第187話 災神はどこにいる
黄金のゴーレム騎士は、次々向かってくるゴーレムを歯牙にもかけない。
貫禄ある動きで太刀を振るい、相手ゴーレムを倒していく。人の背丈の倍程もある姿は堂々として見ている者が惚れ惚れする程だった。しかも何やら格好良いポーズまで取っている。
「うーん、あの細かい動き。なんだかゴーレムらしくないよね、まるで意志を持ってるみたい」
ノエルの呟きにアヴェラは得意そうな顔をした。
「もちろん自立稼働するように考えておいたぞ。AI搭載みたいなものだ」
「AIって? ごめん分かんない」
「意識を持ってるという意味みたいなものさ」
言ってアヴェラは自らの造りだしたゴーレムを、うっとりと見つめる。日射しを浴びた黄金の装甲は美しく輝き、まるで太陽の化身のようでもあった。
「格好いいな、惚れ惚れするな。少し大きさはあるが、あれなら何とか庭にも置けるだろうし。これで我が家の防犯対策はバッチリだ」
「えーっと、あれだけピカピカ金色だとさ。逆に泥棒さんが来そうな気がするよ」
「ならばピンクで細身に変えるのもありか?」
アヴェラが真剣に検討していると、その袖がつんつんと引かれた。ヤトノが申し訳なさそうな顔をしつつ、しかし不満そうで困り顔でもある。
「御兄様、御兄様、少しばかりお伝えします。太陽神めが言うには、あれを天界送りにして欲しいのだそうです」
「なんでだ? どこも問題ないじゃないか」
「それがですね。あれが神格を持っているので、地上に置いておけないそうです。ですけど! あれを我が家の番犬ポチにするのであれば、話をつけてみせます。ええ、お任せ下さい」
「…………」
腕まくりして気合いを入れるヤトノにアヴェラは黙り込んだ。まさか自分のつくったゴーレムが神格を持つとは夢にも思わなかった。しかしノエルもイクシマもあまり驚いてはいない。むしろ想像の範疇といった様子だ。
「そーらみろ、やっぱし我が思っとった通りじゃろって。魔法は我たちに任せ、お主は大人しく剣を振っておくのじゃ。よいな我との約束じゃぞ」
「太陽神様が言うなら仕方ない。ここは従うとしよう」
「ちょっとは聞けええぇーっ!」
「あまり迷惑をかけてはダメだからな」
「無視すんなよー! いいのか泣くぞ、我は泣くぞ。恥も外聞もなく泣くぞ! 子供みたいに泣いてやるんじゃぞ!」
「うるさい、お子ちゃまエルフが。泣きたいのはこっちだ、折角つくった格好いいゴーレムを手放さないといけないんだ。分かるか、この気持ちが!? 折角作ったガンプラが完成と同時に猫に壊されたみたいな気分だぞ!」
「こやつ逆ギレしおった」
目を見張り仰け反り気味のイクシマであったが、それはそれとしてアヴェラに反応して貰えて嬉しそうだ。口元が弛み気味ですらあった。
「まあまあ二人とも。今はゴルゴレナちゃんを応援しようよ」
「ゴルゴレナ?」
「うん、ゴールドゴーレムナイトの略でゴルゴレナ。なかなかいいでしょ」
「えーと……そうだな、いいのではないかな」
正直あんまりな感じもしたが、ノエルのにこにこ笑顔を前にしては頷く以外の選択はない。それに何度か呟いていると似合っているような気がしてきた。
「御兄様、今ので名前が確定しました」
ヤトノは嬉しそうに手を叩いている。
「あれは黄金の災神ゴルゴレナです」
「ちょっと待て、災神って?」
「そうです。御兄様の加護は、わたくしの本体です。その御兄様が本気で造りあげたゴーレムであれば、わたくしの本体の力を帯びているのは当然なんです」
「…………」
太陽の化身どころか、災厄の化身だった。
黄金色の輝きは見るものを惑わし災いを呼び寄せるので、確かに災厄の化身で間違いないかもしれない。
そう思ってみると、ゴルゴレナの輝きが妖しく見えてくる。
「ああ、わたくしの本体と御兄様により生み出された新たな神……はっ!? これはもう子供ということでは!?」
「なんでそうなるんだ」
「認知しましょう、認知しましょうよ」
「事実無根で子持ちにするな」
抱きついてせがんでくるヤトノを宥めつつ、アヴェラはぼやく。子供をつくる行為もまだなのに、気付けば子持ちなど酷すぎる。しかも初の子供がゴーレムなど尚の事だ。
「なら私は名付け親だよね」
ノエルは嬉しそうに笑ってゴルゴレナを見やった。
ゴルゴレナは向かってくるゴーレムを見据え、悠然とした動きで構えをとった。そのまま鋭いパンチを放とうとしている。
「ゴルゴレナちゃん、頑張れーっ」
ノエルが手を振り応援した途端だった、ゴルゴレナが足を滑らせたのは。
おかげでパンチは予想外の威力を持ってゴーレムを跳ね飛ばす。さらに頭部だけが吹っ飛んで、遙か高く舞い上がっていった。
頭部は岩山に激突、そこから連鎖的に崩落が起きて激しい粉塵があがった。
惨事だ。
「あれっ? もしかして……私のせい!?」
「神格をもった存在に不運をもたらすとは……流石ですねノエルさん。おめでとうございます。人間の身で神に不幸をもたらしたのは世界初の快挙です」
「それ嬉しくない、少しも嬉しくない」
「ですが、これはもう神々の間で永遠に語りつがれますよ」
「ううっ、そんなの語りつがれたくないのに」
ノエルは頭を抱え半泣き顔だった。
もうもうと粉塵が上がる様子をアヴェラは心配そうに見やっていた。
その辺りには、トレストとカカリアがいるかもしれないのだ。恐らく大丈夫だろうとは思うが、やはり心配は心配だった。
砂漠を吹き抜ける風が粉塵を散らしていく。
「ちょっと待てい、なんぞ様子がおかしいんじゃって」
手を庇にして岩山を見ていたイクシマが、眉を寄せ声をあげた。
その言葉の通り岩山で黒い何かが湧き出るように現れ、麓まで広がりだしている。
「あれは……スコルピオなんじゃって」
「見えるのかイクシマ?」
「うむっ、パパ上とママ上の姿も見えるぞ」
「なんだって!?」
アヴェラは驚き岩山を見やるが、そのスコルピオの黒い波は留まるところなく出現し続けている。トレストとカカリアは強いが、あの数の中にあってはいずれ――。
「このままだと父さんと母さんが危ない」
ゴルゴレナも反応しているが、軽く首を傾げ困惑気味だ。アヴェラの指示で動かしたとしても、あの力で精密攻撃できるかは不明である。何せ生まれたてであるし、トレストとカカリアを見分けてくれるかまでは分からない。
ここはアヴェラ自身が行くのが一番確実だろう。
――だが遠い。
間に合うかは分からないし、行っても太刀打ち出来るかは不明。
それでもアヴェラは思い出していた。以前ヤトノに言われた、この世界の
家族を失う寂しさ、失った後の空しさ、寄る辺のない不安、頼る者のない辛さ。それを思いだせば――。
「限界など超えてみせる!」
アヴェラは覚悟と共に走りだした。横にいたヤトノが反応し白蛇に戻って、アヴェラの服を咥えついてくる。
だが、懸命に走っても速度はでない。
砂地の上では急ぐほど足を取られ、少しも前に進まないのだ。
「だったら! 砂が結合すればいい!」
その途端、砂漠の中に砂の固結した一本道が出来上がる。
ヤトノは驚愕によって目を見はる。なぜなら、アヴェラのやったそれは魔法ですらなかった。世界の一部を自らの意志で造り替えていたのだから。
それなりの距離を駆け抜けたが、アヴェラは息もきらさず岩山の麓にある拠点へと突っ込んだ。悲鳴をあげながらスコルピオと戦う兵士達の姿を目にするが、そちらには構わず進む。ただし途中でヤスツナソードを抜き放ち、走りながら手当たり次第に斬り付けているので、結果として周りの援護にはなっている。
知覚が不思議なぐらいに広がって、まるで俯瞰視点で辺りを見るかのように状況が掴めていた。そして様々な雑音の中から両親の声を拾い上げる。
「上かっ!」
スコルピオを踏みつけ跳びあがり、岩壁の僅かな凹凸を瞬時に見わけながら駆け上がっていく。そして大きく跳び上がって上の段へと移動する。
まさにそこでトレストとカカリアが奮戦中だった。その近くにはナニアの姿もある。あのドレーズとガーガリアの姿もあるが、しかし二人は震えながら見知らぬ少年を背後に庇っていた。
瞬時に見て取ったアヴェラはヤスツナソードを振るって、辺りのスコルピオを蹴散らしてみせる。
「父さん、母さん!」
「アヴェラか!?」
我が子が突如として現れたことも、その通った後で次々とスコルピオが倒れ伏す光景にも驚愕でしかない。
「どうやってここに? いやそれよりも、その強さは」
「そんな事どうだっていいよ。無事で良かった」
安堵しながらアヴェラの動きは止まらない。
見もしないまま半歩下がってスコルピオの毒針を回避、そのまま剣の一撃で尾を切断。無造作に突き込んだ剣先でとどめを刺す。
その動きには何の気負いも無駄もなく、戦いの中こそが平素の時のようだ。
「話は後、まずはスコルピオを片付けないと」
「……そうか、だったら半分は任せて貰おうか!」
「まさか。父さんと母さんには楽をさせてあげると決めているんだ。半分は任せられないね」
アヴェラの言葉にトレストもカカリアも心底嬉しそうな顔をした。
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