第198話 エルフの簡単魔法講座

 屋根と柱があるだけの東屋あずまやで、イクシマは石で出来たテーブルの上に行儀悪く飛びのって辺りを見回している。

「しっかし、裏庭を調べる言うたが。なんもないではないか」

 テーブルの高さが――あとイクシマ自身の背も――低いこともあって、ちょうどアヴェラの目線の位置にイクシマの胸部がきている。

 ちびっ子エルフに見おろされるという、普段あまりない光景だ。

 それはイクシマも同じらしい。やや高みからアヴェラを見おろしているせいで、いつもより尊大な態度だった。

「まったく無駄足よの、そんでもって何も見つからなんかったわけじゃ。でもって屋敷は荒れに荒れたわけで、どうするん?」

 言われてアヴェラは視線を逸らした。

「どうもこうもない。怪しいから調べた。それだけだな」

「まあ、あれじゃ。なんぞあったら、我が弁護してやろう。さあ感謝するがいい」

「やかましい」

 いつもの調子で頭を叩く気分で手を払った。

 だがしかし、今のイクシマはテーブルの上に立っている。結果としてアヴェラの手はイクシマの胸を叩いたことになった。何とも言えぬ、しっかりとしていながら弾力と柔らかみを手に感じた。

「なっ、な! なにすんじゃって! 破廉恥じゃあああっ!!」

「叫ぶな。そんな位置に立っている方が悪いだろうが!」

「こやつ開き直りおった、何て奴じゃ」

「ああ、そうかい。じゃあ責任を取ってやる」

「責任? 責任……せっ、責任!?」

 今度はイクシマは動揺した。口を手で覆いつつ後退り――ちょうど騒ぎを宥めようと近づいていたノエルの顔面にお尻をぶつけてしまう。

「わわわっ!」

 運悪くノエルは顔面を突き飛ばされ、運悪くバランスを崩し蹌踉めいて、運悪く足をもつれさせて回転し、運悪く柱に顔面から突っ込んだ。

 けっこう良い音がした。

 一方でテーブルの上に座り込んでいたイクシマが声をあげる。

「ふんぎゃ!? なんなん!?」

 テーブルが横に動いて、そこにポッカリと穴が現れた。


「ううっ、泣きそう。なんと言いますか、顔が痛い。でも、あれだよね。むしろ大活躍? なんだか隠し階段を見つけちゃったわけだし」

「なるほど、そこの柱にスイッチがあったわけか。ほら、これを飲むといい」

 納得して肯いたアヴェラは、敢闘賞としてノエルに回復薬を差し出した。怪しいと思った場所に、隠し階段があったので御機嫌だ。もちろん階段があっただけで、何かが見つかったわけではない。

 だが、アヴェラは確信していた。

「これは何かあるな」

「えーっと、ただ単に屋敷の人の宝物庫だったりとか?」

「それはそれで願ったり叶ったりでは?」

「うわぁ。アヴェラ君、すっごく悪い顔してる」

「そうか?」

 東屋の周りに、またゾンビが集まってきた。わらわらと向かってくるが、もちろん放置はしておけない。

「ほら倒してこい、原因」

「我か? 我が悪いんか?」

「当たり前だろうが、いったい何度叫んでゾンビを集めれば気がすむんだ? お前はゾンビの味方か?」

「くっ……じゃっどん、我のお陰でゾンビに不意打ちされんですむんでは?」

「こいつ開き直りやがった。何て奴だ」

 軽口を叩き合ったところで、アヴェラとイクシマは同時に動いた。それぞれ示し合わせたわけでもないが、反対方向へと跳ぶ。そして、そこらのゾンビを倒す。東屋を中心として同じ方向に回転して、次々と片付けていく。

 見ていたノエルが羨ましくなるほどのコンビネーションであった。

「はっはぁ! 見たか我の活躍」

「まあ半分以上は、こっちが片付けたのだがな」

「馬鹿を言うでない。我ぞ、我の方が多く倒しとった」

 戻ってくると互いに文句を言い合っているが、それもまた息が合っていた。


 東屋の中心にあった石のテーブルが横に動いた後に、ぽっかりとした穴が空いている。真っ暗で奥はよく見えない。僅かに吹き寄せる風はひんやりとして、そして土埃の匂いがした。

 枯れ草の束に火を点けて落とすと、底に落ちて跳ねて消えた。

「深さはそこそこ、どうやら空気は問題なさそうだな。でも問題は……どうやって降りるかだな。ロープは持って来てないが」

「お屋敷にもなかったよね」

「カーテン類でロープを作るのもありかもしれん」

「うーん、どうかな。村でそういうのやったけどさ、かなり大変だったよ」

「そうか……」

 悩んでいると態とらしい咳払いが聞こえた。

 無視していると何度も繰り返される。どうやら反応するまで続けるらしい。

「分かった分かった、聞いてやるから言えよ」

「なんという失礼な言いぐさ。この我が素晴らしい魔法を披露してやるのに」

「どうぞ言ってみて下さい、エルフさん」

「なんか失礼! とにかくじゃ、姉上から教わった素晴らしい魔法がぴったりなんじゃって」

「ほほうっ」

 たちまちアヴェラの目が輝いた。魔法に関しては凄く期待が大きくて、そしてワクワクしてしまうのだ。

「まっ、見ておると良い」

 イクシマは再びテーブルの上に飛びのった。

「風神の加護よ舞え、レビテーション!」

 唱えて飛び降りるのだが、その落下速度はゆっくりとして一定だ。ぴたりと足を揃えて着地をすると、ノエルのみならずアヴェラも拍手をしている。

「なるほど素晴らしい魔法だ」

「そうであろう、そうであろう。はっはっは! もっと褒めても良いのだぞ」

 イクシマは両手を腰に当て胸を反らして得意そうだ。それにノエルは再び拍手をしているのだが、アヴェラの感心は既に別へと移っていた。

「でもなんで風神の加護なんだ? 別に風が作用していた形跡はなかった。足元の空気密度が高まって、そこを少しずつ落ちている? むしろ重力が作用していると言うべきではないのか」

 ぶつぶつと言いながら悩むアヴェラの前で、イクシマとノエルは顔を見合わせ同時に息を吐いた。もう、こういうのは慣れっこなのだ。

「また面倒くさい事を言いだしおった」

「あ、あははは……それより私もやってみるね」

「うむうむ、やってみるがよいぞ。しっかりと想像するのがコツじゃぞ」

「了解なんだよ」

 ノエルは軽やかにテーブルの上にあがる。軽く何度か屈伸して、えいやっとテーブルから跳んだ。

「風神の加護よ舞え、レビテーション!」

 ふんわりと跳んだあげく、軽く一回転までして着地している。才能云々もあるが、いろいろ事情あって各神から魔法の支援が非常に強いお陰だ。

「おおっ、今のは良いんじゃって」

「えへへっ。なかなか楽しいよね。これで穴に飛び込めば上手くいけそうだね」

「もちろん何じゃって」

 イクシマは笑顔で頷いた後、ジロリとアヴェラを睨んだ。


 そちらについては、しっかりとお目付役をせねばならない。特に魔法に関しては、特に魔法に関しては、特に魔法に関しては。

「いいか、お主も大人しく。大人しーく、普通にやるんじゃぞ。普通に。いいな、我との約束じゃぞ」

「問題ない。概ね把握した」

「お主の魔法で、今まで一度でも問題なかったことがないから言っておる!」

「大丈夫だ安心しろ」

「安心できん!」

 まったくもってその通りで、アヴェラの場合はアレンジが過ぎる。

 普通に使えばいいのだが、いろいろ考えたあげく、今度こそはと自分のやってみたい事で実行してしまうため概ね大きな騒動となってしまう。この辺りは料理下手の心理に通じるところがあるかもしれない。

「風神の加護よ飛べ、レビテーション!」

 既に唱えている言葉からして違い、アヴェラはテーブルの上から――飛び立った。

 文字通り飛び立って、空中を軽やかに飛んでいる。

「なんで!?」

 イクシマの驚きは何も起きなかった事に驚いたのか、それとも飛んでいる事に驚いたのか。はたまた両方に驚いたのかは分からない。

 何にせよアヴェラは得意満面だ。

「どうだ見たか、全く問題ないだろうが。レビテーションではなく、トベレビテーション? いやトベテーションとでも名付けようか」

 浮遊したアヴェラは空中を滑るように移動した。

 しかし、その襟元から白蛇ヤトノが姿を現す。ひょいと飛びだすと途中で少女の姿に変わって降り立った。

「あー御兄様。申し訳ありませんが……」

「まさか、また太陽神様から文句が?」

「ああ、いえアレは特になにも」

 しれっと一番偉い筈の太陽神をアレ扱いだ。

「言って来たのは風の神でして。まあ、無視してもいいと私は思うのですけど。どうしても煩いですから、一応はお伝えしようかと」

「ちゃんと風の神の加護だろ。これは、絶対に使い勝手の良い魔法だが」

「ええ、そうなんです。でも風の神が言いますにはですね。得られる認知に対し費やすコストが大きすぎるので広めて欲しくないと懇願しておるのです。ほんっと自由奔放とか言いつつ、そういうとこで計算高くて細かいんですから」

「……費用対効果が悪すぎるということか」

 浮遊状態を維持しつつ空中を好きな方向に移動し、さらには空気抵抗を無視しているのだ。しかも、それを一度唱えただけで長時間維持するのであれば、風の神としてはコスパが悪すぎるかもしれない。

 アヴェラは小さく息を吐いて地面に降り立った。

「ちょっと保留で」

 それから三人で次々と東屋の穴へと飛び込み、ゆっくりと落下していく。魔法が落下速度を緩めるだけであり、もし上がるのであればアヴェラの魔法を使うしかないだろう。

 まだその事に誰も気付いていない。

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