第189話 大乱闘の後始末

 砂漠の中の岩山、時折吹き寄せる風に砂が混じっている。

 空からの日射しは強く熱く激しく、日陰に移動したところで炙り焼きから蒸し焼きになった程度の違いしかない。

 アヴェラは戦闘が終わった途端、自分が激しく汗ばんでいると認識した。

 しかし水袋はここまで駆けてくる途中で放棄している。あの時は必要だからした事だが、今となると少しばかり後悔が出てきてしまう。

「はい、これ飲んで」

 横から水袋を差し出すのはノエルで、やはり気が利く。ありがたく受け取って、礼を言ってから一気に飲む。それでようやく人心地ついた。

 ようやく辺りを見る余裕が出てきた。

 ちらりと見ると、ヤトノは倒したスコルピオの素材を回収中。トレストは、ガーガリアとドレーズと見覚えのない少年を日陰に運んでいた。

「父さん、その人たちは?」

 その存在は戦闘の最中から気付いていたが三人とも気絶していたし、なによりナニアが護っている様子もあったので、ひとまず気にしないでおいたのだ。

「ああ、問題ない。カカリアと相談して保護することにした」

「ならいいけど」

 あっさり興味を失った。

 アヴェラは両親の判断に従う良い子なのである。

「無事でよかったんじゃって。うおおぉぉんっ!! 心配したんじゃって!」

 騒がしいのがイクシマで、ナニアに飛びついている。

「ごめんなさい、そしてありがとう」

「気にせんでいい、気にせんで。我らは友達なんじゃからの」

「そうですね。お友達ですもの」

 ストレートな感情をぶつけられ、ナニアは嬉しそうに困って笑っている。

 アヴェラは咳払いをした。

「そこのダヌエルフ、ナニア様に迷惑をかけるな。失礼だぞ」

「友の無事を喜んでなにが悪い! そういうこと言うのってくないんじゃぞ。というかなー、ダヌってのはなんじゃ? ダヌってのは」

「ダメでヌケたを略してみた」

「誰がダメでヌケたじゃあああっ!!」

 アヴェラは詰め寄ってきたイクシマを横に押しやった。それをノエルが引き受けてくれるが、やっぱり気が利く。

 その間にナニアに向き直って謝罪しておく。

「申し訳ありませんね、コレが迷惑をかけまして」

「いえ……その……」

 ナニアは何故か言葉を詰まらせている。

 もしかすると助けに来た事や、イクシマの行動に感極まっているのだろうか。そう思いたいが様子が変だ。何やらまじまじと目を瞬かせながら見つめてくる。


 そんなナニアの視線がカカリアに転じた。

「あの、お姉様?」

 ナニアのカカリアに対する言葉に、アヴェラは大いに戸惑った。

 どう考えても、自分の母親に対する言葉としては不適当に思えるのだ。もちろん、いろんな意味を含んで。

「そうね、ナニアちゃんも戸惑うわよね。ちなみにアヴェラちゃんも、ナニアちゃんが身内だって事を知らないのよ」

 カカリアのナニアに対する言葉に、アヴェラは大いに戸惑った。

 どう考えても、自分の母親が発する言葉としては不適当に思える。もちろん、身内という言葉について。

「ちょっと待ってよ、母さん。身内って? ナニア様が? どういうこと?」

「そうです、私もそれについて知りたかったのですが……」

 アヴェラとナニアから視線を向けられると、カカリアは腕組みしながら頷いた。

「つまり私の兄がナニアちゃんの父親で、可愛くて賢くて素晴らしいアヴェラちゃんが私の息子という事なのよ」

「いろいろ余計な言葉が多いけど。えっ!? つまり母さんが大公一家?」

 アヴェラは大いに困惑していたが、感情を自制して表面上は平静さを保った。一方でノエルとイクシマは驚きすぎで声も出ず、二人して抱き合い硬直している。

「その通りよ、やっぱりアヴェラちゃんは理解が早いわね!」

「それって……つまり母さんが駆け落ちした姫? そして父さんが、その相手?」

 トレストとカカリアを見れば、途端に二人は気まずげに目を逸らした。

 それで思い出すのは自分が下した評価――周りの迷惑も考えず駆け落ち出奔した姫と、自分の感情で突っ走った自己中心な男――だ。それを本人たちの前で言ってしまった事になる。

 非常に気まずい。

 だが、今はそれより何より信じられない気持ちが一つある。

 それこそが――。

「ちょっと待って! それって事は、つまり爺様が前大公ってこと? あれで!?」

「その気持ちはね、とても良く分かるわ。でも大公職だった頃を考えると、随分と大人しくなった方なのよ」

「あれで……」

 それこそが一番の衝撃で、他がどうでもよくなってしまった。


 だがノエルとイクシマはそうでもない。

 アヴェラが視線を向ければ、どこか不安な様子で首を竦めている。そこには少なからぬ隔意と不安が見られた。きっと、どうして良いのか分からないだけだろう。

「あのな、二人とも。ただ単に、母さんが大公家の姫だっただけだろ。どうしたってんだ」

「いや、どうかするじゃろって……」

「どうもしない。アヴェラ=ゲ=エイフスという人間は何も変わっていない。父さんは立派な警備隊長で、母さんは優しくて料理上手」

 しれっと両親をフォローしておくのは、駆け落ち出奔で酷い事を言ってしまったからだ。もちろん効果は絶大である。

「その息子であるアヴェラは、将来は警備隊長を継ぐわけだ。ほら、今までと何も変わってないだろ?」

 言っている内に悲しくなってくる。

 親しく信用出来る仲間が一瞬で台無しになるかもしれない。そう考えた途端に、前世のどこまでも孤独で寂しく、友達すらいない薄ら寒い生活が思い出された。

「はあ、仕方ありませんねノエルさんも小娘も。たかが人の血筋。しかも、たった今偶々知っただけの話。知らずば知らぬままだったでしょうに」

 ヤトノがやって来たが少々呆れ顔だ。

「知ったからと何が変わったのですか? もし変わったと言うのでしたら、それは貴女方の心の持ちようだけでしょう。御兄様と一緒に過ごして来た日々は、そんな程度で変わってしまうものだったのですか?」

 慰めるようにアヴェラに寄り添って、ヤトノは爪先立ちになって手を伸ばすと背を擦ってやっている。

「あっ……そうだよね、うん。アヴェラ君はアヴェラ君で、アヴェラ君のままだもんね。さっきと今とで何も変わってないね」

「うっ、うむ。そうじゃったな。そういうのを気にしないのも、我の度量ってものよな。よし! 気にしないでおいてやる。感謝せよ」

 二人ともいつもの調子になった。

 ノエルはアヴェラの手を取って上下に振って、イクシマも同じように――する前にヤトノに言葉使いを注意され、がうがうと言い合いを始めた。


 一方、ナニアは呆然としている。

 生まれて初めてぐらいの混乱状態なのは、なにせいろいろありすぎたからだ。

 もう理解が追いつかない。

「…………」

 アルストルの騒動に始まり、不覚を取って傷を負い攫われ砂漠にまで来て、そこで姉様の偽物に遭遇。不安の中にアヴェラが助けに来て安堵して、一度帰して待っていると本物お姉様が来た。

 お姉様は格好良くて素敵、それは間違いない。ただ、一緒に脱出しだした辺りから何かいろいろ起きすぎた。まずコーミネに遭遇して戦いとなって、山が崩れて穴が開いて、そこからスコルピオがわき出てきた。

 そこまではいい、まだ理解出来る。

 アヴェラが来た辺りから、どうにも妙なことになりだした。

 その常人離れした戦いぶりは前にも見ているので、それほど驚きはない。だが、お姉様がアヴェラを息子と呼んで、黄金のゴーレムが現れて友人たちが登場し、スコルピオクイーンが現れて、あの名も憚る神の使徒が対話をして追い払って、コーミネたちが連れ去られた。そして改めてアヴェラの事を説明された。

 もう何が何やらだ。

「あ、すいません」

 アヴェラが笑顔で話しかけてくる。

 だが、どんな反応でどんな態度をとればいいかさえ分からない。しかしアヴェラは少し気取った様子で手を胸の前にやり頭をさげてみせた。

「改めまして、従兄弟のアヴェラです。どうぞよろしく」

 大公家の血筋を少しも気にせず、ただ単に身内が増えて喜んでいる様子しかない。 

 そんなアヴェラの仕草がおかしくて、ナニアは急に楽しくなってきた。確かに頼りになる従兄弟が増えた事を喜べばいいだけだ。しかも憧れのお姉様の血をひいてもいる。それはとても素敵だ。

「ええ、そうですね。こちらこそ改めまして。従姉妹のナニアです」

「そちらに遊びに行くのは、いろいろ面倒そうなんで。良かったら家に遊びに来る? 母さんも喜ぶだろうし」

「嬉しいわね。でも、この事を内緒にしていたお爺様から許可を貰う必要もあるらしいのよ。だからどうかしら、一緒に懲らしめてしまうというのは?」

「それは面白そう」

 アヴェラとナニアは顔を見あわせ笑った。ジルジオの屋敷に行って、どうやって驚かせるかを話し合っているのだが、それは姉弟のような雰囲気でさえある。

 カカリアは安堵して笑い、一方トレストは義父のピンチにいい笑顔をしていた。

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