第190話 魂は黄金色
日射しの中に黄金色の装甲を輝かせ、ゴルゴレナがやって来た。
その背丈は人の倍以上もあるが岩山の一つ下の段にいるので、胸から上が覗く程度である。
じっと見つめてくる眼差しには素直さがあり、お話し終わった? という感じで軽く首を傾げている。まだ誕生したてなので、それも当然かもしれない。ノエルとイクシマが近寄ってペタペタ触って褒めると、そこはかとなく胸を張って得意げだ。
そんなゴルゴレナに、トレストとカカリアは感動の面もちで感嘆の息を吐く。
「これがアヴェラのつくりだしたゴーレムか! 近くで見ると、また素晴らしいではないか! 気高く美しく格好良く力強い。まるでアヴェラの心が現れたようだ」
「そうよね、アヴェラの心そのものよね」
ただし災神である。
「こんなに素晴らしいゴーレムを、土塊に戻すのは勿体なかろう」
「綺麗だものね、どこかに飾っておきたいわ」
「それは良い考えだ、いっそアルストルの広場に置いて広く人々に知らしめてはどうだろうな」
「そうね! 記念碑みたいな感じかしら」
「ゆくゆくはアルストルの守護神として末永く街を見守って貰うとか」
ただし災神である。
むしろ黄金の輝きに惑わされ面倒事が増えるかもしれない。トレストもカカリアも見識ある大人だが、アヴェラが絡めばただの親バカになってしまう。
「えーと、飾るのは無理かな。太陽神様から天上に招きたいって話があってね。ほら、ヤトノ経由でそういう連絡がね」
アヴェラは口を濁した。
流石にゴルゴレナが災神のため地上に居られないとは言えやしない。だから誤魔化したのだが、少なくとも嘘は言っていない。事情を知るノエルとイクシマも余計な事を言わない優しさはあった。
トレストとカカリアは感嘆感心しきっている。
そしてナニアは何とも言えない顔をした。ヤトノの存在を知っているだけに、アヴェラの言葉が真実と分かっているのだ。この件は誰にも言うまいと密かに誓ったが、それは賢明な判断に違いない。
「名残は惜しいが、そろそろ送ってあげてくれ」
アヴェラの言葉にヤトノは小首を傾げた。
「よろしいのですか?」
「ああ。こういうのは、時間が経つほど送り出しにくくなるからな」
「畏まりました。それでは……ちょいさー」
どこからともなく取り出した扇子を広げ、ふんわり下から上へと振り上げている。
ゴルゴレナの姿はゆっくりと空に向かって上昇していく。少しだけ寂しそうな様子にも見えるが仕方がない。
一方、空からは荘厳な光が降り注ぎオーロラめいたものが輝き、芳しい香りが漂い光り輝く姿がちらほらと。新たな仲間を迎えるべく大喜びといった雰囲気が感じられる。
「あっちでも頑張ってね! 応援してるからー!」
「そうじゃぞ、頑張るんじゃぞー! よいな我との約束じゃぞ!」
ノエルとイクシマが大きく手を振れば、ゴルゴレナも手を握って頑張る気持ちを表明している。ただし災神に頑張れという声援は相応しくないのだが。
「ちと寂しいんじゃって」
「ゴルゴレナも天上から見守ってくれている、そう気を落とすなよ」
少し元気のないイクシマはエルフらしい尖り耳の先が僅かに下がっている。アヴェラは微笑して、その頭をぽんぽんと撫でるようにしてやる。
「ええい止めんか、無礼じゃろって」
などと、のたまいながら止める素振りは少しもないイクシマだった。そして、さり気なく横に来ようとしたノエルは運悪く、砂を含んだ風を浴びて悶絶していた。
辺りが静まり荘厳さの余韻も薄らいできたころ、ドレーズ一家が仲良く覚醒した。今まで気絶していたことは、きっと幸運な事だったに違いない。
「そん節はまぁ、たいそう失礼致しまして。これこの通り」
ドレーズは平身低頭といった様子で頭を下げる。本当に申し訳なさそうな姿に、たちまちアヴェラは許す気になった。もともと気にもしていなかったのだが。
「なるほど、アバラス君を助けたいと」
「おらはどうなってもええで、なんとか」
拝まれたアヴェラがちらりと見れば、トレストが静かに頷いている。両親が認めていれば、そこに異論はない。家族を想う気持ちはアヴェラも強い。
「そこは家族一緒が一番だと思うからね、皆で砂漠を越えよう」
「おお、ありがとう。ありがとう」
「でも身体が弱いなら砂漠越えは辛いか……来るときは?」
「一応そこはほれ、おらたちゃ御貴族様のふりをせいって言われとったでな。輿にのせて貰って、えっちらおっちらと運ばれて来たわけだ」
「なるほど」
しかしアルストルに連れて行って治療を受けられるかどうかだ。
横で見守っていたトレストが笑った。
「ナニア嬢の救出に功あったとすれば、治療は問題ないだろう」
「流石は父さん、上手いこと考えるね。でもナニア様がそれを承諾する?」
「するだろ」
トレストが目線だけで示すので、見ればナニアはカカリアにべったりだ。確かに問題なく承諾するだろう。
「なるほど。そうなると、砂漠の長にも便宜を図れないかな」
「セウジンの奴にか? 奴はむしろ懲罰すべきだろう」
「そうだけどね。元々は誰かが持ち込んだ黄金が原因だし、長が懲罰を受ければ砂漠の街は滅びるでしょ。その辺り、上手くやれないかな」
「アヴェラがそう言うのであれば反対はしない。だが、お前が交渉してみなさい」
親バカトレストだが、こういうところは厳しい。いや厳しいのではなく、成長を促すためなので優しいのだが。
アバラス少年はあまり体調が良くないため、ガーガリアが心配そうに付き添っている。日除けも風よけもない場所での長時間は辛いに違いない。
「しまったな、砂漠を抜けるまでゴルゴレナを送らなければよかったな」
「神格持ちを乗り物扱いとは、流石のわたくしもどうかと思いますけど……でも、そんなところも素敵」
ヤトノはうっとりしている。
素足で日に焼けた岩の上を平然と歩き、汗の一つもかいていない。
「そんな御兄様のため! 御兄様のために、わたくしが馬を呼びましょう」
「馬?」
「はい、こんな時にしか役に立たないドジなトカゲですけど。あんなのは馬と呼んで丁度いいのです」
「それはまた酷。でも軽くひとっ飛びで帰れるか……帰れる……」
アヴェラは状況を整理して考え込んだ。
思考はアルストルに戻った後の事に向いている。大公に報告するとか、アバラスの治療とか。そういった近々の事象ではなく、もっと先の先まで考えていく。
今回の一件でナニアが攫われた話は公然の秘密状態だ。
警備隊が連絡してくれたように、一般市民にはまだでも他には知られている。貴族も知っていて当然で噂は密やかに広がっているだろう。そういった噂ほど厄介で打ち消すのは困難で、ナニアの経歴に隠然とした疵がついてしまったのは、どうしようもない事実だろう。
それが将来の大公選定にも影響するかもしれない。
もしもナニアが次期大公に相応しくないとされたとした場合、次に選出されるのは誰だろうか。考える条件として、現大公にはナニア以外に子供はいない点と、ここは血統主義が絶対視されている世界という点だ。
「……拙い」
アヴェラの背筋はぞっとした。
血筋的に最も可能性があるのは間違いなく自分だった。
母カカリアは出奔した身だが、そんな事はジルジオも承知。そして大公も先日の面会を思い出せば間違いなく把握している。
非常に拙い。
「大至急呼んでくれるか。アルストルの街中まで運んで欲しいんだ」
アヴェラの必死な様子にヤトノはしっかりと頷いた。
ヤトノは手にした扇子を自分の手に打ちつけた。
「遅い」
ピシリとした音と共に、カオスドラゴンは子犬のように首を縮めた。
「いや、そうは言いますけど姐さんね。これでも跳ね起きて、こりゃいけねぇって最速で駆け付けたんですよ」
「最速ぐらいは当たり前です。なんなら、わたくしが呼ぶ前から察して飛んで来るぐらいでないと」
「そんな無茶な」
鼻をぴすぴす鳴らす悲しげなドラゴンに、トレストとカカリアは憧れをぶち壊され地に手を突き打ちひしがれていた。誰もが通る道だとナニアは達観すらしている。
幸いにと言うべきか、ドレーズ一家はドラゴンの姿を見るなり仲良く気絶した。おかげでドラゴンの威厳は最低限守られそうだ。
「ヤトノもそう言うなよ。わざわざここまで来てくれて、ありがたいじゃないか」
「御兄様がそう仰るなら」
許されたと分かったカオスドラゴンは愛想笑いで揉み手をするが、それでまた睨まれてしまって身を竦めた。どこまでもドラゴンへの幻想をぶち壊していくドラゴンである。
「来てくれたことに感謝を。それで非常に申し訳ないけれど、ここにいる全員をアルストルまで運んで欲しいんだ」
「きちんと乗り心地良く運ぶのですよ、乗り心地良く。メイドが王族にワインを捧げるように。少しでも揺れたら、どうなるか分かってますよね」
カオスドラゴンはガタガタ震えながら背中をさしだし、翼を広げて渡れるようにした。慣れているノエルは両手をあげて嬉しそうに駆けていき、またすぐ戻って来てイクシマと一緒にガーガリアを担いで運んでいく。
トレストとアヴェラでドレーズとアバラスを背負ってドラゴンの背へ。
全員がのるとカオスドラゴンは大空へと舞い上がった。もちろん最高の乗り心地だったことは言うまでもない。
そして、アルストルは驚愕した。
都市襲撃の恐怖と混乱の鎮まらぬなか、ドラゴンの中でもとりわけ強く恐ろしいと言われる伝説のカオスドラゴンがやってきたのだ。国一つを滅ぼすと謂われる災厄の化身とも呼ばれる存在に人々は恐怖した。
数々の魔法が撃たれ矢が放たれ、しかしその全てを無効化したドラゴンは悠々と飛翔しアルストル上空に到達。
伝説の姿を見せつけながら、大広場へと降り立った。
決死の覚悟で集結した騎士や兵士たちの前で、カオスドラゴンは恭しく身を屈め数人の者を地上へと降ろす。そこにアルストル令嬢ナニアの姿を見つけ、人々は激しく驚嘆した。
そしてカオスドラゴンは王者に対するように何度か頭を動かし、まるで名残を惜しむように視線を送りながら飛び立っていったのであった。
そんなナニアの帰還は後々まで語りつがれ、彼女にはドラゴンライダーの称号が与えられた。ただし本人は、そう呼ばれる度にえらく微妙な顔をしたという。
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