。それもあってアヴェラは、やや不機嫌だ。
「そんなんダンジョンだからに決まっておろうが」
「答えになってないぞ。なんで、ダンジョンだからって決まってんだ?」
「昔っからそう決まっとる。お主、何を言うとるん? 大丈夫なんか」
「くそっ、なんてエルフだ。同じ言葉を喋って会話ができないぞ」
ぶつくさ文句を言う。
実際にはダンジョン周辺にはダンジョン内に出現するモンスターが湧くという意味でイクシマは言っていた。もちろん言葉足らずが悪いのだが、アヴェラもアヴェラで冒険者養成所で学んだ内容を失念していた。
つまり、どっちもどっちだ。
「まあまあ。それよりさ、奥の方に行ってみようよ。ダンジョンなら一番奥に転送魔法陣があるかもだし」
間に入ったノエルが一生懸命に宥める。
「ノエルよ、お主は実に良い事を言う。文句ばっかし言う奴と大違いなんじゃって」
「本当にそうだな。訳の分からん事をいう奴とは大違いだ」
アヴェラとイクシマは歩きながら互いに体当たりを繰り返している。それはそれで仲良さげな様子ではあった。
「足音がするんじゃって。これ近づいて来よる」
イクシマが軽く身を低め前方を睨んだ。
即座にアヴェラとノエルも武器を手に身構える。少しして足音が聞こえてきたが、ヒタヒタと言うよりは、少しペタペタと湿った感じが強い。
洞窟の先に影がちらつく。
ややあってヒカリキノコの前に、それが現れた。
全身は緑の鱗に包まれ、頭から背中まで細かな棘が並び、両手は大きな鉤爪。どこか蛙のようでもあり、何か小型な竜のようでもある。そして生物的な醜悪さが強い。
「なんじゃあれ!?」
「決まってるだろ、あれは敵だ」
アヴェラは冷静に言って前に出る。そして、ふいに飛び掛かって来たモンスターと位置を入れ替わるようにして動きを止めた。手にはあるのは、いつの間にか振り抜いたヤスツナソードだ。
背後ではモンスターが倒れ、グズグズと音をたてて溶けていく。
「ふむ?」
ふいにアヴェラの襟元から声が上がり、白蛇が這い出した。飛び降りながら少女の姿に変わるのだが、そのヤトノは溶けていくモンスターに近寄る。
いつものように素材回収をするのかと思いきや、傍らに屈み込んだ。
しげしげとモンスターを見つめる様子からすると、珍しく興味を引かれたらしい。
「どうした、何かあったか」
「はい、いいえ。なんでもありません、まだですが」
「隠し事か?」
「そうなんです。ああっ御兄様に隠し事をしてしまう、いけない私。折檻ですか、折檻ですか。あんな事とか、こんな事ですか」
「するわけないだろ。後で教えてくれればいいさ」
「御兄様のいけず。でも、そんなところも素敵」
両手を頬にあて恥じらうヤトノの足元では、モンスターはもう完全に溶けて消え去っていた。
間違いなく何かあると――つまりヤトノの反応から――察したアヴェラたちは慎重を期して歩きだす。
「あのさ、さっきのモンスターの名前ってどうしよう。だってほら、名前がないと言いにくいって思うよね」
「サッキノモンスターというのはどう?」
「アヴェラくんさ、そういうのどうかって思うんだけど。うん」
「冗談だよ」
軽く頬を膨らませたノエルに睨まれ、アヴェラは肩を竦めた。冗談で言ったのではなく、割と本気だったのだ。
「ならば我が素敵な名を付けてやるんじゃって」
「あれに素敵な名ね……」
「文句言うなよー! とにかく、カエルみたいでドラゴンみたいな見た目じゃろって。なのでな、ここは両方を合わせカエゴンでどうじゃって」
「カエルのエルが、エルフっぽいからエルゴンもいいな」
「お主なー、何でそういうこと言うん? いくないぞ!」
「へいへい」
軽く頬を膨らませたイクシマに睨まれ、アヴェラは手をヒラヒラさせた。
「だったら、カラルというのでどうかな」
ノエルが穏当な意見を述べる。
一応はイクシマの意見を取り入れつつ、エルフにも配慮したらしい。
「実に素晴らしい。カエゴンとは大違いだ」
「お主のサッキノモンスターよりもな!」
互いに言い合った二人は顔を見合わせた後に、そろってそっぽを向きつつ、歩きながら体当たりを繰り返す。
やっぱり仲がいいなと、羨ましい顔をするノエルであった。
そしてヤトノは辺りに鋭く冷徹な目を向けている。
「どうしたヤトノ? 遅れてるぞ」
「はい、申し訳ありません御兄様。ああ、お気遣い頂けるだなんて感激です」
後を追いかけるヤトノは笑顔になって、鋭く冷徹な雰囲気は微塵もなかった。
洞窟を歩きつつアヴェラはぼやいた。
「そういや昔なにかで、ゾンビゾロゾロヤルキウセウセと読んだが。その気持ちがよく分かるよ」
「なんじゃそれは。いやしかし、分からんでもないな」
一本道の洞窟内でゾンビが次々と現れる。アクセントでカラルが出現するので良いが、ひたすら倒すのも飽き飽きとしていた。
しかもゾンビを倒すと消滅するまでの間に、ひときわ異臭を放つのだ。
「アイテムは落とさないし宝箱も出て来ない。どうなってんだ、ここは」
本当にうんざりとアヴェラが呟く。
いつもであればヤトノが取りなすところだが、しかし今は興味深げに辺りを見回しているだけ。そして様子のおかしさに気付いたのは誰あろうイクシマだった。
日頃から何かと言い合い、やりあっているからこそだろう。
「どうしたん? この小姑が妙に大人しい」
言われてヤトノが反応する。
これも日頃から何かと言い合い、やりあっているからだろう。
「誰が小姑ですか、失礼なんです」
「この我が心配してやったと言うに。どこが失礼なんじゃって」
「心配してやった!? 本当に失礼なんです」
「普通に言っただけじゃろがああっ!」
「言ってませんー」
ヤトノとイクシマは、いつものように言い合った。緩衝材ノエルが入って宥めているが、まさしくパーティの要というものだ。
「それで? 実際には何を気にしているんだ」
そうアヴェラが言うとヤトノは軽く首を竦めてみせた。
「非常に申し訳ありませんが、まだ少々憶測ですので……」
「内緒にしたいわけか」
「はい、そうなんです。もし予想が当たっていた場合についても検討中ですし、そういうわけで内緒にしたいのですがダメですか?」
「いいや別に。ヤトノがそうしたいなら、そうすればいい」
「御兄様……」
ヤトノは潤んだ目になった。
殆んどずっと一緒に過ごして来て、お互いに秘密もないような生活だったため、こうして内緒事――ただしヤトノからアヴェラに対してだけだが――をするのは初めてに近い。そうした意味で不安があったのだろう。
アヴェラの腕を抱きしめたヤトノは、そのまま頬ずりをしている。
「……そういうのするは、いいんじゃが。前からゾンビとかが来よるんじゃが」
「はい? それがどうしました。小娘が行ってきなさい。そして、わたくしと御兄様の憩いの時間を守るべく蹴散らすのです」
「このっ!」
「それとも臆したのですか? おやおや」
「なわけあるかっ!!」
「では、行きなさい」
「ぐぬぬぬっ!」
イクシマは顔をしかめて歯噛みしたが、その怒りはカラルとゾンビにぶつける事にしたらしい。咆えて突撃していき、実際に戦槌をぶつけまくって殲滅してしまう。
後ろからは暇そうなアヴェラと嬉しそうなヤトノ、そして申し訳なさそうなノエルが続いていく。
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