第188話 愛という名の闘争

 数多いスコルピオと戦う砂漠の兵士たちは味方でなく、迂闊に近寄れば隙をみて斬り付けてくるぐらい。もちろんスコルピオも、人間を区別せず平等に獲物として見ているので襲ってくる。

 言わば三つ巴の戦いの中で、アヴェラはそれら全てを見事に捌いていく。

 斬り付けてきた相手を蹴り飛ばしスコルピオの前に追いやり、そちらが毒針に刺し貫かれる間に別のスコルピオの頭に剣を突き立てる。隣のスコルピオに手傷を負わせ呪いで弱らせ、後は兵士に任せて倒させた。

 かてて加えて両親とナニアの動きも気にしておき、どうやら庇護すべき対象らしいドレーズ一家を守ってやる。

「やる事が多すぎる」

 思わずぼやいたときだった、黄金色の輝きが視界に入ってきたのは。

 それは黄金の災神ゴルゴレナだ。

 アヴェラのいる位置は小高い場所。そのため人の背丈の倍ほどあるゴルゴレナの頭部が、ちょうど同じ高さになる。だからゴルゴレナの両肩に立ったノエルとイクシマの姿がよく見えた。

「そこに行きたいの、お願い」

 名付け親とその仲間という事を理解しているらしく、生後直ぐのゴルゴレナはノエルの言う事を素直に聞いて高台に手をつく。

 その腕の上をノエルとイクシマが駆けてきた。

「はっはぁ! 我、参上じゃぞ! どうじゃ参ったか、感謝せよ」

「同じく参上ー。ありがとね、ゴルゴレナちゃん」

「むっ、そうよな。感謝するんじゃって」

 岩の上に降り立ったノエルとイクシマが手を振って礼を言えば、ゴルゴレナは頷いて数歩後退。あとは少し寂しいのか、子供がするみたいな仕草で足元のスコルピオを蹴飛ばしている。

「さあ、我の力を見せてやるわい! 全てぶちのめしてくれよう」

「援護するねー」

 ノエルとイクシマはアヴェラに向け突撃し、アヴェラもそちらに移動。

 合流して三人揃えば、あとは互いに熟知しきった動きで一体となって戦いだす。ひとまずはスコルピオの撃退に取りかかった。


 しかしスコルピオはまだまだ現れる。

 あげくに現れたのは、スコルピオの上に女性の半身が乗っているような――言うなればケンタウロスのスコルピオ版のような――姿だ。

「あれは……スコルピオクイーン!?」

 声をあげたトレストとカカリアが慌てるが、二人の感じた脅威は少し強敵の登場に対するものとは少し違った。

「アヴェラちゃんは見てはいけないって思います!」

「うむ、まだ早い……早いか?」

「早いとか遅いとかではないです、よくありません」

「いやいや、男の子なんだぞ。あれぐらいの歳なら慣れておく方が……」

「あなた!?」

 二人が揉める原因となったのは、スコルピオクイーンが何も身に付けていないからだ。それで我が子の教育方針で揉めているのである。

「いやまあ、別にこれぐらいは気にしないけど」

 だがアヴェラはさして気にせず頬をかく。

 前世の記憶でいけば、この程度のヌード画像はネットを触ればゴロゴロ出てくる。だから別段平気だ。ただ少し気まずいだけである。その気まずささえも、お茶の間で見ていた洋画で突如濃厚ラブシーンが始まってしまった、あの何とも言えない感じの気まずさなのだが。

「そんなアヴェラちゃんが……」

「まあ待てカカリアよ、ほらあれだ。あれ。アヴェラは普段から、あの子たちと一緒にいるではないか。つまりはな、そういう事だ。もうこれぐらいは平気なんだ」

「そ、そうだったのね」

「つまり孫を見る日も近いということだ」

「そうね!」

 夫婦二人でヒソヒソ囁きあって、最後は手を打ち合わせて喜んでいる。

 何やら妙な誤解をされているのだが、幸いにと言うべきか後で戦うノエルとイクシマには聞こえなかったのでアヴェラは何も言わなかった。

 一方、ナニアは会話の内容はさておき。自分の知り合いたちの親子関係を知って目を瞬かせ戸惑うばかり。

「待った、何かする気だ! 気を付けた方がいい!」

 スコルピオクイーンの様子に気付いたアヴェラは警告の声をあげた。

 揉める原因となったスコルピオクイーンが、さらに揉めそうな感じのセクシーポーズで、身をくねらせだしだのだ。

 果たしてそれは、誘惑のスキルだった。

 辺りでスコルピオと戦っていた兵士や傭兵など、男達は次々と魅了され涎を垂らしそうな顔で武器を手放し、ふらふらとクイーンに近寄っていく。

「お主、しっかり……って、なんじゃ何ともないんか」

「ああいう露骨なのは好きじゃないんだ」

「むっそうなんか、覚えておくとしよう。いや別に変な意味ではないぞ、とりあえず我は我が淑女としての嗜みとして覚えておこうというだけでな」

 イクシマは耳の先まで赤くしながら、言い訳じみた事を言っている。ただしアヴェラに効果がなかったのは好みの問題ではなく、ただ単に既に厄神に憑かれているからなのだが。

 そしてトレストは――不敵な笑みを浮かべていた。

「残念だが、そんなものは俺には効かん」

「!?」

「なぜならば、俺はカカリア一筋!」

「!!」

「真実の愛の前に誘惑など効かんのだよ!」

 スコルピオクイーンはハサミの手を口元に当て息を呑む。音が聞こえそうなほどショックを受けているが、同時に感動もしている様子だ。カカリアは頬を押さえて恥ずかしげにして、片手でバシバシトレストの背を叩いている。

 ここから一気にスコルピオクイーンを倒す――つもりだったが、クイーンは項垂れ意気消沈気味。どうやら真実の愛を前に心が敗北したらしく、ハサミの先で足元をイジイジしていじけている。


「えーっとどうする?」

「倒しちゃうしかないけど、なんか可哀想な雰囲気だよね。うん」

 モンスターとして倒すべき存在だが、ノエルの言う通りで何やら可哀想で哀れな雰囲気が強く、とても倒しにくい気分だった。

 アヴェラが両親の方を見ると、そちらは戦闘どころではない。それならとナニアを見れば、何故か目を見開き見つめ返してきて、これはこれでどうにもならない。

「うーん、まあ可哀想だが倒すしかないか……」

 アヴェラは非常に困りながら呟いた。

「まったく仕方がありませんね」

 そんな声と共に、ヤトノが戦いの場に降り立った。

 黒髪には白リボン、白衣装に赤い紐、あどけなさの残る顔には紅い瞳。ナニアはヤトノの姿こそ知れど白蛇から姿を変える光景を見るのは初めてで、極限にまで目を見開いて混乱さえしている。

 そしてスコルピオクイーンは、ヤトノが現れるなり脚をおって跪いた。

「もしかして知り合いか?」

「ええまあ、眷属の一部ですね。末端の末端の、そのまた末端ぐらいですが」

「知り合いが多いのは良いことだ」

「それで片付けられる御兄様の感性、とっても素敵ですわ」

 ヤトノは楽しそうに笑って、素足でぺたぺた歩いてスコルピオクイーンに近づく。傍から見れば一瞬で引き裂かれそうな姿だが、実際には真逆。クイーンの方が怯えきって震え、人には聞き取れない声でうにゃうにゃ訴えている。

「ふむふむなるほど、それは気の毒に」

 ヤトノの聞き取りに寄れば、スコルピオクイーンは落盤に巻き込まれ運命の相手と生き別れてしまい、失意のまま長年地下に眠っていたのだそうだ。

「とりあえず、この蟲めは伴侶が欲しいだけです」

「ああ、それで誘惑の踊りか。でも手当たり次第というのは良くないよな」

「まったくなんです――で、どんな伴侶が欲しいのです?」

 頷いたヤトノが問いかければ、スコルピオクイーンはハサミの手を動かし、ちょいちょいと指し示したのはアヴェラで――。

 この瞬間全世界の生物が得体の知れない動悸と冷や汗に襲われたに違いない。

 もちろん全てはヤトノの不機嫌さのせいだ。あとついでにノエルとイクシマも肩慣らしで武器を振り回している。

「まさか蟲ごときが、わたくしの御兄様に懸想?」

 スコルピオクイーンは大慌てで首とハサミを横に振って否定し、お急ぎで辺りを見回し――トレストを見かけてカカリアが鬼の形相なり――いろいろ妥協してコーミネを指し示した。

「なるほど。わたくしは寛大ですので、それを連れて巣穴に戻りなさい。あとついでに、その辺の連中も予備に連れて行くと良いでしょう」

 途端にスコルピオクイーンは嬉々としてコーミネとセウジンに襲い掛かり、ハサミで優しく掴みあげた。そのまま多脚でスキップしながら巣穴へと向かう。それにスコルピオの群れも適当に人間を捕まえ潮が引くように引き上げていった。

 最後のスコルピオがせっせと岩を動かし入り口を塞げば、コーミネやセウジンの悲鳴と命乞いの声も聞こえなくなる。

「……これで一件落着?」

 辺りは静まり残されたのはアヴェラとヤトノ、トレストとナニア。とっくの昔に気絶していたドレーズ一家だけだ。砂漠の兵士や傭兵は連れ去られたか、もっと早い内に下の段まで逃げ散ったか、死んでいるかのどれかであった。

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