ベイビー・ケイレブⅢ

 ケイレブの生活にとって、結構な稼ぎになるのが薪拾い。大人の場合はモンスター退治というのもあるが、それはやらせて貰えない。

 朝起きて適当な太さの枝を拾い集めて束にして、それを紐で縛って背負って運んでくる。それを朝と昼と夜にやって門兵たちに渡すと金になる。

 しかし、その金は門兵の預かりだ。

 安心できる人たちだし信用してもいいとは思うが、これまで何度も騙され辛い目に遭ってきたので不安は不安。それで一度聞いてみたところ、ケイレブの金と書いてある帳簿を見せてくれた。

「どうだ、ちゃんと書いてあるだろう!」

「書いてあるけど……なんか覚えのない数字があるね」

「あー、それはな、つまりな。俺らの小銭だよ、買い物すると細かい端数が出んだよ、持ってると邪魔だし重いわけだ。ちょうどいいんで、集めてケイレブのにしてんだ」

 トダイが指差した木箱には、確かに小銭がいっぱい入っていた。

 それが自分のものかと思うとケイレブは嬉しくなる。

「ねえ、あとどれぐらいで通行証が買えるの?」

「半分ぐらいまで来たとこだな」

「そっか」

 ケイレブは肩を落とした。

「お前は街に入りたがっているが、行くあてはあるのか? もし知り合いがいるなら探してやるぞ」

「そんなものないよ。でも街に入れば、僕も普通の人間みたいじゃないか」

 街に入りさえすれば何とかなるという、根拠もない期待。今しか考えず、その先をどうするかを考えない子供ならではの淡い憧れ。

 ケイレブの言葉にトダイは何も言わない。否、言えなかったのだ。門兵と言っても、所詮は一介の兵士。子供一人とは言えど、その人生を背負うには重すぎる。

「街に入るよりは、もっと先を考えるんだ」

「……街に入るなってこと?」

「そうじゃない、そうじゃなくてだ。目的とか何をしたいとかだな」

「分からないよ! 目的もしたい事も考えられないよ」

 自分が否定された気分で泣きそうになったケイレブに、トダイは言葉を探すように頭を掻いている。


「うははははっ! はーっはっはっは!!」

 全てをぶち壊す笑い声を響かせジルがやって来た。

「くだらん、くだらん! 何をくだらんことを言っておるか! 先を考えるとか目的とか、ちまちま考えるな。人生は勢い! そんなものは突っ走った後で考えろ!」

「また、アンタは! 子供に悪影響を与えるんじゃねえ!」

「むっ遠慮がなくなりおったな」

「あ、た、り、前だぁ!! 待遇改善とかで皆を扇動するわ! 皆を引き連れてモンスター狩ってきて酒盛りするわ! 貴族の馬車を囲んで脅しをかけるとか! あんだけやれば当たり前だろうが!」

「構わぬであろうが、面白かったしな! おい小僧、こんな奴を見習うなよ。人生がちんまり終わてしまうのである」

 とりあえずケイレブはクソガキから小僧に昇格している。

 トダイは額を押さえて堪えに堪えた。

「いいか、ケイレブ。これがこの世で一番見習ってはいけない大人だぞ」

「うん、僕もそう思う。もうちょっと、よく考える」

「ケイレブは賢いなぁ」

 トダイはしみじみ呟いて空を見上げた。

「おうおう、お前ら。もしや俺をバカにしとるのか? なんなら、この門の横で一晩中歌ってやろうか。こう見えても歌も得意だぞ」

「もうさ、街の中に連絡して引き取りに来て貰うぞ。と言うか、なんで何の問題も起きないわけだよ。普通、こうあるだろ? 困り果てた家族とか知り合いとかが迎えに来るとか!」

「問題ない。なぜなら、俺がいなくても大半は回るようになっておる」

「くそっ! 無駄に有能だ!」

「そう褒めるでない。まっ、俺がしょっちゅう出歩くから勝手に向こうが育っただけだがな。わははっ! わーっはっはっはぁ!」

「街の未来が心配だ」

 ジルの高笑いの横でトダイは心底疲れた顔をした。そしてケイレブは楽しかった。こうして人に囲まれて皆が喋って賑やかしい。安心できて心地よい。


 それからケイレブはジルに稽古をつけて貰う。

 このジルは本当に強い。本人は戦い慣れているから当然だと言うが、それにしても門兵の誰よりも強い。皆から少し離れた場所での訓練はありがたい。二人きりの秘密の特訓と言ったジルはエイフス隊長に蹴られていた。あの隊長も結構強い。

「よーし、よしよし小僧。やれば出来るじゃないか」

「勝てない。ジル、強すぎる。凄い」

「はっはぁ! そういう言葉が聞きたかった。もういっちょ行くか!」

 ジルの攻撃は容赦がなく、一瞬も気が抜けないぐらいだ。

「そのまま聞けい! お前は身体が細い筋力も少なめ、耐久力は少ない。それであれば動け。素早く動いて回避して、隙を突いて鋭く攻撃しろ。ほれ、もっと来い! 俺を殺すぐらいのつもりでな!」

 棒とは言えど、当たれば痛い。一撃一撃を躱し時には弾いて、また思いきって打ち込む。何度も何度もやって、ようやく当たった。

「おお……!」

 ジルが感心の声をあげ訓練の手を止めた。

「よしよし、やるではないか。さて、正直言えば俺も長くはここに居られん。ぼちぼち本気で戻らんとまずい頃合いであるのでな」

「行っちゃうの?」

「まあな、今日ではないが少ししたらだがな」

「……寂しいよ」

「気にすんな! 生きてさえいれば、いずれどこかで会える! まっ、その前にだ。もう一度構えろ。この俺からの贈り物であるぞ、さあ受け取れい!」

 言うなりジルが強烈な打ち込みをしてきた。躱すことも出来ず、咄嗟に防御したケイレブであったが、構えた棒を砕かれたばかりでなく弾き飛ばされた。

 ジルの高笑いだけが聞こえた。


「あのよぉ、こっちは稽古だって言ってんだよ。分かるか? 甘いことやって優しく、お稽古とかなぁ。はー、バカか?」

 ジルの開き直った態度にトダイは顔を引きつらせる。

「やりすぎだって言ってんだよ!」

「安心しろ、手加減はした。しかも、あいつは頑丈だ」

「そういう問題じゃない!!」

 騒ぎ声でケイレブは目を覚ました。

 目を覚ますと柔らかい布の上に寝かされて、近くではジルとトダイが言い争っている。どうやらジルの攻撃を受けて気を失っていたらしい。

 頭がズキズキして背中も痛みがある。

「おうおう、小僧よ。起きたか、どうだ痛いか?」

「うん……」

「よーし、よく聞け。その痛みも経験の一つ、しっかりと覚えておけい。これから先もし何かあっても少しは耐えられるだろう。ふむ! 我ながら良いことをした。わーはっはっはっ!!」

 ジルの笑い声が頭に響く。だが、嫌な感じはなかった。そして確かに言われる通りだと思う。あの両親と暮らした優しい世界から、この厳しい世界に突き落とされた後は本当に苦しく辛かった。しかし、いろいろな辛さを経た今であれば、大概のことには耐えられる。

 それと同じだ。

「あんたって人は、そんな事を言って!」

「うん? いいのか、向こうで何やら揉めておるぞ。あの見習い君が何やら困っているようではないか。ほれほれ、助けてやれい」

「くそっ!」

 トダイが走って行き、ケイレブも同じ方を見た。

 どうやら若い旅商人が門を通ろうとして揉めているらしい。

「――だからお願いしたい。大事な商談があるのです、これを逃すと折角掴んだチャンス駄目になってしまうのです」

「気の毒だが通行証が必要だ、もし無ければ買う事ができる」

「今の手持ちは為替が殆んどですよ。それでよければ……」

「ここでは現金だけだ。為替を現金化したくば両替商に頼むべきだが、この街には入れない。近くの村まで行って替えてくるしかない」

「なら現金で」

 こうした旅商人は現金を持たない場合が多い。盗賊対策でもあるし、重くて嵩張るからでもある。もちろん多少の現金は持っているのだが――。

「これでは足りないな」

「くっ! それなら手持ちの品を出しましょう。格安で構いません、だからこれを買って頂けないですか」

「悪いがな。門前での商売は禁止されている」

 トダイもオグロも苦しそうな顔だ。周りには他の門前滞在者が集まって、便乗して不満の声をあげだしていた。


 それを見ながらジルは鼻で笑った。

「やれやれ、あの若僧商人もやり方がマズいであるな」

「そうなの?」

「おうよ。一つを許せば次が求められ、次を許せばまた次となる。だからな、あの商人もコソッと頼むべきであった。それも、もっとベテランの慣れた奴にな」

「…………」

 ケイレブは騒ぎを見やった。

 皆が困っている。特にあの旅商人は心の底から悔しがり、今にも泣きそうなぐらいで――まるで、一人になったばかりの頃の自分のようだった。

「むっ、小僧よ。どこへ行くのである?」

「僕は辛く生きてきた。でもここに来て、皆に優しくされて嬉しかった。だから、僕も優しいものを人にあげてみるよ」

「面白い、ならばやってみせよ。だが一つ言っておくぞ、素直にはやるな。思いっきりキザに格好をつけてやれ」

「うん」

 ジルの言葉に送られて、ケイレブは騒ぎの中心へと割って入っていった。

「ケイレブ?」

「ねえ、トダイ。そう言えば、僕はまだ街に入ってからどうするか決めてなかったよ。だから決めるまで通行証はいらないね。でも、お金があると通行証が欲しくなるんだ。困ってるからさ、その人に押し付ける事にしたよ」

「お前……」

「そろそろ、ご飯だよ。早くした方がいいって思う」

 笑うケイレブにトダイもオグロも呆れ顔だ。それから手で顔を押さえると、そのまま肩を震わせてさえいる。

 旅商人は涙さえ流していた。

「ありがとう、ありがとう。私はコンラッド、のちほど必ずお金は返します」

「いいよ、そんなの。それより、この世界が少しでも優しくなれば僕は満足だよ。それより、早く行った方がいいんじゃないかな」

「……貴方に感謝を。私も貴方のように生きると誓いましょう!」

 旅商人を見送って、ケイレブは何かすっきりした気分だった。

 その日の夕食はいつも以上に賑わって、ケイレブは皆に囲まれ最高の気分だった。ただジルだけは珍しく一人静かに考え事をしており、翌朝その姿は消えていた。

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