第197話 調べれば何かが出てくる、はず
屋敷に入って直ぐの玄関ホールは広々としている。
そこは下手すれば庶民の暮らす家が一軒すっぽり入りそうなぐらいの広さがあって、もちろん二階にまで吹き抜けとなっていた。
「無駄に広いな」
「えーっと、あの。お邪魔しまーす……」
「誰も居なさそうだから大丈夫だろう」
「そうかな?」
ノエルは心配そうに辺りを見回しているが、外で散々――主にイクシマが――騒いだ後である。誰かいるのなら、もうとっくに様子を見に来ているだろう。
しかし人の姿どころか気配すらない。
「さて、ここを調べるか」
「やっぱり調べるの? ちょっと拙いかなーって、思ったり思わなかったり」
「問題ない、怪しいから調べる。そしてケイレブ教官から調査を命じられているわけだから、何か問題があればケイレブ教官の責任となる」
「うわぁ……」
「というのは気の毒なので、冒険者協会の責任という事にしておこう」
いろいろ苦労しているケイレブに対し、一応は気遣っておく心優しいアヴェラである。そのまま我が物顔で屋敷内を歩き調査を開始した。
床は平らな石が敷き詰められ、歩くと静かな空間にコツコツと音が響く。
「どっから調べるん?」
「まあ適当に一つずつ調べるさ」
「じゃっどん、調べる言うても何をなんじゃ?」
「怪しいものに決まってるだろ」
言いながらアヴェラはドアを開け次の間に移動するが、そこは長いテーブルがあって、それに相応しい数の椅子が左右に並んでいた。どうやら食堂らしいと思うのは、テーブルの上に食器が並んでいるからだ。
「みろ、怪しいだろ」
「食器が並んでおるだけ……まあ、確かに怪しいと言えば怪しいんじゃな」
「意味も無く置かれたままの食器。しかも真新しく綺麗だな」
そのまま辺りを調べていくが、倉庫と温室と図書室があった。
「いかんな、本格的に怪しい」
「えっ? そうかな。別に怪しいとこあったかな。まあ、意味もなく石像だけ置いてある部屋は怪しいと言えば怪しいけどさ」
「そうじゃない。食堂があるのに調理場がないだろ」
「あっ、そういえば」
しかし廊下を歩いて行くと、ようやく人の姿を見つけた。ただし、何やら床にうずくまっている。
前に出ようとしたアヴェラを遮りイクシマが前に出た。
「ここは我が挨拶と謝罪をしよう。なーに問題はない。我は礼儀をきちんとな、きちんと礼儀を身に付けておるでな。任せてくれて良いのじゃぞ」
などと言いながら、凶悪な戦槌を肩に担ぎずかずかと前に出て行く。
「そこの方よ、我はエルフが氏族のディードリの三の姫、イクシマなる。ちと、ここらを調査しておる。いやいや、安心するがよい」
後ろで様子を窺うアヴェラとノエルからは、イクシマが邪魔で相手の姿はよく見えない。しかしどうやら反応はしていなさそうだ。
「あー、ちっとも怪しい者ではないんじゃ。安心してくれよいんじゃぞ。むぅ、無視は良くない。なんぞ言うたらどう――ふんぎゃあああっ!」
いきなりイクシマが叫んだ挙げ句、素早く戦槌を構え振り下ろした。
ぐしゃりと嫌な音が響いて相手は叩き潰された。
「……イクシマ、お前な」
「ち、違うんじゃって。これは!」
「いつかやるとは思っていたが、まさか本当にやるとはな」
「待てい、違うんじゃって。我の話を聞けい!」
「アルストルに帰ったら自首するんだな。安心しろ、警備隊の特権で差し入れぐらいはしてやる」
「聞けよー!」
イクシマは涙目になって声をあげた。
「アヴェラ君もさ、それぐらいにしてあげてよ」
深々と息を吐くノエルが、ちょいちょいとアヴェラをつついた。
「それもそうだな」
「えっ、どういう事なん?」
「相手がゾンビなのは見れば分かるだろうが、あと臭うわけだし」
もちろんイクシマは猟奇殺人をしたのではなく、ゾンビを倒しただけである。ただし対象がモンスターというだけで、やってる事は大差ないのだが。
「なんだよー! そういう事なら早く言えよー! 酷いんじゃぞー!」
「すまんな、あんまりにも反応が可愛かったんでな」
「えっ、我が可愛い……」
イクシマは軽く動揺し、それまでの憤りは一瞬で消えてしまった。そのチョロさについて、どうなのかと思うノエルだったが優しい心を持っているので何も言いはしなかった。
「しかし、これで確定したな。ここは決定的に怪しい」
アヴェラは断言した。
「山に大量のゾンビがいて、山中に屋敷があって、屋敷の中にゾンビがいる。もはや言い逃れも出来ないほど怪しい」
「ちょっと強引な感じがそこはかとなくするけどさ……たとえばほら、このゾンビだって。ただの迷いゾンビとかかもだよ」
「廊下の両端は施錠されているじゃないか」
「ゾンビが自分で鍵かけたとか、なーんて事もないよね。うん、そうだね」
「と言うわけで、大手を振って調査しよう」
「あ、一応は遠慮してたんだ」
確かにそれまでアヴェラは遠慮をしていた。その事をノエルもイクシマも直ぐに理解した。なぜなら、それからの行動は本当に酷かったのだから。
ドアを見つければ両断して解錠して押し入り、ゾンビは一刀両断。引き出しを見つければ全て開け、ゾンビは一刀両断。絵があれば後ろを確認し、ゾンビは一刀両断。
やりたい放題だ。
「我は分かったんじゃって、生きておる人間ほど酷いものはないって」
「何が酷いだ、これは調査だ」
「たわけぇ! お主、そこら中を荒らしとるじゃろが!」
「単なる調査だ」
「開き直っておる、なんて奴じゃ。これはもう我が末永く見張り続けていかねばならんのじゃって。うむうむ」
ぶつくさ言うイクシマだが、しかし屋敷内は荒れてしまい、盗賊が入ったよりも酷い有り様なのは事実だった。
「えーっと。でもさ、なんにも怪しいものは見つかってないんだけど」
「大丈夫だ問題ない」
「そうなんだ、良かった。でも、なんで問題ないの」
「留守だからな。さっさと逃げる」
「ちっとも問題なくないよ、それ……」
「冗談だ。まあ、どこかに怪しいものがあるだろ」
アヴェラは平然と言いながら屋敷内を荒し、もとい調査していく。
「えーっと、結局なにもなかったけどさ。やっぱり、ここの人にごめんなさいするしかないのかな。うん、一緒に謝ろうね」
「いや、まてまて。先程アヴェラの奴が言うた通りに、相手はおらんのじゃぞ」
「そういうの良くないよ」
「そうでなくって、違う。ここに誰も住んでおらずに放置されておるんなら、別に罪には問われんって事じゃろ」
ノエルとイクシマが言い合う声を聞きつつ、アヴェラは辺りに目をやった。
一応はアヴェラも焦ってはいた。
さすがに何も怪しいものが出て来なくては気が引ける。もちろん室内にゾンビや系統のモンスターが多数いたので、そういった意味では怪しい。しかし確実に怪しいと言える証拠は出て来ないのだ。
「……ん?」
窓から外を見やる。そこには屋敷の裏庭だが、その庭園にある東屋――つまり柱と屋根だけの小さい建物――があって、なぜかゾンビが集まっているのだ。
間違いなく怪しい。
「外に行こう」
「逃げるんか? お主がそう言うんなら我もやぶさかではない」
「誰が逃げるものか。裏庭を調べに行くんだ」
「なんじゃ、そうなんか。早く言えよー、てっきり逃げると思うてしまったぞ」
ぶつくさ言うイクシマを引き連れ庭へと出る。
ちょっとした小路を進んで東屋へと向かえば、ゾンビがゾロゾロやって来る。
「イクシマ、行け」
「なんで我が?」
「お前を信じて任せようかと思ったのだがな。そうか無理なのか、いやすまなかったな。無理なことを言ってしまって」
「そうまで言われて引き下がるは、女がすたるというものじゃ」
イクシマはのしのしと前に出ると、手にした戦槌を力強く掲げた。
「戦闘じゃーっ!」
足元の土を蹴立て、イクシマは飛び出す。なびく金色の髪は勇ましさがあった。もちろんアヴェラもフォローのために後を追いかける。ノエルも使用武器の効果が低いとは言え、囮として動きだす。
連携の取れた三人の前に、たかがゾンビなど鎧袖一触というものであった。
「はっはー! 勝ち戦ぞ、最高よのー! さあっ! 我と共に勝ち鬨をあげよ、えいえいおー!」
「えいえいおー!」
イクシマとノエルは二人して左手を腰に当て、右手で拳を突き上げた。もちろんアヴェラは参加せず、素知らぬ顔で辺りを調査しだしている。
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